002 真・碓井景虎の始まり

入学式を終えた最初のホームルーム。真・碓井景虎として髪を茶髪に染め上げ、いい感じの香料以下略を施した俺は、最初の試練にぶつかる。


 自己紹介。それは今後の高校生活を決める大きなイベントだ。今まで碓井景虎と普通に名乗っても決して印象に残ることがなかった俺だが、ここでしっかりと決めることで、最高のスタートを切ることができる。

 

 今の俺は自信に満ち溢れていた。正直言うと、染めた直後は本当に似合っているのかめちゃめちゃ不安だったし、変に目立ち過ぎるのではないかと思っていたが、実際高校に来てみると、そこそこ染めてるやつがいて俺はそちら側の一人になった。


 そう、俺がこの高校を選んだのは髪色や服装に大きく縛られない校則の自由度の高さがある。そして、偏差値的には結構な高さを要求されることから、決して不良が集まっているわけではなく、ここに来ていてそういう格好をするのは頭の良い陽キャ集団だ。その一人として認識されそうな今の俺ならきっと自己紹介も成功する。


 一つ問題点があるとすれば……俺が出席番号1番で、トップバッターを飾ることだ。ああ、今までもそうだった。


『う、碓井景虎です……1年間……よろしく……ふへへ』


 最初だと何言えばいいかわからないから無難な感じにしちゃうし、その後にテンション高いやつがいると印象薄れるし、途中からはなんか流れができると自己紹介のテーマ性が見てきて、俺もそれ言えばよかったじゃん!ってなることは何回もあった。


 しかし、今は違う。なぜなら今の俺は真・碓井景虎だから。何が違うって見た目が違う。それにここには過去の俺を知る者は誰もいない。すなわち、成功しか見えないのだ。


「それじゃあ、出席番号1番から自己紹介して貰おうかな」


 きた……! 行くんだ、景虎! この日の自己紹介のシミュレーションは何回もしてきただろ!


「俺は碓井景虎って言います! あっ、景虎ってどっかで聞いたことある人もいると思いますけど、長尾景虎から貰ってる感じです! これから1年間楽しく過ごせたらなーって思います! よろしくでーす!」


 い、いいのか景虎!? 自己紹介でこんな時間を使っちゃって!? しかもちょっぴりチャラい感じも出しちゃって! 


 否。これが正解なのだ。俺の自己紹介に少しだけ笑い声が聞こえ、言い終えると拍手が教室内に響く。中学までの俺にはこんなことはなかった。そうか、これが”ウケた”って感覚か。


 それからは俺の自己紹介に釣られたのか、クラスメイトたちもそこそこの時間を使った自己紹介をしていく。敢えて言わせて頂こう。この流れを作った俺だ。最初の立場という最高のアドバンテージを活かして、この教室を支配したのだ……ちょっと言い過ぎた。でも、いい流れを作ったのは間違いない。


 そして、自己紹介は女子の番号へ流れていく。もちろん、それまでは自己紹介に成功した悦に浸っていたわけじゃなく、男子も含めて名前と顔はきっちり一致させていた。こういう気遣いこそが、陽キャになるための第一歩で――


黒口くろくち実憐みれんと申します。1年間よろしくお願いします」


 俺はその名前を聞いて、それ以降の女子の名前を聞き逃してしまった。別に俺が作った流れを打ち切ってシンプルイズベストな自己紹介をしたことに驚いたわけじゃない。


 黒口実憐。その女の子は俺が置いてきたはずの過去……中学で3年間同じクラスだった女の子だからだ。


(な、なぜこの高校にー!?)

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