コンプレックス・コンシード

縫う

ある晴れた日のこと

 晴れた日は頭なおかしな人がよく出るって、社会人になってから聞いた。その日もよく晴れた1日だった。雲ひとつないくらいの青空。こんな日は午後休でも取って、昼寝でもしたくなる。仕事の終わる目処が立たないのが、残念なところだが。特に客もいないので、マスク越しに特大のあくびをしていたら、同じくあくびをしている上司と目が合って微妙に気まずい。てか、あんたはマスクしないなら口を覆えよと思ったり、思わなかったり。ふと掛け時計に目をやると午後3時を回ったところだった。7時までには帰りたいな・・・。心で思った時点で叶わない気がしてくるのは、死亡フラグが生活に根付いてしまったが故の悪影響だな。なんて思いながら先ほどから感じている尿意を解消させるため、自席を離れトイレへ足を向ける。

 今日も平和な1日だ。来客は少なく、苦情や困りごとの相談もない。このまま何事もなく終わりますようにと思ってから、しまったと小さく舌打ち。完全にフラグ量産機と化した俺は、早く気持ちをリセットせねばと清掃中の札のかかったトイレへと踏み込む。掃除のおばちゃんに会釈をしつつ小便器とご対面。男性諸君、おしっこをするとそれまでの悪いステータスも合わせて全て流していってくれる気がしないか?つまりこれで俺は全てのフラグを解消できるってわけ。完全勝利、バイバイ尿意。え?もしかして、俺だけ?すまん今言ったことは忘れてくれ。そんな恥ずかしい解説すら綺麗に洗い流してくれるおしっこはやはり神。と、勢いつけて出そうとした時、ふとこちらを見るおばちゃんの視線に気づく。ロングの茶髪が綺麗なおばちゃん。いや、流石になんか若い気がするんだけど。いやまて、そこじゃない、こいつはなんで俺のGODタイムを横から眺めてるんだ?声をかけようとした時、逆に若い声が俺に問いかけてきた。

「おしっこしないの?」

え、今何て???

 聞き間違いかなと絶賛戸惑い中の俺をよそに、GODウォーターは抑えが効かず飛び出した。女性清掃員と目が合う。どうみても20代前半の顔立ち。目元しか見えないが、俺のセンサーが美人だと告げている。なんでこんな人が清掃業に?人のフィーバータイムをまじまじ眺めてるのはなぜ?そもそもこいつは正規の清掃員なのか?てか、今なんて?次々飛び出す疑問が俺の動きを鈍らせる。そこを殴りつけるかのようにもう一言。

「私、おしっこの音聞いてると、それまでの嫌な気持ちが流されるような気がするのよね。」

 俺のおしっこ論、唯一の理解者を発見。できることなら、変態さん以外と出会いたかった。そして完全に精神を折られた俺を置き、「じゃ、またね。」と女は男子トイレから立ち去った。

 それから15秒後、完全に出し切ったところで、俺は体のコントロールを取り戻す。いったい今のは何だ?あまりの眠気が見せた幻覚か。それとも新手の性犯罪か何か?いっちょ警察でも呼んじゃう?信じてくれるとは思えねなと首を振ったとき、更なる大問題に気がついた。フィーバータイム中、視線は横、制御の効かない体。ここから導き出される結論は?どんな一流の野球選手だって、真横を眺めながら思い切り投げてストライクをとるのは難しいだろう。つまり、日頃から特訓を積んでいない俺が狙い通り投げられるわけもなく。俺のおしっこは便器を大きく外れ、床に大きな水溜りを作っていた。しかもちょっとスーツと革靴にかかってるし、最悪・・・。この場合、俺の理論はどうなるんだ。自分に跳ね返ってきてるわけだから、さっきのフラグはまだ健在ですか、そうですか。そして警察じゃなくて、清掃員が必要になったというね・・・。探せば今の変態清掃員は見つかる気はしたが。

「できれば2度と会いたくねぇなぁ。」

俺は自分一人でカタをつけるべく、モップを探しに洪水現場を後にした。





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