第6話 最悪の待ち伏せ。
3日目、快晴。
今日は一番の難所である山道を進む。
理想は正午までに山頂を越えて夕方までに下山をすることだった。
小隊長は朝一番からミチトにラージポットの話を聞いた。
「小隊長さんも深追いしますね。これ以上は良い事がありませんよ?」
「念のために聞きたいんだよ。もう一蓮托生だろ?」
ミチトは「良い人ですね。ありがとうございます」と言って嬉しそうに笑った後で小隊長に説明を始めた。
「昨日は、逃げるまでに2年で話した内容が1年に変わった部分でしたよね」
「ああ、そうだったな。なんで短くなったんだ?」
「…恐らくロキさんかヨシさんのどちらかは国から別の命令を賜っています。この場合はどちらでしょう?俺にはそこまではわかりません」
「命令だと?ダンジョンを監視してブレイクする以外になにかあるのか?」
「ええ、ラージポット…大鍋ですよね。よく考えた名前です。とりあえずオーバーフローが発生して周りに出る被害を最小限にしようと設計されています。そしてオーバーフローが起きにくいようにも設計されている」
「なんだそれ?」
「読んだ書物の中でオーバーフローの条件に魔物の死んだ数もあると言いましたよね?
逆にオーバーフローを抑えるための事も書いてありました。
ダンジョンの一定範囲内で魔物以外の生物が命を落とす事です」
「なん…だと…?」
「だからその割合が見たいのでしょう。ラージポットは外の冒険者が一攫千金を夢見て入ってくるくらいに住み心地の良い場所で家族を持って子を授かる。生きていれば死ぬ事もあります。そしてオーバーフローが始まれば堅牢な城壁で魔物を抑え込んでいる間に兵士の皆さんが1匹でも多くの魔物を葬る。そして失敗をしても兵士の皆さんの命すらステイブルに使われます。僕が小隊長さんに1年で逃げた方が良いと言ったのはそう言う事です。おそらくオーバーフローの兆候が現れたら外側の城壁は閉ざされて皆さんも生贄にされます」
「…嘘だろ?」
小隊長は縋る目でミチトを見る。
嘘だと言って欲しい、妄言の類で化かされたと思いたい。
そういう気持ちでいたのだがミチトの言葉には重みがあった。
何も言えない疑いようのない重みで縛り付けてくる。
「まだ猶予はあります。そして何もしていない。何も知らない冒険者やその家族は殺したくないですよね?」
「…なんだいきなり…」
「間違いなく兆候が見えたら冤罪でもなんでも行使して皆さんがラージポットに住む冒険者を狩ります。オーバーフローを防ぐ生贄にする為に殺します。下手をしたら内側に向けて弓を射る事になるかもしれない。だからまだ余裕のある今のうちに余計な買い物は控えて蓄えをしてどこか遠くに行ってください」
小隊長の顔は真っ青だった。
「これがラージポットの真相です。すみません、嫌な話をしてしまいました。」
ミチトはそう言って窓の外を見た。
正午を少し過ぎた所でやっと山頂が見えてきた。
予定より遅れている事が疑問だったので小隊長に何があったのかをミチトが聞いていた。
小隊長は不思議そうな顔をしたが黙って窓を叩いて部下に遅れている理由を聞いた。
「何か今日は変な倒木や落石が多くて時間がかかっています。こう悪路じゃ馬も疲れてしまって可哀想です」
糸目の兵士がそう言った。
慌ててミチトが立ち上がると「馬車を止めてください!今すぐ!!」と声を荒げる。
「どうした?」
「敵襲です。もうすぐ山頂で馬も疲れる。落石や倒木は馬を疲れさせたり逃走時の障害物にもなります!」
「まさか、こんな山頂でか?それに今までは敵襲なんてなかったぞ?」
小隊長もいくら何でもと笑い飛ばそうとするがミチトは「お願いします!頼むから止めてください!!」と言って引かない。
仕方なく言う通りに馬車を止める。
「さすがにこれで何も無かったら怒るだけじゃ済まないからな?」
小隊長がそう言って馬車から降りようとすると「小隊長!!敵です!!山頂に敵が!」と不精髭の兵士が慌てた声を出す。
間に合わなかった。最悪だ。
もしかすると入山時に既に監視をされていたのかも知れない。
「お前さんはここに居るんだ」
そう言って小隊長が外に出て行った。
ミチトは小窓の隙間から悟られないように外を見た。
山賊風の男が6人それと後は太った男が見える奴が頭目だろう。
「山頂で待ち伏せをしていたのに良く気が付いたじゃない?」
太った男が女性のような口調で言う。距離があるので女性なのかも知れないが声は男性の野太い声なので性別は定かではない。
「馬車とみぐるみを置いて行けば命が助かる」
「馬車の中身は何だ?」
「水と食い物を先に出せ!!」
6人の男共が口々に言いたい放題を言っている。
こちら側は不精髭の兵士が槍、糸目の兵士と小隊長は剣を持っていた。
「お前達こそすぐにここから立ち去れ!」
小隊長が声を上げる。
「多勢に無勢なのに良く言うわね」
太った男はそう言うと手を前に出す。
「何だ?」
「私、優しいからもう一度だけ言ってあげる。馬車と身の回りの物を全部おいて逃げ帰れば命だけは見逃してあげる」
「たかだか7人で何が出来る!舐めるな!!」
小隊長が剣を抜く。
それを見た太った男は甲高い笑い声をあげた後で「バカな奴、7人は7人でも3匹も居るわよ」と言って「いらっしゃい!!」と言うと狼が2匹と熊が1匹現れた。
動物使い…。あの太った男は動物使いだった。
まずい、あの戦力差では厳しい。何より動物使いが使う動物は死を恐れない。
野生の動物のように追い詰めれば逃げる訳ではない。最後の一瞬まで襲いかかってくる。
そしてこの小隊に魔術師が居ないのも問題だ。全員が前衛職だ。不精髭の兵士は槍使いなので少し距離を取る事が出来ても前衛には変わりない。
ミチトは冷静に考える。
仮にここで3人が倒された場合、この状況をよしとして逃げる事でラージポット行きを免れられるが国から離れない限り冒険者には戻れない。指名手配に近い身だ。
そして最も問題なのは山賊たちに捕まった場合だ。
流刑の罪人として人質の価値がなければ殺される。
そして仮に生き延びるために特技を披露すればR to Rに居た時と何も変わらない。
自分を使い潰す側の人間がチームリーダーからあの男か女かよくわからない動物使いに変わる。
そしてR to Rでやらされたグレーゾーンの脱法行為がマシに程に思える真っ黒でブラックな違法行為をさせられるだろう。
「はぁぁぁぁぁぁっ、最悪だ…」
ミチトは大きなため息をついて口癖になりつつある「最悪」を使うと馬車の外に出る。
「怪我は…このままでいいや」
そう言いながら小隊長の後ろに行く。
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