俺は人間ですか? サイボーグ愁思郎はかく戦えり

十二田 明日

プロローグ

 そこは郊外にある薄暗い倉庫。

 数人の男たちが集まっていた。みな人相が悪く、下卑げびた笑みを浮かべている。


「たまらねえな」


 男の一人が大量の紙幣を持って、ニタニタと笑う。

「こんなに儲かるなら、もっと早くやってりゃ良かったぜ」


 ここは麻薬の栽培を行っている精製場せいせいじょうだった。奥には手製のビニールハウスと大量の苗床がある。


「おい、商品に手をだすなよ」

「分かってるって」


 男たちは笑いが止まらない。

 いつの時代も、人は何かに依存したがるものだ。様々な事が機械化、自動化される現代でも人の心は変わらない。


 むしろ義体化技術サイバネティクスが発達すればするほど、人は生身の身体で感じる快楽を重視するようになり、ドラッグは高値で取引されるようになった。

 男たちはそこに狙いをつけ、荒稼ぎしている。

 リーダー格の男が口を開いた。


「おい警察に目ぇ付けられたりしてねぇだろうな?」

「そういや、最近それっぽいのが嗅ぎ回っているって、聞きますけどね」

「ったく」


 それが本当なら、ここもそろそろ終いだ。また別の場所を探さなければいけない。


「仕方ねぇか」


 それが男たちのやり方だった。


 警察の警戒網けいかいもうの隙間をうように販売ルートをつくり、違法指定されない新しい配合のドラッグを作る。可能な限り売りさばき、警察が令状をもって乗り込んで来る前にさっさと逃げ出す。


 そしてまた新しい市場を見つけ、配合を少しだけ変えた新しい薬を売りさばく――ずっとそれを繰り返して来たのだ。


(さてと、次はどこで売りさばくか)


 男が思案していると、


 バコォンッ‼


 爆発でもしたかのように、倉庫の扉がはじけ飛んだ。


「なっ⁉」

「何だっ⁉」


 男たちは突然の事に、慌てふためく。

 一体何が起きたのか?


「あの、すみません。公安局です」


 聞こえてきたのは、場違いなほど間延びした声。

 扉のあった空間に現れたのは、制服姿の少年だった。

 色は白く、身長も比較的小さい。体格も華奢きゃしゃ。表情が薄く、まるで人形がそこに立っているかのよう。


 生命力というか、生物が持っている存在感というものが、この少年にはなかった。

 少年――上月愁思郎こうづきしゅうしろうは言う。


「ここは包囲されています。大人しくしてください。抵抗する場合は実力行使で制圧することになります」


 それはあまりにも淡々としていて、はっきりと言えば不気味だった。

 吹き飛んだ扉と、喋っている少年と、その全てがチグハグで。

 普段ならば愁思郎のセリフを一笑に付すだろう男たちも、不気味さに嘲笑わらうことができず、ただ戸惑っていた。


「何だよ、テメェは」

「…………」


 男の一人が問いかけるが、愁思郎は答えない。感情のない瞳で、じっと男たちを見ている。

 その態度がムカついたのか──あるいはこの場の雰囲気に耐えられなかったのか。


 男は懐から拳銃を抜いた。小口径の自動拳銃だ。

 迷うことなく引き金を引く。

 人を殺すことに迷いなどなかった。死体はあとからどうにでもなる──それよりもこの少年が存在していることが、男には不快だった。


 銃声が倉庫の中を反響し、カラカラと乾いた音を立て、薬莢やっきょうが転がる。


「んなっ⁉」


 男は目を見開く。

 愁思郎は倒れなかった。

 弾が外れたのか? ――違う。よく見れば胸のあたりに焦げたような跡がある。確かに銃弾は当たっている。


 では、何故愁思郎は死んでいない?

 冷めきった視線を送り続けているのは一体……?


「警告にも関わらず攻撃を受けました。これからあなた方を制圧します」


 極めて事務的な口調で宣言すると、愁思郎はつかつかと銃を構えた男に向かって歩き始めた。


「う――ああぁぁぁっ‼」


 男は半狂乱になりながら、引き金を引いた。

 二度三度と、銃を撃ち続ける。

 だが愁思郎は止まらなかった。立ち止まることはおろか、歩調さえ崩さない。前から飛んでくる銃撃に対して、何の影響も受けていないように見える。


 制服姿の少年が、銃弾の雨を受けながら歩き続ける――質の悪い冗談のような光景だった。

 愁思郎は男の目の前まで歩み寄ると、


 ブンッ!


 と右腕を振るった。

 右から左へ、平手打ちの要領で男の構えた銃を払う。

 甲高い金属音とボキリという鈍い音がした。


 愁思郎に払われた拳銃は遠くへはじけ飛び、ひしゃげてスクラップになっている。そして男の腕はあり得ない方向へと曲がっていた。


「アアァァァああアァああッ⁉」


 銃を構えていた男は腕を押さえ、その場にへたり込む。

 その悲鳴は、折れた腕の痛みによるものか。

 それとも愁思郎に対する恐怖によるものか。


「きっ、気を付けろ!」


 見ていた他の男が鬼気迫る表情で叫んだ。声に焦りの色がありありと見て取れる。      

 それは愁思郎が大きな脅威であると理解したからに他ならない。


(銃の効かねぇ身体、そして今の怪力――間違いねぇ!)


「こいつはサイボーグだ!」

「…………」

 

愁思郎は無言で、男たちに襲いかかった。

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