水の底はきっとキャンディみたいな甘さ

長月 有樹

第1話

 たかしくんはきっと壊れていた。うん間違いなく壊れている。壊れているから、朝の通勤通学ラッシュの駅前の踏切前で「俺と寝てくれ、頼むから、文香」なんて私に縋るように抱きつき。そして泣きついたのだろう。


 壊れていなかったらそんな事はできないし、実際にたかしくんは壊れていた。たかしくんは自分で寝れなくなっていた。私もうっすらと分かっていた。最近、授業中に居眠りをしている彼を見た。そんなたかしくんを私は知らなかった。


 だって私はたかしくんノートのおかげで、今までのテストを乗り切ってきたのだから。彼の几帳面な性格を見事に現れた細かく(けれどもちょっと丸文字で女の子みたいな)、必要な事を必要な量で見やすく、かつ分かりやすいノートのおかげで私はテストを乗り切ってきた。そのノートをたかしくんは、最近私に貸してくれなかった。


 これだけを言うと私が頭がバッドな女の子みたいな感じに伝わってしまいますけど、ところがどっこい私、竜田川文香(17歳)。高校生をやらしてもらってます。そしてアイドルもやらしてもらってます。グループ名はのっぺらぼっちゃんのDRAGONリバー文香でやらせて貰ってます。けっこう日本で有名人やらしてもらってます。だから学校にあまりいけてないのですよ、私を見くびらないでください。


 寧ろ馬鹿はたかしくん。あのノートから感じられる知性をたかしくんは全く、勉学に活かせてなかった。彼の知の部分は全て彼の筋金入りのオタク魂にもってかれてた。アイドルオタクです。つまり私のオタクでもあるのです。


 そして彼は私の幼なじみでもあるのです。だから私のためだけにノートを書いてくれてたのだ。


 駅前の踏切前、たかしくんは懇願した。た幼なじみの私にも見せるアイドルオタクとしてではなく。けれどもアイドルDRAGONリバー文香、そして幼なじみ竜田川文香の両方に懇願したのだろう。


 単純に寝れないから添い寝をしてくれという意味だった。


 私はO.K.した。正直言うとたかしくんが好きだったからだ。過去形だけれども。


 夜。私の家の隣の隣の隣の家のたかしくんの家に向かった。昔はウチには無いテレビゲームをしたいから通ってたたかしくんの家は、全然思い出と違っていた。荒れていた。モノが散乱していた。ゴミが転がっていた。臭かった。


 そしてたかしくんの家にはたかしくんしかいなかった。昔からたかしくんのおじさんとおばさんは、ジャーナリスト。なんか海外の戦場とか被災と地とか取材するカメラマンのおじさんとライターのおばさんのコンビで夫婦共に海外によく行ってた。たかしくんを私の家に預けてた。


 だからたかしくんがたかしくんの家で一人いるのは別に不思議じゃなかった。けどこの荒れ果てた家には孤独しか感じられなかった。水面に波紋すらたつことがないような虚無、孤独。すごく寂しい。何よりも悲しい。そんなモノが彼の口から伝えられずとも感じることができた。


 私たちは彼の部屋のシングルベッド横向きに顔を向かわせながら寝た。ツンとする汗の匂いが彼から感じた。対して私はキャンディみたいな甘さを漂わていた、胸きゅんキャンディシャンプーとマジ恋キャンディボディソープを使ってたから。ちなみにそれらは私のアイドルグループのっぺらぼっちゃんのグッズである。価格はともに3500円とぼったく───ファンのみんなのお布施価格である。


 強く抱きしめられる。汗の匂いが更に強くなる。少し怖くなる。けれどもそれ以上に恐怖とは違ったドキドキがある。胸が高鳴るときめく。


 アイドルになっても私はずっとたかしくんが好きだからだ。そんな事は分かっていた。


 たかしくんが弱く小さく呟く。


「親父とおふくろ。もう三ヶ月も帰ってこないし、連絡も無いんだ」


 私を抱きしめる力が強くなる。本当は痛いと言いたいけれども私は黙る。たかしくんが涙を流したから。


 私を抱きしめてるのは私がアイドルだから?それとも私だから?とズレズレの考えが脳裏をよぎる。


 答えは分かっているハズなのに。誰かそばにいてほしい。ソレだけだってのを。


 私は優しく抱きしめ返し、そして彼の頭を優しく撫でる。


 子守唄を歌う。そしたら彼の抱きしめる力が弱まる。


「前から思ってたけどさ………。文香、全然歌上手くならないよな、もう二年アイドルやってるのに」


 うっせと悪態を返ししながらもたかしくのために。たかしくんのためだけに私は愛を歌う。


 そして彼は眠った。その寝顔は子供の頃と変わらない最高に愛せる可愛さだった。


 それから私は時間が空いてるとき。何よりもスキャンダルには徹底的に自己防衛をしつつ、彼に子守唄を歌う夜を続けた。友情価格の1回につき500円で(超絶お手頃価格、最大級の友情価格、そしてアイドルであることの矜恃をもって)


寝ている彼から覚えのあるキャンディみたいな香りがした。彼が眠りについたとある夜、洗面台に行くとその理由が分かった。ファンのみんなのお気持ちお布施価格の例のアレのボトルが風呂場に並んでた。さ、搾取されてる!?と本音がついでてしまった。だから彼が愛しいんだとも思った。


 安らいで幸せそうな彼の寝顔がある寝室へと戻り。そっと、柔らかく、唇を重ねた。

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水の底はきっとキャンディみたいな甘さ 長月 有樹 @fukulama

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