鉄拳のセイラと半グレの魔法少女 ~元最強レディース総長はフリルスカートの夢を見る~
アカイロモドキ
プロローグ『奇跡の少年』
太平洋に浮かぶ草木も生えぬ全長五十メートルほどの小さな島。そこに二人の人間が佇んでいた。もちろんバカンスを楽しんでいるのではない。救助を待っているのだ。
「ねえ、ぼくたち死んじゃうの?」
四歳の少年が飛行機のパイロットの制服を着た女性のズボンのすそを掴んだ。
「大丈夫よ。くーちゃんが良い子にしてたらきっと助けは来るよ」
「ほんと?」
少年を安心させるためにそう言ったが、私が副操縦士を務める旅客機が墜落してから丸一週間、故障を逃れた通信機に何度も語り掛けたが返事は得られなかった。
飛行機の残骸で日差しは防げるが機内食のストックはもう尽きた。これからは食料無しに来るかも分からない助けを待ち続けないといけない。絶望的だ。いっそ餓死する前に自殺したほうが苦しまず死ねるだろう。
「ねえ、聞いてる、るこちゃん?」
るこちゃん、というのは私の名前
本当なら一週間後に籍を入れる予定だったけど、もはやそれは叶わぬ夢だ。こんなことになるならフライト前に行ってきますのキスを渋るんじゃなかった。
「ねえ、ねえってば」
「ごめんね、今考え事をしていたの。ほら、毎日同じ食事ばかりでそろそろ飽きちゃったじゃない。お姉さん、お魚でも獲ってこようかなぁって」
子どもの前に自分の死体を晒すわけにはいかない。島から離れたところで入水自殺を決行しよう。苦しいかもしれないけど、飛行機の残骸で腕を切って出血すれば早く死ねることだろう。
「ぼく、お魚キライだよ。お肉がいい」
「好き嫌いしちゃ大きくなれないわよ。さあ、たくさんお魚捕まえてくるから、ここで良い子にして待っててね」
「…うん」
納得してくれたのか少年は飛行機で作った日陰に入り大人しくなった。キミを置いて消えてしまうのはごめんなさい。でも、キミは独りぼっちじゃないのよ。
墜落の時、私を守ってくれたあの白い人形。機長は宇宙人と言っていたけど、私にはおとぎ話に出てくる小人のように見えた。その小人が今度はキミを助けようとしている。小人はキミ一人なら水だけで生きられると言っていた。幸い水だけはまだまだストックがある。私が無為に生き長らえようとせず水を全てキミにあげてしまえば誰かが救助してくれる確率は高くなる。今こそが自殺の絶好のタイミングなのだ。
「まって!いかないで!」
少年が私の脚に抱き着いてきた。私が死のうと決意したのを悟ったのだろうか。
少年の真っ直ぐな目を見て気付いた。この子に嘘をついた私が間違っていた。夜になりこの子が寝るのを待とう。その間なら誰にも邪魔されずに死ねる。
「ごめんね。お魚たくさん捕まえるなら、大きな網を持っていかないとね」
「…ちがうよ!ハクちゃんがね、言うんだ、るこちゃんなら巫女さんになれる、って!」
そう言って少年は右手を前に突き出した。
「はい、るこちゃん、手をだして」
私は意味が分からなかった。ハクちゃん、というのはあの白い小人のことだが、巫女がどうしたというのだろう。今更神に祈ったところで助けが来るとでも言うのだろうか。まあいい、それでこの子が安心するのなら、手くらい合わせるのもいいだろう。
「はいはい、こうね」
差し出された右手に右手を重ねた。手を合わせると互いの温もりを感じた。この子は親を失ったばかりなのだ、誰かの温もりが欲しかったのだろう。
私も事故が無ければ結婚して子どもを産み育てたことだろう。自分に子どもが出来ればこんな感じに育つのだろうかと想像してみたりした。
仕方ない、もう一日だけ待ってみよう。それで救助が来なければ、今度こそ死のう。
夜になり、私たちは機内から持ち出した毛布で暖を取った。今晩は少年も私も水だけ飲んで寝ることにした。
少年が眠りについたのを確認した私は起こさないようそうっと起き上がり、島の反対側に移動しライトを付けた。
紙とペンが機内で見つかったので遺書を残すことにした。陸地で待っている彼氏と両親に宛てたものだ。私は消えてしまうのだ。彼氏にはいつまでも私のことを引きずって欲しくない。新しい人を見つけてどうか幸せになって欲しい。両親にも辛い思いをさせてしまうが、どうか許してほしい。
遺書を書き終え少年のもとに戻る途中、昼間の出来事を思い出した。
少年の言っていた『巫女さんになれる』とは一体何だったのだろう。何かの言い間違いだろうか。
『ネコさんになれる』…魚をうまく捕まえられると言いたかったのか?違う気がする。
『日光さんになれる』…落ち込んだ気分を太陽のように照らしてくれるということ?でも子供ならお日様と言いそうなものだが。
『いいお嫁さんになれる』…私の独り言を聞いていたのなら有り得なくはない。でも年端もいかぬ少年がそんな言葉を使うだろうか。
何になれると言っていたのかはよく分からないけれど、なる、ってことは変身するってことかしら。ここは一つ、戦隊モノのヒーローのように言ってみようかしら。誰も見ていないことだし、恥ずかしいことなんて無いわ。
「変身!…なんちゃって」
何も起きるはずがないと、そう思っていた。しかしその瞬間、自分の体が太陽のように眩しく輝き始めた。
「え、え、ええーーっ!」
咄嗟のことに少年が寝ているのを気にも留めず大声で叫んでいた。
「…もう朝?僕まだ眠いよ…」
薫子が光ったのは一秒に満たない切那だったが、あまりの眩しさと叫び声に少年が目を覚ました。
「…るこちゃん、どこ?」
隣に薫子がいないことに気付き、少年は眠い目をこすりながら島の中央へ移動した。靄がかかったように視界が悪い。
「るこちゃーーん!」
少年が呼びかけたが薫子からの返事は無かった。代わりに頭の中で声が聞こえた。
「どうしたの」
声の主はハクちゃん、こと
「あのね、るこちゃんがね、いなくなっちゃったんだよ!」
「そんなことないわ。これは夢よ。夢から覚めたらちゃんとあなたの横にいるわ」
「ゆめ?」
「そうよ。飛行機が落ちたのも、お腹が空いているのも全部夢。朝になればみーんな元通りよ」
「ほんと?」
「ええ。さ、早く毛布のところへいらっしゃい。夢の中で風邪を引いたら現実でも風邪を引いちゃうのよ」
「そうなの?」
「そうよ。さあ早く」
少年は言われるがままに元居た場所へ戻り、毛布へくるまった。
「起きてください!大丈夫ですか!」
誰かが必死に呼びかける声で少年は目覚めた。
「うーん…」
「良かった、生きている。すぐに船に運ぶぞ!」
声を掛けた男が少年を担架に乗せもう一人の男を呼び二人で運んだ。
「おじさん、だぁれ?」
「おじさんは海上保安庁ってところに勤めてるんだよ。君、名前は言えるかな」
「ぼく?ぼくはなつきはしくろう、っていうんだよ」
「夏木橋九龍…どうだ、名簿に載っているか」
「はい、乗客の中に確かにその名前があります」
名簿を調べていた男が答えた。
「ねえ、るこちゃんはどこ?」
「るこちゃん…それは一体誰だい?」
「えっとね、飛行機のね、運転手のね、人なんだよ」
「ああ、操縦士のことね。えっと…副操縦士の韮山薫子さんのことかな。彼女がどうしたんだい」
「ぼくと、いっしょにいたんだよ」
「なんだって!それは本当かい!」
男は驚く素振りを見せ、他の隊員を呼びつけた。
「おい、他に生存者がいたそうだが、どうだ」
「いえ、島の隅々を探しましたが、その少年以外に生存者は確認できませんでした」
「ちゃんと確認したのか」
「はい。島に打ち上げられた旅客機の残骸の隙間や島の周囲も調べましたが、誰一人見つかりませんでした」
「水中も調べたのか?」
「無茶ですよ。この付近にはサメが多数生息しています。探そうにもダイバーが襲われてしまいます」
「ならサメに襲われた可能性はどうだ」
「それについては何とも言えませんね。衣服の切れ端とかは見つかっていませんし…」
二人が会話に集中している間に九龍少年は担架の上で眠りについた。
少年はすぐに静岡の病院に運び込まれた。精密検査が行われたが異常は発見されなかった。
少年が救出されたニュースは翌日の新聞の一面を飾った。見出しにはこう書かれていた。
『航空機事故 生存者1名を除き全員行方不明』
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