第26話 最後の確認


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 逃げるように司会者を連れて王城の奥の方へと姿を消したアギルを見て刹那はこれは上手く逃げられたなと思った。

 会話の流れがそのままゲームにも引き継がれると思い、無駄話しにもなんだかんだ付き合っていたが、まさか最後の最後で獲物を逃がしてしまう事になるとは思いにもよらなかった。

 だけどなったものは仕方がないと割り切り、王城の庭にあるベンチに気分転換へとやって来た刹那と育枝。それを立って近くで見守るさよは心配の目を向けて言う。


「あ、あの……お二人に質問宜しいですか?」


「いいぞ」


「アギルに勝つ勝算は具体的にどれくらいあるんですか?」


 ベンチで日向ぼっこをしている刹那と育枝には余裕が見られるが、その余裕の根拠が全くわからないさよ。確かにあの後三日間同伴しセントラル大図書館に出向いていたが、難しい本を一日中無言の状態で読み続ける二人の考え以前に作戦すら知らないのでいい加減知りたいと思ってしまう。そもそも情報漏洩対策と言って二人が何も教えてくれないので信用も信頼もしているが、後一歩の所で本当は具体的な方法は何一つないんじゃないかと心の中で考えてしまう。


「それな……。う~ん、そうだな~」


 育枝の方にチラッと視線を向けて、すぐにさよの方へと戻す刹那。


「正直に言うと、向こうが何を仕掛けてくるかによるところが大きくてな」


 と、少々面倒くさそうに答える刹那。

 もしその言葉が本当なら彼は何故落ち着いているのだろうか。

 自分の未来もかかっている事をもう忘れてしまったのかと不安になる。

 だがそんなさよの気持ちを知ってか知らずか。


「現状魔法を正面から受けてたつとなると、今の俺じゃ正直対抗が難しい」


 弱気な言葉に返答に困るさよ。

 だが、ふとっ思う。


「いま難しいと言いましたか?」


「うん? あぁ、言ったけど。なにか問題でも」


「いえ、べつに……」


 魔法が使えない刹那の言葉はもっともだと思ったが、その考えはすぐに間違いだと気付いた。魔法が使えない、それはさよ達で言うところの魔力切れの状態と同じと言っても過言ではない。普通なら圧倒的な実力差やアドバンテージがない時点でその瞬間勝負が決するとも言える。魔法とはそれだけ強力な武器の代名詞だからだ。なのに刹那は最初からその状態で無理とは言わなかった。ただ難しいと言っただけ。つまるところ刹那はイカサマなしでも勝てる自信があるのだろうか? そんな疑問が心の中で生まれたが今さら刹那相手にそれを聞くのは愚問だと思ったので黙っておく事にした。


『この状況で涼しい顔ができる……本当に羨ましいですわ』


「ふふっ」


 上品に手で口元を隠し笑うさよ。

 そんなさよを見て、刹那が小首を傾ける。


「なんで笑ってるんだ?」


「いえ、なんでもありませんわ。ただ余裕がありそうだなって」


「それは違うよ。余裕がないから相手の余裕を奪ったんだよ」


「気付いていたか」


 刹那の狙いは最初から自分達だけでどうにかなるような作戦ではなかった。どうすれば相手が勝手に自滅してくれるかまでを考えての作戦。

 人の心理的行動と言うのは世界が変わった程度で大きく変わらない事は歴史が証明している。ならば簡単な話し。人の心情や仕草と言った些細な事に日頃から見ている育枝と協力し自分が望む未来を作ればいいだけの話し。


「いいか。魔法だけが武器じゃない」


「後はダイスとかアバターと言う事ですか?」


 刹那と育枝は首を横に振り否定する。

 一般的な解答としては百点満点の答えでもこの二人の前では赤点。


「それもあるが、今回は違う。勝負は『ダイスゲーム』が始まる前から始まっているってことだ」


「そうは言いますけど、実際に重要な局面と言うのは『ダイスゲーム』中にしか来ないと思いますが」


「だからお前は弱いんだ」


「……むっ? 今バカにしましたね」


「本当の事だろ。いいか、俺達は挑戦者なんだ。だったらそのアドバンテージを最大限に使って何が悪い? もっと言うと、俺がゲームに強いのは運や技術介入だけじゃないってことだ」


 難しい顔をするさよを見て、ここまで言ってまだわからないのかと小さくため息をつく。そして、思い出す。駆け引き、騙し合い、揺さぶり合い、と言った心理戦はどの勝負でもかなりの有効手段だと言う事にこの世界の連中は気付いていない奴が多すぎたことに。


「アギルは間違いなく、俺達を確実に倒す手段を今用意しているはずだ」


 その言葉にさよが思わず息を飲み込む。


「本気で言ってるんですか?」


「この状況で真面目な顔して俺が冗談を言うと思うか?」


「よーく思い出してみろ。なぜアギルはあんなに怒っていたのに、わざわざ一回間を置いたのかを? あんだけ怒っていて絶対の自信があるならあの場で俺だけでも倒せば良かったはずだ。あの場には『ダイスゲーム』のフィールドもダイスもあった。なのにそれをしなかった理由は?」


「そ、それは……」


 言葉を詰まらせ、表情を曇らせるさよ。


「つまりそういうこと」


「だったら、相手の思い通りに時間稼ぎされた時点でこちらに勝ち目は本当にあるんですか? そこまで分かっていて相手に準備の時間を与えるなど、正気の沙汰とは思えません」


 これには苦笑いの刹那。

 世の中にはわかっていてもどうにもできないことだってあるのだ。


「一応言っておくが俺は全知全能神じゃない。全てが全て思った通りには出来ない。だが、相手の手の内が予測できるなら対処は出来る。今言ったばっかだが、相手も全知全能神じゃないなら十分に勝ち目を作り出す事は出来る。例えば確率が百万分の一の勝機しかなくても零じゃないならその百万分の一を確実に手繰り寄せる、それが俺達ダイスの神だ」


 その言葉に思わず息を飲み込むさよ。

 だけど疑問はあるらしく、すぐに口を開く。


「なら必勝法はないんですね?」


「ない」


 即答し断言する刹那。

 そんなものあるとすればまさしく魔法(チート)しかない。

 だけど刹那と育枝にはその魔法(チート)以前に一般的な魔法は愚か初歩の魔法すら使うための魔力すらない。

 どんなに知識を頭の中に詰め込んでも条件としては圧倒的不利なのは変わらない。


「…………」


 言葉に困るさよを見て育枝が刹那に身体を預けながら言う。


「大丈夫だよ。私達は絶対に負けない」


「ど、どうしてそう言いきれるんですか?」


「約束したからだよ。絶対にたっくぅーを助けるって。だから見てて。大和の歴史がまた一ページ更新される瞬間を」


 ニヤリと微笑み自信満々に言い切る育枝。

 それを証明するかのように、二人がベンチから腰を上げて歩き出す。


「そろそろ時間だし行くぞ」


「うん♪」


 手をつないで王城の屋上へと向かう二人の背中は堂々としていた。

 さっき育枝が言ったとおりに誰が来ても負けない、そんな覚悟を感じさせる。

 だけど相手は人間全員の反感を買っても動じるような王ではない。

 圧倒的な力で相手をねじ伏せ、歯向かう物には決して容赦ない王。

 油断はできない。

 さよも覚悟を決めて二人の背中を追い、この後決まる自分の運命を見届ける事にする。



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