第6話 緑川恵子の思い

今回は、緑川恵子さんの個人事情です。


―――――

 私は、緑川恵子。今年の春にIT企業に入社した。大学の専攻とは、少し違うが、色々な分野の知識を融合させて、新たなITの未来を創造するという・・はっきり言って何言っているか分からないが・・路線で合格したというところだろう。


 まあ、つまらなかったら本来の道であるインダストリアルアートの世界へ行けばいいと思っていた。ところが入社式の時、まさか、彼がいるとは思わなかった。


広瀬大樹。私の思いの人。


 彼は、同じ大学の同じ学部。専攻学科が違うので一緒に講義とかは、なかったが、ちょっとしたきっかけで彼を知ることになった。


 オリエンテーション中は、話す事もなく、こちらから、ちらちら見る程度。彼は私を覚えているはずもなく、顔を合わせても同期の一人という感じで接してきた。いずれきっかけがあれば、アプローチできるだろう。


 そう思っていた矢先、研修の一環である現場配置で、同じプロジェクトに配属されるとは、思ってもみなかった。この時だけは、運命の女神が微笑んでくれたと信じた。


 この前、少し強引に会社の帰りに誘うことが出来たが、会話をミスり、悪い印象を与えたかもしれない。今度は、作戦立てて会う事にしよう。


 そのチャンスは思いのほか早く巡ってきた。プロジェクトの仲間が、要件定義が、客先了承を得たという事で、飲みに行こうというのだ。聞けば、彼も参加するという。二つ返事でOKした。


 飲み会の話が有った週の金曜日、近くのこなれた居酒屋に集まった。

「緑川さん、こっち。課長の隣に座って。英子ちゃんは、課長の前ね」

リーダーが、座る位置を指定してきた。


 これセクハラだよね。と思いつつ、顔は笑顔で


「課長、済みません。隣に座ります」

「おお、緑川さんか。嬉しいな」

「課長、英子さんも前ですよ」

リーダーの言葉に、ちょっと目をやると、入社六年目の先輩が座っていた。少しポチャリした、可愛い人感じの人だ。

「かちょー。新人入るとすぐにー。これだから」

「あははっ、まあ最初だけ」

と言いながら、周りに視線を移すようにしている。 ・・わざとらしい。


 彼は、一番端に座っていた。一番の新人だから当たり前か。


 飲み始めて、一時間も経たない時、段々席がばらけてきた。

「課長、ちょっと」

と言ってトイレに行くふりをして、一度場所を離れた。実際行きたかったのだけど。


 テーブルに戻って来ると、彼が一人でいる。チャンスとばかりに

「広瀬君、隣いい」

立っている私の顔を見上げた彼は、

「ああ、緑川さんか。いいよ」

 

 前と横を比較した。どう見ても横の方が、少し狭い。隣の先輩に「済みません」と言って、少しずれてもらってから、彼に拳一個位の隙間を開けて座った。


「広瀬君、この前以来ね」

「そうだね」


不味い。会話が・・そうだ。

「ねえ、広瀬君の出身大学、私と同じだよ。学部も」

「えっ」

「うん、広瀬君、電子情報システム工学でしょ。私は、インダストリアルアートだよ。

大学では、同じ講義無かったけど、君の事は、その時から知っていたんだ」


 考えるような顔になった後、私の方を見て

「そうなのか。ちょっと親近感沸くね。同じ学部だと」

「ふふっ、実言うとこの前誘ったのも、そんな事がきっかけだったけど、初めてなのでうまく話せなくて・・」


 少し寂しそうに下を向くと

「じゃあ、また、会ってもいいよ。僕もこの前は、なんかな。と思ったから」


「えっ、本当。じゃあ、今日この後は」

 腕時計を見ると、まだ、八時過ぎ、今日は帰るの遅いと言ってあるから大丈夫かと

思うと

「いいよ。お開きになった後ね」


やったあ。作戦成功・・。


「じゃあ、元の席戻るね。戻らないとうるさそうだから」

小声で言うと

「そうだね」

と彼も小声で答えてくれたので、私は課長の隣に戻った。いない間、英子さんが対応していたようだ。



 緑川さんの誘いに乗り、渋谷に来ている。二人とお腹も満たされているし、アルコールが入っているので、カウンタバーに入った。


 入って少し時間が経った頃、

「ねえ、酔ったからと言う訳でないけど・・。私、広瀬君の事が好き。大学いた頃から広瀬君の事が、気になっていた。でも大学卒業したら、もう会えないだろうなと思っていたの。そしたら、同じプロジェクトに広瀬君がいるんだもの。運命の神様に感謝って感じ」


 僕は、えっと思って彼女の顔を見ると、はっきりした目で僕を見ている。


「私、両親から二四才までに結婚相手を見つけなさい。と言われている。高校卒業した後かな。私一人娘なのだけど、私のお父さんは、小さいけど会社を興していて、業界でも将来有望らしくて。その・・お婿さんを見つけないと」


 何を言っているんだ。という思いで聞いていると


「二四才までに見つけないと、親が進める相手と結婚しなければいけないことになっている」


「・・」


「私、贅沢言わないし、夫になる人には尽くすし、家事は一通りこなせる」


「・・・」


「私、経験ないから・・」


「・・・・」


 ますます、混乱してきた。ちらりと横目で見ると、じっと僕の顔を見ている。

これは、・・。


「あの、緑川さん。確かめていい。その言い方って、対象は僕?」


「・・・。うん」


 下を見て赤くなっている。アルコールのせいもあるのだろうけど。

でも、・・これって、今日誘われているって事。・・


 ゆっくりと僕の手に彼女の手が伸びてきた。触れると、ちょっと躊躇した後、優しく握ってきた。そして顔を上げて、僕の顔を見ている。


 はあーっ。そりゃ、普通に美人だし、スタイルもいいし、でも、まだ、そんな事考えたこともないよ。とりあえず、


「緑川さん、出ようか」


下を見ながら頷いた。


 腕時計を見ると、もう一〇時近かった。空気が、ひんやりとしていて、少し歩けば、アルコールも覚めるだろと思って、

「少し、歩かないか」


じっと顔を見られて、

「うん」と言って手を繋いできた。


 あっ、なんか誤解されたかな。

 渋谷の一部の地域には近寄らないように、遠回りに駅に行こうとすると


「広瀬君。・・いいのよ。私」


 これは、不味い。これだけはっきり言ってくれたのだから、きちんと対応しないと。

彼女の顔を見て、しっかりと手を握り、


「緑川さん。君の気持ちは、良く分かった。勇気を出して言ってくれてありがとう。

 でも、僕はいきなり言われても、ちょっと消化しきれない。少し、待ってくれないかな。

 ・・それと、会社では、普通に同期の人間として接しよう。この話は、二人だけの時、また話そう」


 思い切って言ったけど、どう思われたのかな。何も言わないで、下を向いている彼女の手を握ったままにしていると


 涙目になった顔で

「ありがとう、本当は怖かったの。笑われたり、飽きられたりしたらどうしようかと。嬉しい。今は、その言葉で、十分だよ。やっぱり、広瀬君だ」

抱きつきたい気持ちでいっぱいなんだけど・・


涙目で少し嬉しそうな顔が、また下を向くと

「私、いつでもいいから・・準備出来ているから」


 僕の顔が赤くなって行くのが、分かった。


「ありがとう。でも、先にここからだよ」

と言って、人差し指を彼女の唇に触れた。とても柔らかかった。一瞬、ドキッとした位に。


「うん」


嬉しそうな顔をして頷く彼女に


「家まで送るよ」

「いい、実言うと、広瀬君と同じ田園都市線なんだ。私は多摩川渡るけど。だから広瀬君が降りる駅まで一緒に居てくれたらいいよ。お父さんに連絡して、駅まで迎えに来てもらうから」


僕は、それとなく、手を握りながら、渋谷駅に向かった。


――――

あれれ、大樹君。いいの?・・・


面白そうとか次も読みたいなと思いましたらぜひ★★★頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘もお待ちしております。


お願いします。


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