恋のわからぬ少年少女

hakuou

第1話

「ねえ──」


 少女が大きな声で少年に向かって声をかける。

 満面の笑みを浮かべながら、少女は少年に向かって言葉をつづけた。


「──結婚しよ!」

「──はぁ!?」


 一緒に帰っていただけの筈だったのに、一体どうしてこうなったのか。






 時間は放課後、夜が段々と近づいてくる。

 帰り道の歩道を歩いていると、視界の端で二人腕を組んで歩いていく高校生のカップルが通り過ぎていく。

 それを横目を少年は冷めた目で見ていた。

 砂糖でも吐いてしまいそうな程甘いカップルというのを見て、もしも自分に彼女がいたら何て妄想をすることがあるだろう、あるはずだ。

 少年は自分をそこに反映できない。

 何で手を繋ぐのだろうか? 腕を組むのだろうか? 

 そのきっかけとやらは何処から現れるのだろう? 

 少年には恋愛がわからない。

 恋愛をする理由を論理的に説明できたところで、それを理解できたというには人の心は摩訶不思議だ。

 先日も彼女と別れたばかりである。


「大丈夫?」


 過ぎ去っていくカップルを少年が眺めていると、ふいに視線を逸らした少年が気になったのか一緒に歩いていた少女が声をかけてくる。

 因みに件の彼女とは別である。


「どうしたの?」

「ん? 何もない」

「そっか」


 二人の間にあまり会話はない。

 話題がないのか? と聞かれれば別にそういう訳ではないと答えるだろう。

 何せ、一緒に帰るのは久しぶりだ、話題になるような話ならない訳じゃない。

 では、何故二人静かに帰っているのだろう? 

 彼女と付き合っていた時はそんなことはなかったことを考えればそれはある意味異常なことだ。

 だから理由を付けるとしたら、幼馴染だからと答えるほかない。


「一緒に帰るのも久しぶりだな」

「そうだね、流石に彼女がいる人と一緒に帰ったりしないよ」

「驚いた、そんな気遣い出来たのか」

「あれ、馬鹿にされてる?」


 何言っても冗談と受け流されることが分かっているからの気軽さというものか、自然と馬鹿にするような言葉が飛び出てきた自分に驚いた。

 少年が記憶を辿れば、最近はこんな小さな冗談ですらあんまり言ってなかった気がする。


「ま、それ半分当たってるよ」

「えっ、どれが?」

「彼氏がそういうの嫌いだったからなんだけど」

「あぁ、それか」


 少女の彼氏は少年の代とは一つ上、先輩にあたる人間だ。

 少年から見てもガタイがよく、顔は彫りが深く外国人味を感じるイケメンだった。


「流石に毎日一緒に帰ろうって動かれたらわかっちゃうからね」


 それがなかったらいつも通り一緒に帰ろうって言ってたかも、と少女は笑いながら自虐する。

 そういう彼女も最近彼氏と別れている。


「そういや、聞いたことなかったけど……なんで別れたんだ?」

「それ、聞いちゃう? 言わないけどね」

「えー」

「じゃあ、なんでそっちは別れたのさ」


 相手の良くないところを晒すことになりかねない、それは陰口だったり悪口だったりそう言ったものに分類される。それは言う側としてはあまり気持ちのいいものでもない。

 彼氏彼女の関係になると出てくる悪口なんてその人の内側だ。

 他人に晒すものでもない、つまりそういうことだろう。


「あー、ノーコメント」

「ほら、そうなるでしょ?」

「確かにな」


 少年は気付いてそれ以上言うのを止めた。

 そうなると、また沈黙が続く。



 ただ、少年にとって訪れた沈黙はそう悪いものではなかった。






「じゃ、また明日」

「ねえ──」


 どう言って少年はいつも通り少女と別れるようにして玄関へと足を運ぶ。

 その時、少女にかけられた声に何かあるのかと振り向いてその時少女は満面の笑みとともにただ一言少年にこう告げた。



「──結婚しよ!」

「──はぁ!?」


 初めて日本人が英語圏の人間にあったときもこのような感じだったのだろうか。

 言葉が通じている気がしない、他人の考えが読めない。

 こんな気恥ずかしい言葉を言われたら赤面してしまうような状況ではあるのだろう。

 だけど、本気というより冗談だろ? というような気しかしないのは幼馴染だからか。


「どうした? 気でも狂った?」

「うーん、本気なんだけどなー」

「尚のこと悪いわ」


 大体、少年は付き合っている姿が想像できない。

 少年は恋愛脳になりきれなくて、元カノと少年との温度差が酷すぎて別れた。

 好きか好きじゃないかで聞かれると好きだったのだとは思う。

 だから、そんな少年に一体急に結婚とか言われても困る。


「というか、お前は出来ても18歳じゃないから結婚出来ないけど?」

「愛さえあれば、年齢とか関係ないよね!」

「アホか、年齢は関係なくても法律は関係あるわ」


 愛で超越できるのは年の差までで法律の線引きはなくしてはならない。

 それを無くしたとき日本はロリコンとショタコンで溢れかえるだろう、法の届かぬ世界これが世紀末である。


「というか愛って……そんなんあったか?」

「私は好きだよ」

「……」


 少年は自分がどうなのかわからない。

 嫌いではないと思うし、好きだとは思う。

 けど、愛してるかと言われればそれは答えられないくらいだろう。

 ただ、付き合いたいかと聞かれればそうではないと少年は答える。

 それはもう、懲りた。

 付き合いたいと言われればNoと言えた。

 だが、結婚しようは少年にはどう答えればいいかわからなかった。


「というか、どういう思考回路だよ。付き合う超えて結婚って」

「うーん、恋人みたいなのは想像できないんだ」

「俺も想像できない」

「だから、付き合ってる姿は想像できないよ。けど、一緒にいる姿は想像できるから」

「それはただの友達では?」

「二人っきりで一緒の部屋にいるのは友達?」

「……」


 それはどうなんだろうか。

 男女間に友愛はないと聞いたことがある。

 そこに性欲があるから。

 だからといって、2人っきりで一緒にいることが実質性行為であることは幾ら何でも早計だ。


「どう、なんだろうな」

「もうはっきりしてよー」

「はっきりしてって言われてもな」

「私だって勇気出したんだよ?」


 少女が不安げに手を揉みながらこちらを見つめるその仕草を見て少年はふと、思った。

 可愛い、と。



「──はー、もっとその勇気別に使え」

「えーっと、答えは?」

「保留、わからん。高校卒業するまでには考えるよ」








「おかえり」


 少年は非常に疲れた顔をしながら玄関を入ると、扉の開く音が聞こえたんか少年の母親が玄関まで足を運んで出迎えた。


「ただいまー」


 そう返したが母は少し困った顔をして、少年に尋ねた。


「あんたもう結婚するの?」

「しないわ!」


 法律を考えてほしいする訳がないだろう。

 ただ、それが後にどうなるかはまだわからない。

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