パスワード

ピート

 

 俺は謝るために彼女の家を訪れた。そう、ここまでは普段と何一つ変わらない。


 ピンポーン♪


 チャイムを鳴らすと、彼女の応答を待つ。

 返答はない、留守なのかなぁ。

「……真司?」

「その、俺が大人げなかった。ごめん」ドアに向かって頭を下げる。

「何で怒ってるか、わかってるの?」扉が開く気配はない。

「……最後の一個、俺が食べたからだろ?」そう、些細な事だ。

 彼女が買ってきたドーナツの最後の一個を俺が食べてしまったのが原因だ。

 中学生でもしないようなケンカだと自分でも思う。

「わかってない!ソレも腹が立つけど、真司が自分で言った事をキチンとしてくれないのがイヤなの」

「?……言った事?」何の事だろう?

 つき合い始めて、三年ぐらいになる。たくさんのケンカもしてるし、約束なんかもいっぱいしてる。

 美那は、どの事を言ってるんだろう?

「そんなん言うたって、約束なんかたくさんしてるやんか」

「出来ないならそんな約束しなければいいじゃないの!」

 うっ、そのとおりです。いやいや納得してどうするよ、俺。

「俺が悪かったよ、ドーナツ買ってきたから一緒に食べよ」俺はドアから見えるように、ドーナツの包みを持ち上げてみせた。

「そんなんじゃ誤魔化されないもんね!」

「美那の好きなのもちゃんと買ってきたからさ、な?」自分が悪いのはよくわかってる。付き合いの長さが、お互いの距離を近くする代わりに、なあなあな関係にしてるのかもしれない。

 このままじゃダメになってしまうのかな……そんな事を考える事もある。

「じゃ、今から出す問題に答えられたら許してあげる」

「問題?」どんな問題だ?・・・言っとくが、成績は決して自慢できるようなモノじゃない。

 ソレは美那もよく知ってる事だ。

 何せ学校の先輩だったのだから……でも、美那のこういう子供みたいなトコが俺には可愛くてしかたなかった。

「心配しなくても、学校の試験みたいなのはださないよ」どうやら、俺の考えなんかお見通しらしい。

「何問正解したらいいんだ?」

「三問出すから、全問正解したら許してあげる」

「全問正解!?」

「答えられないハズない問題だもの。第一問、私と真司の初めてのデートの場所は?」

 そういう事か……ソレなら俺にだって答えられる。いや、俺じゃなきゃ答えられない。

「初めてデートに行ったのは、映画だよ。付き合う前に初めて遊びに行ったのはボウリングだけどな。ま、コレは二人で行ったワケじゃないけどさ」当時の事が思い出される。

 なんか、変なスタートだったよなぁ……出会った時、美那は友人の彼女だった。

 彼氏との事を相談になるようになって、彼女は友人と別れる結論をだした。

 俺は俺で、当時付き合っている彼女がいた。そして、色々あって美那を選んだ。

「正解。何見たか覚えてる?」

「もちろん、覚えてるよ。コレも問題なのか?」

「違うわよ、覚えてるかなぁって思ったからさ。じゃぁ、第二問ね」

「何だって答えてやるって」二人の思い出だったら、まず問題なく答えれらる自信がある。

「私が尊敬してる人は?」

「?え~と、生きてる人だよな?偉人とかじゃなくてさ?」確認しながら俺は二人の会話を思い出していく。

「偉人じゃなくてちゃんと生きてるし、真司も知ってる人だよ。ヒントになっちゃったじゃんか」

「……なら、お母さんだろ?」

「?がつくの?」意地悪く美那が聞き返す。

「美那のお母さんだ」確かそう言ってたハズだぞ。他に尊敬してるって人は、名前は聞いてても俺は知らない。

「正解。つまんないの」

「あのなぁ、答えたら許してくれるんだろ?ガッカリしてるってどういう事なん?」

「だって、簡単に答えられたらつまんないじゃない」

 許してくれる気あるのか?状況を楽しく思ってるなら……大丈夫かな?

「最後の問題は?」

「私の……アナタへの気持ち。……わかる?」

 ……?…………もうダメなのか?

 …………どう答えたらいいんだ?

 どう……答えても……なんで、『好きだろ?』って即答できないんだ?

「それは……」言葉が出てこない。

 さっきまでの憎まれ口も本心だったのか?

 俺達は……もうダメなのか?

「タイムオーバー……何で即答してくれないの?不安な気持ちでいっぱいなのがわからないの?」ドア越しに美那が泣いてるのがわかる。

 俺は……なんで声をかけれないんだ……俺の気持ちは……。

「美那、俺は……美那が好きだよ。即答できなくてゴメン……俺も不安で……」言葉が出てこない。

「……肝心な時に欲しい言葉を言ってくれないんだもん。一番不安な時に言って欲しい言葉なのに……」見なくてもわかる。……そんなに泣くなよ……俺ってサイテーだ。

「美那、本当にゴメン。……俺、サイテーだよな。美那の事泣かさないって約束したのに」記憶が蘇る。あの時も美那は泣いていた。

 俺は……あの日、美那を選んだ。

 友人の『元』が付くとはいえ、彼女を選んだのだ。

 周りがどんなにヒドイ言葉を投げかけても、俺だけは美那の味方だと言ったのに、美那を悲しませるような事はしないって、約束したのに……青臭い約束かもしれない。……でも、本心からそう思った。なのに……。

「美那、仲直りできないかな?……俺じゃ美那は守れないのかな?」……涙が溢れる。

「真司が一緒に泣いてどうするのよ」強がった美那の声が聞こえる。

「いや……だってさ」涙は止まらない。

「私の気持ちは?」


「俺と一緒だ。そうだろ?」呟くように俺は答えた。

「早く答えなさいよ……バカ」


 カチャ


 小さな音を立てて、ドアが開いた。


 Fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パスワード ピート @peat_wizard

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る