第47話 大樹の決断
もう、二月に入っていた。一番寒い時期だ。暗闇が一番深いのは夜明け前なんて言葉あるけど、カーテンの隙間の外は、暗闇の中。
もう決めないといけないな。明日絵里奈と会おう。そして桂にも。
『今日会えないか』
『大樹から連絡嬉しいな。今日は五時半以降ならいいよ』
『分かった。六時に表参道の改札で』
準備もしてある。大丈夫だ。
「絵里奈。待った」
「待った。変な男に声を掛けられて、連れ去られそうになった」
「えっ」
「ふふっ、嘘。大樹が早く来てくれないから」
「早くって。まだ、五分前だけど」
「いいの。私より早く来て」
はぁー、いつもの事と思いつつ。
「絵里奈。今日は大切な話が有る。近くのシティホテルを予約してあるから、行こう」
「ホテルを予約。えっ」
「いや、レストラン」
「あっ、あ、そうね。いきなりはね」
「・・・」
何か勘違いしている。
僕は絵里奈をシティホテルの三五階にある、レストランに誘った。
「わーっ、素敵。大樹どうしたの」
「うん、ちょっと訳アリ」
絵里奈が、不安そうな顔をしている。
「注文しようか」
「うん・・」
食前酒が運ばれた後、
「絵里奈。渡したいものがある」
「えっ」
ポケットから、ちょっと高かったけど、指輪の入った箱を出した。
「これ」
開けて見せた。
絵里奈の顔がパッと花開いたように明るくなって
「大樹、これって」
「うん。絵里奈の思っている通り。・・絵里奈、僕と結婚してくれ」
「・・・・」
言葉より涙が先に出てきて。どこまでじらしたのよ。ばか。心の中でそう思うと
「返事教えて」
「はい。大樹ありがとう。嬉しい。こんな私で良ければ。喜んで大樹の妻になる」
「ははっ、なんか、絵里奈から初めて聞く、殊勝な言葉だね」
「なっ、何言ってんのよ。どこまでじらしたのよ。ばーか」
はぁー。やっぱり変わらないか。
いけない。なんてことを私は。
「あっ、いや、その、その嬉しいから。とっても」
上手く行ったら、シャンパンを出す様にお願いしてあったが、
「これは、当店から、お二人のご結婚のご成約のお祝いです」
そう言って、バカラのグラスに入ったシャンパンを持って来てくれた。
食事後は、もちろん・・・えへへ。いつもより、一段と喜びを体に感じられた。
十一時、家までと言ってもお向かいだけど、送って貰い、家の中に入ると、まだ両親は、起きていた。
「お父さん、お母さん。これ。大樹に貰った」
大樹につけて貰った、婚約指輪を見せた。
「絵里奈、それもしかして」
「うん、大樹がプロポーズしてくれた」
「良かったね。絵里奈」
「うん、うん」
今日は、心地よい眠りにつけそう。
「ただいま」
「お帰り、お兄ちゃん。絵里奈さんにプロポーズしたの」
「えっ、なんでわかるの」
「やっぱり」
僕の顔をじーっと見ると、ふんっ、と言って自分の部屋に入ってしまった。
その週の土曜日、桂の仕事が終わるのを待って、近くの喫茶店で会った。
「桂、話が有る」
「・・・・」
・・・・・
大樹の顔を見て理解した。振られたんだ、私。
「桂、ごめんなさい」
自然と大粒の涙が出て来た。ちょっとでも有ると思っていた。でも今、その可能性が消えた。
「大樹、お幸せに。さよなら」
私は、下を向いて、他の人になるべく分からない様に店を出た。ハンカチを出して、目元に当てた。直ぐにびしょ濡れになった。
早足で、家に戻ると、お母さんの声も聞かずに自分の部屋に入り、声を出して泣いた。
声を掛けたとたん、桂は理解したようだった。嗚咽が漏れていた。僕がごめんなさいというと、直ぐに店を出て行った。
桂の姿が見えなくなるまで、席に座って見ていた後、伝票を持って、立ったが、周りの視線に射殺される様な感じがした。
四月に両親が帰国するとすぐに、両家で婚約の議を行い、絵里奈と僕は正式に婚約した。式は、十一月と決めた。準備などを入れると、急いでもその位掛かってしまう。
その後、絵里奈とは、毎日の様に会い、色々話し合った。今まで気が付かない事が一杯出て来たが、こんなものだろうと考えていた。でも、ふと桂の事が頭の中を横切る。桂だったらどうしただろうと。
大樹は、まだ桂さんの事が忘れられない様ね。仕方ないよね。あそこまで深く交際したんだから。逆の立場だったら、いやだけど。まだ六月。そのうち、私しか見なくなる。もう婚約もしたんだ。もう心配はしない。気にしない様にしよう。
結婚式三か月前になると、結構、両家の事や、式に呼ぶ人たちの事で、今まで知らなかった親戚達も出て来た。僕の父親の方は、会社の立場もあり、長男が結婚するという事で人選が大変らしい。
結局、呼ぶ人数は、百二十人にもなった。
長男、長女の結婚は大変らしい。他人事にしておきたい気分だよ。
桂とだったら、半分で済みそうだな。式も控えめに出来そうだし。・・何を考えているんだ。いい加減に忘れないと。
大樹の頭には、まだ桂さんの事が有るみたい。確認しようか。でもそれでどうなるの。もし自分でパンドラの箱を開けてしまったら・・・。
もう、止め、止め。こんなこと考えているの。
「絵里奈。どうしたの。何か考え事。ボウとしていたけど」
「えっ、うん。何でもない」
「・・・」
最近は、品行方正になった。式が近い事もあり、あっちの方は、何故か控えめになった。絵里奈が、清い体でとか言って、ダイエットにも励んでいる。・・・男には分からない。
大樹と久々に朝からデートだ。今日は、新居を探しに行く。仕事の事もあるから、ここからそんなに離れられない。取敢えず、駅前の不動産屋を当たってみようという事になった。
花屋が、開いている。あっ、桂。店の前で、お客さんに対応している姿を見つけた。
あっ、大樹さん。絵里奈さんと一緒だ。無視するのもと思い、ぺこんと頭を下げると絵里奈さんもぺこんと頭を下げた。
大樹、私を見たままにしている。私も彼から目が離せなかった。
あれ、花屋の子だ。挨拶して来ている。私もぺこんと頭を下げてお辞儀した。
大樹は、えっ、えっ。視線が、花屋から動かない。
花屋を見た。花屋の子が、大樹を見つめたままだ。二人で見つめ合っている。
えっ、どうしたの。私は、私は、大樹。
「大樹、行こう」
「・・あっ、うん」
絵里奈が怒って、早足で家の方に戻って行く。
「絵里奈、どうしたの。今日は新居を・・・」
「大樹、自分の胸に手を当てて、良く考えてよ。今日は、帰る。新居なんか知らない」
あちゃー。完全に怒っている。さっき、桂と見つめ合ってしまったこと、怒っているんだろうな。
追いかけて、
「ごめん。絵里奈」
「何が、何が、ごめんなの」
「それは・・」
「言えないじゃない。大樹の胸の中に有るものが、言えなくしているんじゃない。私達婚約したんだよね。大樹、私にプロポーズしたんだよね・・・。なのに、何故なのよ。私より、そんなに花屋の子の方がいいの」
大粒の涙が出て来た。家に帰ろう。走り始めると
「絵里奈」
大樹が追いかけてこない。何故、何故なの・・・。
玄関を開けると、お母さんの声も無視して、自分の部屋に入った。
パンドラの箱を自分で開けてどうすんのよー。絵里奈のばかー。
大声で泣いた。
絵里奈。あの時、直ぐに追いかければ、いつもの我儘で済んだかもしれない。でも、僕は追いかける事が出来なかった。胸の中にある・・桂への思いが邪魔をした。まだこんなに心の中に居たとは。
それから、一ヶ月、絵里奈とは、会えなかった。向こうの両親も会わせてくれない。
僕の両親も厳しい顔で僕を見てろくに口も聞いてくれない。
妹の麗香は、大学を楽しく過ごしているみたいだ。二月に僕が絵里奈にプロポーズしたのを知ってから、僕の部屋に来ることは無かった。
そして桂とも会っていなかった。
スマホが、震えた。
『大樹。絵里奈だよ。今から、ニューヨークの事務所に行く。転勤。もう帰ってこない。花屋の娘さんとは、上手くやってね。さようなら大樹』
―――――
結局、桂への思いを残したまま、世間体を考え、絵里奈を選んだ、大樹への付けが大きくのしかかったようです。
男性も女性も異性に対しては、どちらの方を選ぶにしても、しっかりとした考えの元、お付き合いするのが、良いと思います。
長くなりましたが、本編で、「幼馴染と花屋の娘」完結です。
絵里奈との婚約後、桂への思いが切れない大樹の心と絵里奈の心をもう少し、描こうと思いましたが、心が折れました。
おかげで、最後の流れを少し急ぎ過ぎたかもしれません。反省します。
長い間、お読み頂き、大変ありがとうございます。
次の作品も考案中です。また読んで頂ければ幸いです。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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