第4話『魔法少女と仮契約』

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」


アスカの言葉がアタシの脳を堂々巡りのように駆け回った。


「契約?お前と?」

「そうさ」

「…てことは、お前が魔法少女を生み出してるのか?」

「そうだよ。それがどうかしたかい」


「…納得いかねぇな。お前はどう見ても普通の人間だ。契約ってのは、小さいマスコットみたいな動物と交わすものなんじゃないのか」

「詳しいね。君の言う通り、本来なら動物の姿をした精霊が女の子たちと契約を結ぶところだよ。実際、昔は精霊が直接、魔法少女と契約していたらしい」


「ならどうしてお前に契約が結べると言い張る。まさか人間も動物だから僕も実は精霊です、だなんて頓智みたいなこと言わないだろうな」

「僕は精霊じゃないさ。でも僕の腹の中に精霊がいる。見せてあげよう。出ておいで、黒丸」


アスカの呼びかけに反応して、へその辺りから動物の顔がひょっこり現れた。


「犬?まさかシェパードか?」

「狼だ!ったく小娘が、懐かしい顔を一目見ようと折角顔を出したら、案の定この黒丸様を愚弄しやがって。相変わらず粗暴な女だな」


狼が低い声で喋った。アタシは内心驚いたが、しかし表情には出さなかった。


「ほう、このわしが喋ったのにも驚かぬとは。やはり少しは見込があるようだ、そう思わんか飛鳥よ」

「アニメで見慣れてるから驚かなかったんだよきっと」


アスカの余計な一言を無視してアタシは黒丸にガンを飛ばした。


「おい犬。今お前、このアタシのことを小娘呼ばわりしやがったな」

「ああそうだ。それがどうかしたか」

「アタシは26だぞ。犬はそれより長生きできねぇだろ、ならお前はアタシの年下のはずだ」

「犬と狼の区別も付かぬような奴ぁ小娘で十分だ。それにわしは千歳をとうに超えておる。狼の姿をしているだけで、わしは精霊だぞ。貴様らと同じ生物の理で生きてはおらん」


黒丸は鼻息を荒立てドヤ顔を浮かべた。


「理、か。確かに人間の腹から顔だけ出す間抜けな生物なんて存在しねぇよな」

「ほぉ、間抜けだと。それは己のことだな」


「どういう意味だ」

「わしに喧嘩を売って機嫌を損ねたら、神通神子じんつうみこにする約束を反故にされると、その考えに思い至らないことが間抜けだと言っておるのだよ」


ジンツウミコ?聞き慣れない言葉だが、ミジンコの仲間か?


「魔法少女の昔の呼び名だよ。千年前の日本では魔法を神通力と呼び、神通力を使う少女を神通神子と呼んでいたらしいよ」


すかさずアスカが補足説明した。


「時代に合わせた呼び方に柔軟に対応できないとは、さすが千年以上生きてるだけのことはあるな」

「それはどうも。長生きはするものだな」

「褒めちゃいねぇよ。1つ言っておくが、別にアタシは魔法少女になりたくてこの場所に来たわけじゃない。むしろなれなくて困るのはそっちじゃないのか」


「ふん、別にわしは困りはせん。ユウウツバエ共が悪さをするのは人間に対してだ。精霊のわしには関係ない」

「それは違うんじゃないかな。人間がいなくなったら僕は困る。そうなれば体を共有している黒丸も大変だよ」


アスカが黒丸の意見に反論した。


「ほお、お前はあやつの味方をするつもりか。十余年連れ添ったこのわしよりたった二度しか面識のない女を選ぶとは、お前も色気づいたな」

「色気だって?そうだね、確かに僕は年上の強い女性が好きだ。仮に魔法少女になってくれないとしてもセイラにはお近づきになりたいと、そう思ってすらいるよ」


なんだこの野郎は。実質初対面の相手に愛の告白でもする気か。


「やめておけ。あんな狂暴な女の尻に敷かれては使い古した座布団のように潰れてしまうぞ」

「何言ってんだよ、それがいいんじゃないか。僕は主体性が無いからぐいぐい常に引っ張ってもらいたいのさ」

「…二人で盛り上がってるとこ悪いが、アタシは弱い男は守備範囲外だ」

「そうか。それは残念だ、とっても残念だ、ああ残念だ」


残念という言葉の割に嬉しそうなのがなんだかムカつく。


「もしやとは思うが、レオナや他の奴らを仲間に引き入れるたびに、今みたいに愛の告白を演出してたわけじゃないだろうな」

「ギャルゲーの主人公じゃあるまいし、そんなことはしないさ。まあ、最初のうちはそういう手段も取ってた時はある。でも効率的じゃないし、僕だって強ければ誰だっていいわけじゃないさ」

「ならどうやって仲間を増やしたんだ。暴走族らしく暴力で屈服させたのか」

「そんなわけないだろ」


アスカは首を横に振った。


「僕は女の子には決して手を上げない。それどころか、喜んで彼女たちのサンドバッグになるよ。いいや、違うな。僕をサンドバッグにできないようなか弱い女の子には興味が無い」


薄々感づいてたが、こいつ相当のドM野郎だな。まさかユウウツバエを自分に寄生させて殴らせるのはそういうプレイの一環なんじゃないだろうな。


「実を言うと、僕が積極的に仲間を、魔法少女を増やしているわけじゃない。に頼まれているからだ」

「ある人物…?」

「そうだ、明日その人物と会う約束をしてるから、君も同席しないか。彼の話を聞けば、きっと魔法少女になる決心がつくよ」


説得を他人任せにするとは、リーダーらしからぬ行動だな。この性格で本当にリーダーが務まっているか怪しいものだな。


「すまん飛鳥よ、わしはそろそろ寝る。あとは頼んだぞ」

「ああ」

「くれぐれもわし抜きで勝手に契約するんじゃないぞ」

「分かってるって」


黒丸は大きな欠伸をした。


「老犬に夜更かしはキツイみたいだな。ちゃんと寝る前にトイレ済ませたのか」

「うるさい。わしは狼だと何度言ったら…」


言い終わらないうちに黒丸は顔をひっこめた。


「精霊は用を足さないよ」

「なあアスカ、あいつはもう出てこないのか?」


アスカのツッコミを完全に無視して質問した。


「そうだね、黒丸は1日10分程度しか顔を出せない。これでも昔より断然長くなってきているけどね」

「そうか、なら今日のところは帰っていいか。精霊がいないんじゃ契約はできないだろ」

「いいや、できるよ」


アスカの予想外の返事に驚かされた。


「できるのか。じゃああいつは何のために姿を見せたんだ」

「君の姿を久しぶりに見たかったんだと思うよ。シェルター事件のとき既に僕の身体には黒丸が住み着いていたからね」


それでアタシを知っているような口振りだったのか。


「そもそも黒丸が顔を出している時にしか契約できないんじゃ、色々と都合が悪い。基本的には、僕が契約を代行することにしている」

「そいつは便利だな」

「さあ、黒丸も居なくなったところだし、今のうちにサクッと契約を結ぼうか」


アスカまで黒丸を邪険に扱ってしまっていいのか。


「ちょっと待て、アタシは魔法少女になるとはまだ決めていない」

「え?でもさっき、『今日のところは』って言ってたじゃん。それって黒丸がまた姿を見せられる時に契約するって意味じゃないの」

「そういうつもりで言ってない」

「困ったなぁ。じゃあせめて、仮契約だけでも結ばせてよ」


仮契約?そういえばさっき、仮契約組とか言ってたけど、普通の契約とは違うのか?


「なんだその、仮契約ってのは。分かるように教えてくれ」

「契約には仮契約と本契約がある。その違いは簡単に言えば時間制限が付くかどうかだ。仮契約なら1日15分まで魔法少女に変身できる。本契約なら時間無制限だ」

「それだけ聞けば誰でも本契約を結ぶはずだ。デメリットもあるだろ」

「ああ。仮契約は任意の時期に契約を解除できる。だから魔法少女をやめたくなったらいつでも辞められる。でも本契約は結んでから5年経つか、一定のノルマを達成することでしか解約できない。無理に解約しようとすると代償として体の一部を失う」

「体の一部って?」

「腕、足、目、耳、歯、舌、髪の毛、腎臓、肺…まあ色々だね。僕は解約したところを見たことないけど、黒丸の話じゃ部位は選べないらしい」


随分物騒な代償だな。ヤクザのケジメでも指一本くらいだぞ。


「仮契約のほうは大したデメリットは無い。まあ、変身し過ぎると少しお腹が空きやすくなるくらいか。そういうわけだから、仮契約を結ぼうか」

「ふん、そんなこと言って、アタシに分からないよう本契約を結ぶ気だろ」

「いや、それはできない。本契約は仮契約を結んだ後、両者と精霊の同意があって、かつ活動実績が無ければ結ぶことはできない」

「アスカの言ってることは本当よ。私は契約を持ちかけられたその日のうちに本契約を締結したかったから、アスカを連れて市内を駆け回ったわ」


そういえばレオナは本契約を結んでいると言ってたっけか。


「そういうわけだから、仮契約を締結しようか。もちろん初めのうちは無理はさせないし、ノルマも設定しない。週に一回だけでいいから、顔を見せてくれるだけでもいい。急な呼び出しはするかもしれないけど、仕事やプライベートを優先してくれればいい」

「それは好待遇だな」

「君を手中に収めるためだったらこのくらい当然さ」

「そうか。アタシに気を遣ってくれたわけか。だが断る!」


「…聞き間違いかな。もう一度言ってくれないかな」

「二度も言わせるな。アタシは魔法少女にはならない!」


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