第04/13話 トップ・オブ・ヒル②

 だが、それよりも先に、巒華が右手に持った拳銃から放たれた弾丸が、兵士の喉仏に命中した。拳銃は、エプロンのポケットに入っていた物だ。

「ぐ──」

 兵士は、そんな声を上げた。それだけだった。その場に、どさっ、と崩れ落ち、そのまま、動かなくなった。アサルトライフルが、床に落下し、がしゃん、という音を立てた。

「即効性の、超強力麻酔弾、ちゃんと効いたみたいですね……」

 巒華は、ぼそり、と呟いた。鉛弾で殺害しては、傷口から大量の血が噴き出してしまう。それは、階段の下へと流れ落ちていくだろう。その場合、二人が屋上へ出て、レベラーを無力化する作業を行っている間に、たまたま階段を利用しようとした他の兵士に発見され、騒ぎになるかもしれない。そう思い、麻酔弾を使ったのだ。

 彼女は、左手を手摺り子の根元から離した。体を降下させると、六階から踊り場までの階段の途中に、すたっ、と着地した。拳銃を、エプロンのポケットに戻す。

 その後、巒華は、六階と五階の間にある踊り場まで移動した。嶺治は、相変わらず、五階フロアに通じる出入り口の手前にいた。

 巒華は、右手を前に出すと、人差し指と親指とで、小さく円を作った。それを見た嶺治は、こく、と頷いた。たたた、と階段を上がり始める。嶺治が追いついてくるのを待たずして、巒華も、移動しだした。

 巒華は、そのまま、見張りの兵士の所に行った。彼は、すっかり眠りこけており、すう、すう、というような寝息を立てていた。数秒後、嶺治も到着した。

 まず、嶺治が、屋上に通じる出入り口の扉を、きいい、と開けた。扉は金属製であり、窓の類いは設けられていなかった。片開き式であり、ノブは、屋内から見て、右側に付いている。

 次に、巒華が、兵士の両脇に、左右の手を入れた。「よっ……」と小さい声を上げ、猫を抱くがごとく、彼の胴を持ち上げる。

 兵士をこのままここに放置しておくことは、できない。彼が、眠っていること、すなわち、行動不能状態に陥っていることが、何かの拍子に──例えば、大きな鼾など──、他の兵士にばれてしまうかもしれないからだ。そのため、屋上へ移動させることにした。

 巒華は、兵士の腰を、右肩に担いだ。上半身は背中側へ、下半身は腹部側へ、垂らした。

 彼女は、屋上へ通じる出入り口に向けて、右足を、前へ踏み出した。その直後、とんっ、という音が、背後で鳴った。数秒後、どさっ、という音が、どこか遠くから聞こえてきた。

 音源について、少しばかり、気になった。しかし、それを確かめたい、という欲求よりも、早く兵士を下ろしたい、という欲求のほうが、強かった。嶺治は、特に何も言ってこない。ということは、音の正体は、作戦には関係ないような物のだろう。

 巒華は、外に出た。屋上の地面は、灰一色で、ところどころから、さまざまな形をした四角形が突き出ていた。縁には、高さ五十センチほどの段差が設けられているだけで、柵の類いは、取りつけられていない。

 そして、屋上の中央付近、出入り口から五メートルほど離れた所には、見るからに簡素なプレハブ小屋が建ててあった。真っ白な直方体で、身も蓋もない形容をしてしまえば、まるで豆腐のような外観をしている。

 広さは、四畳ほど。手前側の壁面に、扉が設けられていた。ぱっと見たところでは、窓の類いは、備えられていない。

 嶺治によると、あの中に、レベラーが置かれているそうだ。見張りは、さきほど眠らせた兵士しかいないらしい。扉は、特に施錠されていない、とのことだ。

 巒華は、階段に通じる出入り口の左脇に、兵士の体を置いた。ごろん、と地面に横たわらせる。

 彼は、すでに、ぐうう、と、小さいながらも、聞いた者にはしっかりと不快感を与えるような鼾をかいていた。やはり、階段に放置しないで正解だった。

 その後、嶺治も、出入り口をくぐって、屋上に現れた。ばたん、と扉を閉める。

 彼は、アサルトライフルを携えていた。もともとは、見張りの兵士が持っていたものだ。

 嶺治は、アサルトライフルから弾倉を抜くと、建物の南側めがけて、ぽいっ、と投げた。それは、屋上の端に設けられている段差を越え、地面へ落下していった。

 巒華は、眠りこけている兵士から、ナイフだの、替えの弾倉だの、武器になりそうな物を、すべて、取り上げた。それらは、嶺治と同じようにして、廃棄した。

 その後、彼女は、エプロンのポケットから、ロープとガムテープを取り出した。それらを使って、兵士の手足を縛り、口を塞いだ。これにより、たとえ、目を覚まされたとしても、応援を呼ばれることはなくなった。

 巒華は、小屋の扉に、すたすた、と近づいた。ノブを掴むと、手前に引っ張り、がちゃ、と開ける。それから、中に入った。

 後ろから、嶺治もついてきた。その後で、扉は、独りでに、ばたん、と閉まった。

 小屋の出入り口は、北壁の中央に設けられている。それの反対側、南壁の中央には、長方形の一辺をくっつけるようにして、簡素な見た目をしたテーブルが置かれていた。

 その上には、アタッシェケースが置かれていた。上面に、大きな字で、「LEVELER」と書かれている。

「あれだよ……! ぼくが開発に携わっていた時のままの見た目だ……」

 嶺治が、ぼそり、と呟いた。彼は、すたすた、とテーブルに近づくと、アタッシェケースの上面を持ち、ぱかっ、と開いた。

 内部の左半分には、赤茶色をした紙に包まれた六角柱が収められていた。柱といっても、かなり低く、ケースの厚みと同じだけの高さしかない。上面には、爆弾の主成分でも表しているのか、何かしらの化学式が印字されていた。おそらくは、これが、爆発物本体だろう。

 右半分には、プラスチック製の四角い板が置かれていた。ぱっと見たところでは、電卓のような印象を受ける。おそらくは、これが、コントロールパネルだろう。

 パネルの上部には、横長の長方形をした液晶ディスプレイが設けられていた。現在、そこに、何らかの文字列が表示されているようだが、遠くて、よく認識できない。

 パネルの右上隅には、何かしらの装置が取りつけられていたらしい痕跡があった。ぐちゃぐちゃに破壊されてしまっており、正体までは、わからない。

 パネルの、装置の残骸や液晶ディスプレイよりも下には、たくさんのキーが配されていた。それらには、数字や英字、矢印など、さまざまな文字や記号が書かれていた。

 巒華は、目を細め、ディスプレイを、よく観察した。そこには、「02:34:56 TO EXPLODE」と表示されていた。コロンにより区切られた数字のうち、右端に位置している二つは、一秒ごとに、一ずつ減っていっている。

「なんて──ことだっ……!」嶺治は、叫びそうになったらしいが、かろうじて、途中で声量を下げられたようだった。「もう、すでに、タイマーが作動している……! 爆発まで、あと、二時間三十四分……!」

「まさに、一刻の猶予もない、ってやつですね……!」巒華は、テーブルに近づき、嶺治の左斜め後ろに立つと、大声を出さないよう、気をつけながら言った。「ご主人さま、コマンドの入力をお願いします!」

「いや──それが、無理なんだ……」

「な……」巒華は、口を、あんぐり、と開けた。「なぜです?!」今度は大声を上げた。

「指紋認証装置が破壊されている……!」嶺治は、右手で、コントロールパネルの右上隅にある残骸を指した。「これじゃあ、認証処理自体、行えない……! きっと、カウントダウンが勝手にキャンセルされないよう、タイマーをスタートさせたやつが、潰しておいたんだろうね……」

「なら、いったいどうすれば──」

「大丈夫……まだ、打つ手はある」

 巒華は、ばっ、と、視線をレベラーから嶺治に移した。

「レベラーは、位置エネルギーを爆発の威力に変換するんだ。言い換えれば、これの位置エネルギーを減らせば──つまり、これを低所へと持って行けば、爆発しても、小規模で済む。

 こんなこともあろうかと、念のため、計算しておいたんだ。たしか、この爆弾を、翡瑠山の麓にまで移動させれば、炸裂したところで、大きめの建物を崩壊させられるだけ、くらいにまで、威力を弱められるはずだ」

 嶺治は、レベラーの上面を、ばたん、と下ろした。その後、がちり、がちり、と錠をかけた。取っ手を、右手で掴んで、提げる。

「さあ、ここから脱出しよう。予定とは違って、爆弾を抱えての移動になるけれど……特に、支障はないはずだ」

「承知しました。それでは、打ち合わせどおり、多目的室Cに戻ります。行きと同じで、箱の中に隠れて、兵士たちに運んでもらう、という手筈でしたよね?」

「そう。道の駅に停めているワンボックスカーの荷台に置いてもらうことになっている。

 他にも、緊急時の逃走手段として、昨日のうちに、天文台の近くにある高台の上に建てられている展望台の駐車場に、ディセンダーを停めておいたけれど……使わずに済んだらいいんだけどね」

「仰るとおりです」

 そう言うと巒華は、くるり、と体を半回転させた。すたすた、と歩くと、がちゃり、と扉を開けて、外に出る。後ろから、嶺治もついてきた。

 彼女は、階段に通じる出入り口に近づいた。扉のノブめがけて、右手を伸ばす。それは、屋上から見て、左側に付いていた。

 がちゃり、という音とともに、扉が開かれた。その向こうには、仙汕団の兵士がいた。

 兵士は、中年の男性だった。武器の類いは、携えていない。左手には、ノブを握っており、右手には、二つ折り式の財布を持っている。

 彼は、巒華の存在に気がつくと、左右の瞼を全開にした。巒華も、両目を大きく瞠った。

 一瞬の間があった。しかし、文字どおり、瞬きを一回する間だけだった。

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