006 わかりそうでわからない1日 前

 文字通り衝撃の告白から翌日。俺はまたも後悔していた。昨日かっこよく断り切れなかったことかって? いいや、違う……やっぱり付き合っておけば良かったという後悔だ。


 だって、人生にモテ期って3回しかないって言うけど、昨日みたいな劇的なやつ絶対3回全部使っちゃったよ!? それに残り2回あったとしてもあれだけの熱量があった黒口に気付けなかったんだから、他で気付ける自信ない!

 家に帰ってから冷静に考えると、黒口の言う通り相手のことを知るのは付き合ってから十分間に合うし、寝る前に黒口のこと色々考えてたら、なんか好きかもしれないと思ってきてるし……ともかくそんな感じで朝から後悔しまくっていた。


「碓井くん、何かあった? 大丈夫?」


 目に見えるほど打ちひしがれているオーラが出ていたのか、佐藤が傍まで来て声をかけてくれた。


「あ、ああ。何でもない。ありがとう、佐藤くん」

「何もないかぁ。それで言うと、昨日のやつは絶対なんかあったと思ったんだけどなぁ」


 当然ながら昨日の黒口の呼び出しを目撃した面々からは朝から問い詰められることになったが、まさかあの出来事をそのまま言えるわけもなく、中学の友人としてちょっとした話をしたという嘘で誤魔化すことになった。別に黒口と打ち合わせしたわけじゃないけど、黒口の方も上手く言い訳したようで、本当に何もなかった結論でひとまず納得して貰っている。


「だって、あんなに囲まれた中でわざわざ碓井くんを呼び出して、しかも二人きりで話そうだなんて、オレなら絶対脈ありと思っちゃうよ」

「佐藤くんもやっぱりそう思う……?」

「でも、黒口さんってちょっとふんわりしてる感じあるからナチュラルにああいうこと言っちゃうのかも?」


 佐藤、キミの分析は合っている。確かに昨日話した限りでも黒口は基本ふんわりした感じはあった。そして、ナチュラルに……俺の髪色や香水についてダメだししていたのだ。しかも本人は悪いと思ってなさそうだから本当に天然かつ善意なんだろう。


「それで、碓井くん的に黒口さんはどうなの?」

「……へ?」

「オレは黒口さんのこと可愛いと思うけど、碓井くん的にはアリ?」

「そ、そういうことはいきなり言うもんじゃ……」

「おや。碓井くんって結構そっちにはシャイな感じなんだ」


 し、しまった!? 真・碓井景虎の称号は捨てたが、今の俺は中学までの碓井景虎と違うことには変わりない! 女の子に関して消極的な態度を見せることはこの見た目にとってマイナスポイントになるのか!?


「いや、誠実って言った方がいいか。そういう態度見習わないとなぁ」


 な、なんだよ佐藤~! 勝手に問題提起して解決しないでくれよ。これだか陽キャは……違うな。そもそも俺がまともに誰かと話し合ってるこの状況が珍しいんだ。だから、会話に不慣れで……あれ、なんか緊張してきたぞ。


「それより、碓井くんさ」

「は、はい!」

「佐藤くんはなんかよそよそしいから、奏多でいいよ。呼び捨て歓迎」


 佐と……じゃなくて、奏多……! よく考えたら打ちひしがれてるの気にして俺のところに来てくれたし、名前の呼び方まで提案してくれるなんて、めっちゃいい奴じゃないか! 陽キャなんて言ってごめん! いや、陽キャは陽キャだけど!


「じゃあ、奏多って呼ぶよ。俺も景虎でいいから」

「うん。でも、景虎……景虎かぁ」

「えっ? な、何か問題が……」

「いやさ、景虎って名前なんか圧がある感じするんだよね。昔の人の名前だからか、武将の関連の名前だからわからないけど」


 そ、そうなのか? 自分では全然考えてこなかったけど、確かにこの名前を喜んで呼ぶのは両親や親戚くらいで、学校で呼ばれたことは一度もない。えっ、じゃあ、俺が今まで碓井くんと呼ばれ続けたのは景虎が恐ろしい名前だったせいなのか!?


「そ、そう思うなら無理して呼ばなくても……」

「そう? じゃあ、ニックネームはあったりする?」

「ニックネームは……特にない。君付けか呼び捨てばかりだった」

「そっかぁ。じゃあ、オレが考えていい?」

「あ、ああ! 好きな風に呼んでくれれば!」

「うーん……カゲくんで!」

「あっ、虎取っちゃうんだ……」

「ん? 何か言った?」

「なんでもない!」


 しかし、この俺の遠慮を最後に陽キャ集団からの頭から虎は消えてしまった。奏多が言うのを耳にしたのか、それとも陽キャたちの思考回路だとそのニックネームに設定されてしまうのか、「カゲくん」の呼び名は瞬く間に広まった。俺が名前で気に入っているのは景虎のセットか虎の方だったのに……



 俺がカゲくんというニックネームを手に入れた嬉しさと切なさを感じる中、授業が始まる。見た目こそ変わった俺だが、チャラチャラして勉強をサボるつもりは一切なく、授業はこれまで通り真面目に受ける。むしろ、この高校は偏差値が高いから入り終わってからも周りに置いていかれないためには妥協はできない。


(っ!?)


 そんな風に授業へ集中しようと思った時だ。俺は背中に何かを感じ取った。


 これは……視線!? 誰かに見られる視線だ! 今まで見られ慣れていなかった俺だからこそわかる! 茶髪に染めてから外に出ると時々頭の方へ視線を感じるようになって、それが視線を浴びることだと気付いた。教室で自己紹介した時も感じられたけど、今のこれはそんなちゃちなものじゃない。まるで獲物を狙うかのような熱い視線……!


 そこで俺は一旦今わかる限りで身だしなみをチェックする。寝ぐせはないはずだ。家に出る前はもちろん、学校に来てからもトイレの鏡で確認した。制服も着崩してはいるけど、シャツが出てだらしないということはない。じゃあ、背中に張り紙でも……ってそんな古典的な嫌がらせするやつはいないか。


 そうなると気にする必要はないかもしれないが……嘘。めっちゃ気になる。このままだと授業に集中できない。それなら取る手段は一つだ。


 俺は机の上からわざと消しゴムを後ろの方へ落とした。これで例え後ろの席の人が拾ってくれたとしてもそれを受け取るタイミングで後ろに振り向ける。そうすれば、今も見続けている視線の正体がわかるはずだ。


「カゲくん、消しゴム落としたでー」

「ああ。ありがとう」


 今だ! 俺を見ている視線の正体は――


(きゃっ♪)


 たぶんそんな感じのリアクションをしながら黒口は一瞬恥ずかしそうにしてからまた見てきた。いや、わかってたけどね! というか、気付かれたなら見るの止めないか普通!?


(止めません! ずっと見てます!)


 たぶんそう訴えかけるように黒口はちょっとだけ前のめりになる。今までもこうやって見ていたならなんで気付かなかったんだろうか。


 それから諦めた俺はその時間と後の授業中もずっと見られて、午前中の授業を終えた。



「カゲくん、こっちで昼食べようぜ」


 奏多が指した方では初日から絡んできたメンツが席を動かしたり、弁当やパンを机に並べ始めたりしていた。一回目の昼休みだというのに、もうそういう流れになっているのは陽キャ特有の慣れってやつなんだろうか。


 そう、小学校と中学校は強制的に机をつけたり、席を固定したりして食べさせられていたけど、高校からは自由に好きな席で食べるようになる。

 そのことを何かで知った時、中学の頃の俺は恐怖した。影の薄いままの俺なら確実に席を動かずボッチ飯をしていたか、他の人の邪魔になるから自分の席を追いやられて、噂に聞く便所飯をするはめになっていたかもしれない。


 だが、今の俺は違う。こんな風に友人候補から昼飯に誘われ、騒がしい面々に囲まれながら平和な昼食を取れるのだ。すまないな、黒口。俺は真も虎も失ったが、新たにカゲくんとしてこの陽キャ集団の――


(あれ?)


 そういえば授業中にちょっと引いてしまうくらい感じた黒口の視線が今はなくなっていた。黒口の席を確認すると……別の人が座ってる!? 黒口はいったいどこに……


(ま、まさか……!?)


 その時、新・カゲくんの脳に一つの懸念が生じる。もしかして黒口は俺が恐れていた事態になっているのではないかと。実際はどれくらいの頻度かわからないけど、中学時代に俺をずっと見ていたような黒口だ。それに男子の評判はそれなりに良くても女子の評判がどうかは耳にしていない。


「カゲくん、どうしたの?」

「すまん! 俺、ちょっと用事があるから!」

「えっ。弁当持って用事?」

「本当にすまん! 明日は絶対参加するから! 絶対!」


 俺が衝動的に黒口を探しに行ってしまった理由の一つは本当に黒口が心配だったこともある。もしも黒口がぼっちになった原因が半分くらい俺にあるなら尚更だし、昨日は俺都合で黒口一世一代の告白を断ってしまったのだから黒口も凹んでいるかも……いや、凹んではないか。ともかくちょっとした罪悪感があったからだ。

 そして、本題となるもう一つの理由は……俺が昨日の出来事から今この瞬間まで黒口のことを考え過ぎて、ちょっとおかしくなっていた。そうじゃなければわざわざ栄光の昼食タイムを捨てて探しに行くわけがない。


 教室を出た俺はとりあえずトイレ……は確認できないから廊下の端やちょっと座れそうなスペース、校舎裏やグラウンド前のベンチ等々、俺が万が一の時のために想定していた場所を探していく。


 しかし、それでも黒口は見つからなかったから今度は逆に人が集まりそうなところを探した。木を隠すなら森の中と言う。人がたくさんいる場所なら、誰かを待っている体でそのまま昼食を終えても誤魔化せるはずだ。


 その結果、俺の場所に関しての読みは当たった。


「碓井くん? どうしたんですか、そんなに慌てて」


 良かった! 黒口はちゃんと――


「おー これが噂の碓井くんかー」

「なんか思ったより……フツメン?」


 お友達二人と一緒に中庭でお弁当を広げていた。普通に考えて、お昼ご飯は教室で食べなくても良かったんだ。それに友達がいないなんて心配がそもそも間違っていた。黒口は俺と違って、誰かに好かれて噂されるくらいには存在感があったんだ。おかしくなっていなければそっちに頭が回るはずなのに。


「お弁当を持っているということは……ははーん。さては実憐とご飯食べに来た?」

「ええっ!? そ、そうなんですか!?」

「わーお、やっぱそういうこと~」


 まずい!? せっかく黒口も誤魔化してくれたのに話が変な方向に行こうとしている! 勝手に心配しといて、黒口の友人関係に影響を与えてどうする!?


「あっ、いや! そういうわけじゃなくて、その……あ、あんまりお腹空いてなかったから走ってお腹空かそうと思ってて……」

「え~! なにそれおもしろ~」

「自己紹介からそんな感じだったよねー」

「あはは……それじゃ、俺はこれで!」


 黒口の友達二人からの評価がどうなったかわからないけど、その場の脱出には成功した。要らぬ心配をしてしまったせいで、教室へ帰った俺は奏多たちに見られながらお昼ご飯を食べることになったが……ぎりぎりボッチ飯じゃないからセーフと思いたい。

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