第3話『総長の名は狐崎飛鳥』
パトカーから逃走している間に粉雪が降って来た。いつの間にかパトカーを撒いたようで、レオナはバイクのスピードを落とした。
逃走中にレオナと話して分かったことだが、ダーク・シェパードができたのは3年前らしい。
総長の名前は
ちょうどその頃からアタシはレンタルビデオ店でアルバイトを始めて、また家の手伝いも忙しくなってきたから、結成の事実を知らなかったのだろう。
レオナが加わったのはその1年後らしい。
それから現在に至るまで、隊員が加わったり抜けたりを何度も繰り返し、今では100人以上がグループにいるとのことだ。しかもそのほとんどがアスカよりも年上だという。
年長の荒くれ者たちを従わせるリーダーとやらがどんな器量のある女なのか、この目で確かめてみるのも悪くないだろう。
寒空の下を疾走すること20分、とある山の麓に着いたところでバイクを降りた。
目的地はまだ先だが道が険しいのでここからは歩きだそうだ。
「ミカン、ご馳走様でした」
ヒメがアタシに礼を言った。皮しか残っていない様子を見るに、移動中に渡したミカンを5つ全て食べ終えたようだ。
「まったく、少しは警戒しなさいよ、ヒメ」
「え、なんでですか?」
「今は大人しくしているとはいえ、セイラは私達の仲間じゃないのよ」
「セイラさんは食べ物をくれました。食べ物をくれる人に悪い人はいません」
「…どうしてそんなに能天気でいられるのよ」
レオナは二人を置いてさっさと先へ行ってしまった。
「行っちゃいましたね。どうして怒ってたんでしょうか」
「さあな、笛を中々返してくれないから不貞腐れてるんじゃねぇか。それより後を追うぞ。もう真っ暗だし置いていかれると迷子になりそうだ」
山道を歩いている途中、小さな檻をいくつか見つけた。うちがミカン農家だから見慣れているが、きっと農家が仕掛けたイノシシ対策の罠だろう。
「それにしても驚きましたよ。初めてセイラさんに会ったときのポケットの膨らみ。町の不良たちから巻き上げた戦利品かと思いましたけど、まさかミカンだったとは。あの噂は嘘だったんですね」
「噂?噂ってなんだよ」
「あのですね、先日ダーク・シェパードのある隊員の友人が目撃したそうなんですよ。セイラさんが町の不良たちを路地裏で殴って、相手の男たちから財布を奪って逃げていったところを」
セイラにはその話には全く心当たりが無かった。
「バーカ。このアタシがカツアゲなんてしてみろ、忽ち大金持ちになって税務署に所得隠しがバレれて則お縄だ。そんなバカな真似するかよ」
「カツアゲって所得税が課せられるんですかね」
「んなこと知らねぇよ、言ってみただけだ」
「ええ…」
――アタシを怖がってたみたいだから少しでも打ち解けようと冗談を言ったが、意外と気が合いそうだ。年が近いからかもな。
「それはともかく、噂なんて敵の拳と一緒、受け流すもんだ。それがアタシの流儀だ」
「そ、そうですよね。セイラさん、私たちの攻撃を全部かわしてましたからね」
「私たち、って、お前は何もしてないだろ」
「はは…」
ヒメが苦笑いした。
「でも、セイラさんがいくら強いといっても、リーダーには勝てないと思いますよ」
「ふん、どうせそいつもレオナみたいに魔法を使うんだろ」
「いえ、そうでもないですよ。私、リーダーに聞いたことありますけど、魔法は使えないそうですよ」
「その話、嘘じゃないだろうな」
「はい。というより、レオナさん達だって他の族との抗争のときには魔法は使ってないですよ」
「ふーん。っておい、ついさっきアタシ相手に使ってたじゃねぇか!」
人が良く振る舞おうと気を付けていたがつい大声を出してしまった。
「セイラさんには魔法無しでは敵わない、ってリーダーが考えたんだと思います。セイラさんの実力を認めているってことじゃないでしょうか」
「実力ねぇ…。狐崎飛鳥つったか、アタシそいつとやり合ったことあんのかな…。
なあ、アスカってのはどんな女なんだ?」
「…どうやらセイラさん、本当にダーク・シェパードについて何も知らないみたいですね」
「あんだと。お前らだってアタシの全盛期知らないだろ」
「わ、私は知ってますよ!」
「ああ、そうだったな。お前様はアタシの年上様でございましたね」
「からかわないでくださいよ…」
山に登って随分時間が経ったが、まだ目的地は先のようだ。
「そういやお前はなんでまだレディース続けてんの?自分でバイクにも乗れねぇ癖にさ、それに弱いし」
「いや、それには深い事情が…その、親と色々ありまして…」
「ふーん。親、ねぇ…って、忘れてた!早く母ちゃんに電話しねぇと!悪いんだけどケータイ貸してくんない?」
「いいですけど、ここ多分圏外ですよ」
ヒメからスマホを受け取り、回線を確認したが、残念ながら圏外のようだ。
「あーあ、もっと早くに思い出しておくんだったな…。帰ったらまたどやされるだろうなぁ」
「着いたわよ」
先頭を歩いていたレオナが二人のほうを振り返った。
三人の前に現れたのは廃倉庫だった。どうやらここが目的地のようだ。
レオナの話ではここにリーダーと何人かの部下がいるらしい。
――さあ、ダーク・シェパードとやらの総長は一体どんな奴なのか、この目でしかと見届けてやろうじゃないか。
アタシは大きく深呼吸し、倉庫の鉄の扉を足で蹴破り、開口一番こう声を張り上げた。
「おうおう、てめぇら、アタシが留守の3年間にシマを荒らしやがって!ここが誰の縄張りか分かってんのかおらぁ!先輩に挨拶くらいしたらどうなんだ!おい!」
格好良く決めたかったのだが、最近カラオケに行ってないせいか声が少し裏返った。
――やっぱ普段から声出ししないとこういうときカッコ付かないよな。明日からカラオケ通いだな。
セイラの目に3人の特攻服の女の姿と、天井から吊るされた鎖に両腕を固定された高校生くらいの男の姿が映った。
女たちは一瞬こっちを振り向いたが、しかしそれも束の間、アタシを無視してすぐにさっきまでと同じ動作を再開した。
どうやら3人がかりであの男をボコっているらしい。手に巻かれた白い布が血で赤く染まっていた。
――相手が男だからって大勢で一人を暴行するのはあまり褒められたやり方じゃねえな。それともアタシらブラッドエンジェルズの構成員が強すぎるだけで、普通レディースってのは存外一人では非力なものなのだろうか。
まあ、引退したアタシが他の暴走族のやり方にどうこう言っても仕方のないことだが。
「来客よ。手を休めなさい」
レオナが3人を止めに入った。そのうちの2人、ツインテールとメガネが手を止めてレオナのほうに向き直った。
「レオナ!遅いじゃないの。で、どう、ちゃんと晩御飯は買えたの?」
「カザリさん、レオナさんがお使いに行くと言っていたのは人を探しに行く用事のことで、我々の食事を買ってくるという意味では無いですよ」
「何よそれ、それじゃアタイたち、また晩御飯抜きってこと?ふざけんじゃないわよ!これでもう一週間は何も食べてないのよ、アタイ今日という今日は死んじゃうわ」
「何を言っておられるのですか。お昼にハンバーガーを私の分まで横取りして6つ平らげてたじゃないですか」
「あんなの食べたうちに入んないわよ!」
ツインテールの少女が地団駄を踏んだ。
「カザリ、そんなにお腹空いてるんなら、あげるわよ、これ」
見かねたレオナがここに来る前に一度落としたミカンをその少女に渡した。
「え、貰っていいの?レオナ大好き。いつもありがと」
ツインテ少女は皮も剥かずミカンを丸かじりした。
「うん、おいしいわ。口の中に皮の苦みと青臭さがいっぱいに広がって…後から甘酸っぱい香りがほんのり感じるわ。…ん?」
「どうかした?毒でも入っていたかしら」
「アタイ、知らなかったわ。愛情のこもった料理って、愛情を込めて作ってくれたって想像することで味に変化が生まれるんだと思ってたけど、もっと物質的な変化があるのね」
「物質的?それは舌のしびれを伴う危険なものかしら」
「そうじゃないわ。食感よ。きっと愛情が深すぎて結晶化したのね、硬くてジャリジャリしたものが口の中に星の数ほど広がっているわ」
「なるほど、分かったわ。毒物として重金属の化合物を使ったのね。ミカンの酸に溶かしてイオンにしてしまえば取り除くのが困難だと目論んだのでしょうけど、入れすぎたものだからイオン化しないで固体のまま残ったんだわ。欲張りね。カザリ、危ないから吐き出しなさい」
「ちょっとレオナ、今アタイのこと欲張りって言った?というより、さっきから何をブツブツ言ってるの?」
「あの人がそのミカンに毒を盛ったのよ」
レオナがセイラのほうを指差した。
「お前ら、アタシを無視して話してんじゃねぇ!それに毒なんて入れてねぇって説明しただろ!」
セイラは大股で少女たちのほうへ向かっていった。真っ先にメガネの少女が反応し、セイラの前に立ちはだかった。
「すいません、どちらさまでしょうか」
「アタシは人呼んで鉄拳のセイラ、3年前まで暴走族だった女だ」
「鉄拳の…ああ、リーダーが探しておられた方ですね。お待ちしていました」
少女は丁寧にお辞儀をした。
「その口振りからすると、お前はリーダーではなさそうだな」
「左様でございます。私はダーク・シェパードの副リーダー、
「へぇ、あんたも副リーダーなのか。一体副リーダーってのは何人いるんだ」
ツバキはメガネをくいっと上げてから返事をした。
「全部で7人います。私とレオナさん、それからあちらの
ツバキはツインテールの少女を指差した。
「あと向こうにいるのが
さっき男を殴っていたもう一人の女がいなくなっていた。
「名前は分かった。お前らの中にリーダーはいないな。それより…」
セイラはツバキを押しのけ、レオナとカザリのところに向かっていった。
「レオナ、てめぇアタシのミカンそいつに押し付けやがったな!さっき食うって約束しただろ」
「してないわ。でも食べなくて正解だったわ、私の想像通り毒が入っていたから」
「毒じゃねえよ、お前が落としたときに皮に砂が付いたんだろ!」
「そうね、道路の砂は雨水や排気ガスにさらされているから毒のようなものね。アナタは私がいらないと言ったのにミカンを渡すことで、地面に捨てるよう誘導した。つまり私は毒を盛った実行犯で、アナタは私がそうするようそそのかした。知ってる?教唆犯の罪は実行犯よりも重いのよ」
「無茶苦茶な屁理屈だな。そもそもアタシはその女にミカンを譲っていいなんて言ってない。お前しか食うことを許していなかった」
二人の会話にカザリが割って入った。
「ちょっとレオナ、あんたいつもアタイの目の前で難しい話してるけど、それって新手の嫌がらせよね?」
「嫌がらせというのは、この女のように人にミカンを食べるよう無理強いする人間のことを言うのよ」
「そう、良いことを聞いたわ。セイラと言ったわよね、あんた」
「なんだよ」
「アタイに嫌がらせしなさい」
「はぁ?お前何言ってんだ」
「とぼけても無駄よ。スカートの左ポケットにミカン隠してるでしょ」
「ミカン?確かに持ってるけどよ…なんでわかったんだ」
「匂いよ。さっきのミカンと同じ匂いを感じたわ」
セイラはミカンを取り出した。
「まだ隠してたの…呆れたわ。どんだけ自分ちのミカン大好きなのよ」
レオナはミカンを見てうんざりしている。
「好きでこんなに持ち歩いているんじゃねえよ。母ちゃんが言うんだよ、今年は豊作で卸しきれないから無駄にしないよう1日ノルマ15個だって。幾ら美味いとはいえ、そんなに一人で食えねえっての」
「まさか、しつこく私に食べさせようとしてたのって、ノルマ軽減のためだったのね」
「いや、そうじゃねぇけど…いや、そうかもしれないな」
「難しい話はいらないわ。さっさとそれでアタイに嫌がらせしなさいよ」
「嫌がらせ?こいつを食わせろってか?」
「そうよ。さあ早く、それを皮も剥かずそのままアタイの口にねじ込みなさい!」
「ダメだ。もうあと2つしか残ってない。レオナに食わせるまで1つは残しておかねぇとな」
「ケチ!もういいわ、力ずくにでも奪い取ることにしたわ。表出なさい!」
「おお、やってやろうじゃねぇか!お前らまだアタシの実力知らないだろうからな、ちょうどいい機会だ。実戦経験の差を知らしめてやるよ。
お前ら、救護ヘリ呼ぶ準備してろよ。こんな山の中に救急車は入ってこられないからな」
「ふん、アンタが倒れた後のケアまで考えてるなんて、さすがは実戦経験豊富ね。でも心配いらないわ、死体に救護は不要だもの」
「へっ、アタシを殺すだって。悪いがそういう妄想話はポエムノートにでも書き綴ってな」
「そうね。アンタの死体と記念撮影して日記を残すことにするわ。タイトルはそうね、『元暴走族イキリおばさんの最期』ってところかしら」
「いい加減にしてください、カザリさん!」
ツバキが大声で叫び二人の会話の流れを断ち切った。
「ミカン1つも我慢できないほどのその意地汚さ。少しは改善なさる努力をした方がいいと思います。この前の抗争だって、元はと言えばあなたがコンビニの惣菜パンを横取りしようとした相手が暴走族だったからですよ。」
「ぐっ…」
「セイラさんもセイラさんです。ミカンのお1つくらい、差し上げてしまえばよろしいではないですか。そんなにレオナさんにミカンを食べさせることが大事ですか。もっと大事なことがありますよね」
「大事なこと…?」
「そうです。リーダーに会って魔法少女のことを詳しく知りたい。そうお考えではありませんか」
「魔法…少女?いや、アタシが知りたいのは魔法についてで、そもそも魔法少女なんて言葉、レオナの口からは聞いてないんだが」
「そうでしたか。それは失礼いたしました。てっきりレオナさんが話を付けてくれたものとばかり…」
ツバキは深く頭を下げた。
「話を付けるって一体何のことだよ」
「率直に申し上げますと、セイラさんを我がチームに引き入れたいのです」
「は?」
――このアタシをヘッドハンティングしたいってか?
「鉄拳のセイラと言えば我々の界隈ではその名を知らない者はいません。現役を退かれた今でもその力は健在なのか、それだけが心配でした。しかしそれは杞憂だった。実際、あなたはレオナさんの部隊をいとも容易く退けた。その力はリーダーの目的のために必ず役に立ちます。どうか我々に力をお貸ししていただけないでしょうか」
「お断りだ。目的とやらが何だか知らないが、チームに入ったところでアタシに何のメリットも無いじゃないか。交渉事のコの字も知らないガキの青い尻に敷かれるなんて御免だ。
だいたい人を呼びつけておいててめぇの面も見せないリーダーになんか従う道理はない」
ツバキは少し驚いたような表情を見せた。
「今、リーダーがこの場にいない、と仰りたいのですか」
「そうじゃねぇか。ここにいるのは、お前ら副リーダー達とヒメだけだろ。それとも副リーダーが交代でリーダーの役でも務めてるのか」
「違うわ。リーダーはリーダーでちゃんといるわよ」
レオナが首を横に振った。
「じゃあ、まさかとは思うが…お前がリーダーなのか、ヒメ」
「ええっ、私がリーダーですか!」
「今思いついたが、お前は普段はドジな女を演じているだけで、それは正体を隠すための演技なんじゃないか。リーダーってのは恨みを買いやすいからあまり表に顔を出したくないもんだからな。
腕っぷしがからっきしなのは本当なんだろう。だからこそ武器を携帯し、奇襲に備えている。
本当はリーダーをやりたくないのかも知れないが、最年長だから周囲に担ぎ込まれて仕方なくリーダーをやっている。そうじゃないか。
アタシを呼んだ目的ってのは自分が弱いからアタシに警護して欲しいとか、そんなところか」
「いやぁ、私がリーダーだなんてそんなぁ。夢のまた夢ですよ」
「何を嬉しそうにしているのですか、ヒメさん。アナタがリーダーであるはずがないことはご自身が一番よくご存じのはずですよ」
ツバキがすかさず否定した。
「そもそも名前が違うでしょ。私、リーダーの名前は狐崎飛鳥だって教えたわよね」
「じゃあ誰なんだよ!この場にいると言っておきながら、結局どいつもリーダーじゃなかった。もう嘘付いてるとしか考えようがない」
セイラは頭を抱え悩んだ。
「何言ってんのよ。もう一人いるじゃない」
「なんだ。まさか幽霊がいるとでも言いたいのか、それとも二重人格…」
「彼よ」
レオナは殴られていた男を指し示した。
あっけにとられたセイラは反駁の言葉を探すのに時間がかかった。
「ああ、そうだったな。鎖で両手首を縛られ、上半身から血を流したまま立ち尽くしている。ズボンまで血でぐっしょりだ。何ともリーダーらしい風体じゃないか」
「そうよ」
「…冗談だろ?あいつはお前らと敵対してる族の誰かとかじゃないのか」
「違うわ」
「上半身裸だけど、あいつどう見ても男だよな。レディースの総長が男なんてこと、有り得ないだろ」
「そもそもダーク・シェパードがレディースだなんて一言も言ってないわ。あなたが勝手に勘違いしただけよ」
「…なら、さっきはなぜ殴っていた。どうして血だらけのまま放置している」
「そんなに気になるなら直接本人に聞けばいいじゃない。ね、リーダー、何とか言ってあげたら」
「君たちひどいじゃないか。僕が人見知りだと知っておきながらこんな怖い顔の女の人と話せだなんて」
鎖に繋がれた男がかすれた声で文句を言った。
セイラは男が気絶していると思いこんでいたので驚いた。しかしすぐさま気を取り直した。
「怖い顔で悪かったな」
「やだなあ、褒め言葉だよ。東京出身でこの地方の方言は勉強中だけど、確か怖いって美しいって意味だよね」
「そんな方言はねぇよ。ていうか、初対面のアタシと普通に話せてるじゃねぇか。なにが人見知りだ。
お前が本当にリーダーなのか?」
「そうだよ。僕がダーク・シェパードのリーダーさ。よろしく」
「まだ納得はしてねぇが、そういうことにしといてやる。アタシはセイラだ。こっちもよろしく…ってその格好じゃ握手は出来そうにないな」
「1つ訂正しておくと、僕と君は初対面じゃない。僕は君のことをよく知っている。何処の中学出身でいつブラッドエンジェルズを結成したのか、どれだけの暴走族に打ち勝ってきたのか、そして君が鉄拳のセイラと呼ばれる所以となった地下シェルターをぶっ壊した例の事件のこともね」
「お前のいう『知っている』は地元の有名人として知っているって意味だろ。それも、あの事件を知っているくらいだから相当なマニアだな」
「鉄拳って、鉄のように硬い拳で繰り出すパンチが恐れられている、って意味じゃなかったの?」
レオナの疑問にツバキ、カザリが同意するように頷いた。
「うん、確かにその側面もあるだろうね。でもレオナ、あの事件を知ったらきっと驚くと思うよ。セイラ、ここで皆に話してもいいかな」
「やめてくれ。あんなのは美談でも何でもない。アタシの人生最大の過ちだ。
お前もそう思ってくれていたから今日まで仲間に話さずにいてくれたんじゃないのか」
「まあね。一応君の尊厳を尊重している。それに君は僕の命の恩人だからね」
「…そうか、お前もあの場にいたのか。だから知っていたのか…」
セイラが口を閉ざすと場の空気が重くなった。
静寂を破ったのはカザリのけたたましい声だった。
「あのさぁ!リーダーと二人だけで話されると気になるじゃん!ざっくりでいいからアタイにも教えてくんない」
「アタシの話はいいんだよ。それよりアスカ、お前さっきからずっと血だらけだけどいいのか。病院すぐには行けないぞ」
「あー、これね。そうだね、放っておいてもどうせ死にはしないけど、ちょうどいいや。君にいいものを見せてあげよう。レオナ、悪いんだけど治すの手伝ってくんない」
「リーダー、そうしたいのは山々だけど、笛をセイラに盗られてるから今は無理」
「てことは、やっぱり闘ってからここに来たわけか。でも笛の力で無理やり連れて来たってわけじゃなさそうだ。喧嘩に勝ったうえに僕に会いに来てくれたってのは嬉しいね」
「御託はいい。一体何を見せたかったんだ」
「魔法さ」
「…人を操る術のことか。それならもう見たぞ」
「いいや、そっちじゃない。彼女にはもう1つ魔法が使える。むしろ僕の目的のためにはそっちの方が重要だ」
「もう1つ、だと?」
「そう。その力とは癒しの力。傷ついた者を癒す心地よい笛の波動。名付けて『ヒーリング・ヒアリング』」
「ヒーリング…?」
「ヒーリング・ヒアリングは普通の笛で発動して治せるのは擦り傷や打撲痕くらいの軽傷だけだ。でも変身することで骨折や臓器の破裂さえ治癒できるようになる。さあ、セイラに魔法少女について教えてあげるためにも変身だ、レオナ」
「はぁ…リーダーの頼みなら仕方ないわね」
やれやれといった感じでレオナは足を肩幅に開いて立ち、やる気無さそうな声でつぶやいた。
「変身」
すると突然、レオナの体を眩い光が包んだ。
あまりの眩しさにセイラは目を瞑った。
目を開いたとき、セイラは驚愕した。レオナの服装がさっきまでとまるで違っていた。
厚手の濃紺のブーツ、膝下まで伸びた白いハイソックス、短いスカート丈の水色のワンピース、袖口や裾にあしらわれたフリル、そしていつの間にか空色に染まった髪と青いリボンで結んだポニーテール。それはまさしく魔法少女と呼ばれるものに他ならなかった。
セイラはしばらく呆然とレオナを眺めていた。何も言葉が見つからなかった。
漠然とレオナの服装を見ていたが、視線が胸元から右腕、右手首へと移ったとき、手にあるものが握られているのを発見した。
それは水色の笛だった。小さい笛に細かい蝶かなにかの装飾が施されている。
「…そんなにジロジロ見ないでくれる、恥ずかしい」
「…これは夢か、幻か?」
「夢であってほしかったわ。こんな格好、本当は仲間にだって見せたくないのに…」
「ぷぷっ、やっぱりその格好、何度見ても似合わないよね」
レオナの格好を笑ったのはツバキでもカザリでもない。ヒメでもない。ましてやセイラでもなかった。
笑い声の主はアスカだった。
「あなたの命令でわざわざ変身したのよ。治癒するのやめようかしら」
「ごめんごめん、つい。さあ、気を取り直して、僕の怪我を直してくれ」
「はぁ…」
レオナは嫌々笛を吹いた。
するとたちまちアスカの傷は癒えていき、顔色に血の気が戻って来た。
「協力ありがとう。さあ、見て貰った通りだ。これが魔法少女の力だ。ツバキとカザリも変身できるけど、仮契約組はやめておこうか」
「ちょっと待て。理解が追い付いてないんだが…」
「気になることがあったら何でも質問してくれ」
「ああ。まず聞きたいんだが、レオナは早着替えの名人か何かか」
「違うよ。彼女は器用なほうだけど手品は得意じゃない。あの衣装は敵から魔法少女を守ってくれる防護服のようなものだ」
――露出箇所が多くてとても守ってくれそうに見えないぞ。
「敵ってなんだ、何かと戦うのか」
「そう。敵は異界よりこの世界に迷い込みし謎の生命体『ユウウツバエ』とそれに寄生された人間たちだ」
――ハエ?気持ち悪いな。
「魔法少女になれるのはレオナだけじゃないんだろ」
「ああ。ここにいるツバキとカザリがそうだ。他にも何人かいる」
「そうよ、アタイも魔法少女よ。アタイはレオナと違って変身することにためらいは無いけど、まだ仮契約だからって非常時にしか変身を許してくれないのよ。
そのせいで部下たちからは副リーダー最弱って正面切ってよく言われるのよ。まったく、女なんだから悪口は陰でひそひそ言いなさいよね!ほんと許せないわ!」
「そ、そうか。暴走族やってるくらいだから、陰でこっそり悪く言えない性分なんじゃないか」
急に話に割り込んできて早口で喋るカザリに気圧された。
「えっと他に…あ、そういやあの水色の笛はなんだ。どこに隠し持っていた」
「あれは変身したときだけに使える魔法少女の武器だよ。衣装とともに現れて変身を解くと衣装とともに姿を消す」
――それならあの時、レオナが赤い笛を持ってなかったとしても、どの道笛を取り戻されていたってわけか。
「他に聞きたいことは無いかな」
「そうだな、お前はどうしてさっき血まみれだったんだ」
「あれは僕の体にユウウツバエが寄生していたから、いや、わざと寄生させていたからさ」
「なんだってそんな危険なことする必要があるんだよ」
「奴らの性質は厄介でね、人間に寄生していない状態では倒せないんだ。だから体の丈夫な僕に寄生させて、彼女たちに攻撃させていたのさ」
――本当に厄介な性質だな。
「そいつは大変だな。ん、待てよ、アタシが倉庫に入った時、あいつら変身してなかったよな。変身しなくても戦えるってことか」
「そうさ。人間に寄生さえしてしまえば、後はその人間を殴るなり蹴るなりすれば奴らにダメージが入る。もっとも、さっきみたいに鎖で固定でもしないと暴れられて手に負えないけどね」
「アタイだって殴りたくて殴ってたんじゃないわよ!でもハエ退治に協力しなかったら契約を解除するってリーダーが脅迫するから、仕方なく殴ってたのよ。レオナ風に言えば、これって脅迫罪でリーダーが逮捕よね」
「それ以前にカザリが傷害罪で捕まるわ。いや怪我は私が完全に治せば暴行罪で済むかしら」
「カザリたちの漫才は置いといて、セイラ、もう質問は無いかな」
「そうだな、質問じゃないけど、魔法少女ってのが実在するってのには驚いた。でも、魔法少女といえば夢見る女子中学生がなるものだって勝手に思い込んでたけど、そうじゃないんだな」
「僕も君が魔法少女を知っていることに驚いたよ。君も見かけによらずメルヘンチックなんだね」
「う、うるせえ。たまたま偶然魔法少女アニメの再放送を最近チラッと見ただけだから…」
セイラは言葉を濁した。
「そういうことにしておこう。君が見たっていうアニメで描かれた魔法少女像は、正義感が強くて、困ってる人がいたら助けずにはいられない、お人好しな中学生の少女だったろう。
でもそれはアニメの中だけの話さ。人を助けたいって気持ちだけでは戦えないし、学生には授業だってある。力が必要な時にいつだって駆け付けられるわけじゃない。それにフィジカル面だって、成長途中の女の子には不安が残る。
ならば一体誰が魔法少女をやるにふさわしいか。そう、君たちレディースだ。
普段から喧嘩慣れしてるからフィジカル面には問題ないし、時間の制約も無い。何より、バイクで全国どこへだって駆け付けられる。まさに魔法少女に打ってつけの存在じゃないか」
「そうか、なんとなく読めて来たぞ、アタシを呼び出した理由が」
「そう、お察しの通りだよ」
アスカは鎖に繋がれたままの両手を頭上に仰々しく広げ、声高らかにこう宣言した。
「僕と契約して、魔法少女になってよ!」
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