番外編 紫雲楓はあきらめない

あの日私は真白くんに小学生の頃から抱いていた想いを伝えた。

真白くんに彼女がいないことは把握済みだったし、告白前には勇気を出してお茶に誘ってみたりした。

そうして自分なりに頑張ってみてようやく告白することができた。


だけど彼から帰ってきた返事は『ごめんなさい』というものだった。

心のどこかで予想はしていたけど実際に面と向かって言われると胸が痛んだ。

それでもあきらめきれなくて私じゃダメな理由を聞いてみた。

そして彼に指摘されて初めて気づいた。


確かに私はこれまで昔の真白くんの影を追い続けていたんだ。

今の彼と向き合おうとしていなかった。

自分がどう見られるかとかばっかりで相手の気持ちなんて考えてこなかったんだ。

そんな私が選ばれるはずがない。当たり前のことだった。


だからこそ! だからこそ今度こそは真白くんに振り向いてもらえるように頑張ろうと思った。

手始めに相手の気持ちを考えるところから始めよう。




「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」

「1人です」

「空いてるお席へどうぞ」


人の気持ちを汲み取るには人がいっぱいいるところに行くべき。

そう考えた私は行きつけの喫茶店へ来ていた。

ここならコーヒー片手にゆっくりと人間観察ができる!

そうしてゆくゆくは真白くんに再アタックして……


って、あれ? あの人って確か……真白くんのお友達だったような。

何をしているんだろう。ちょうどいいから少し観察してみようかしら。


名前は確か……黒瀬さんだっけ。

テーブル席に1人で座りスマホをいじっている。

この状況から考えるに誰かと待ち合わせでもしているのかしら? 


人の気持ちを汲み取る、か。

うーん……

暇つぶしってことはつまらないってこと?

いや、ちょっと違うか。深読みし過ぎかな。

多分何も考えてないんじゃないかしら。


うーん。他人の気持ちである以上本人にしか正解がわかりえないわけだし

ましてや本人にすら自分の気持ちなんてものはわからないのかもしれない。

そうなるとこの作戦は失敗かしらね。


それじゃあ真白くんにふさわしい女になるにはどうすればいいのかしら?

本人からは過去に囚われ過ぎず現状を見るように言われた。

だったら……


私が考えをまとめていると黒瀬さんのスマホが鳴り響いた。


「もしもし。おう、え? まじかー。じゃあ今日は無理っぽいな。ああ、全然いいよ。おう、またな」


よく通る声のおかげで少し離れた私の元にまで電話の内容が聞こえてくる。

黒瀬さんは通話を切り少し肩を落とした。

電話の内容から察するに待ち合わせ相手にドタキャンされたのだろう。

黒瀬さんのちょっと寂しそうな様子をみているとかわいそうに思えてくる。


「とは言っても面識はないわけだし、他人同然の私がどうこうできる問題でもないわね」


そうつぶやきふと黒瀬さんの方を見ると向こうもこちらを見てきていた。

そうしてお互いに数秒見つめ合ったまま、会釈をする。

これはチャンスかしら? 

あの人と知り合いになっておけば真白くんの情報を手に入れられるかもしれない。

いやいや、こんな下衆な考えで人に近づくのはなんだか違うような気がする。


そう考えているうちに黒瀬さんは頭をポリポリとかきながらこちらに向かってきた。


「あーえっと、どこかでお会いしたことありましたっけ?」

「い、いえ。直接会ったのはこれが初めてだと思うわ。黒瀬さんで合ってるかしら?」

「どうして俺のことを知ってるんすか」

「あなたのことは真白くんから色々聞いていたから」

「あなたは一体……」

「紹介が遅れてごめんなさいね。私は紫雲楓。真白くんとはバイト仲間って感じね(今のところは)」

「なるほどそれで俺のことを知ってたんすね。じゃあ改めて、俺は黒瀬康久っす」

「よろしくね」

「よろしくっす。で、俺の方をずっと見てたっぽいっすけど……」


真白くんから聞いていたよりチャラい感じなのね。

とりあえず私の目的とそのために人間観察をしていたことを話してみた。


「なるほど。つまり紫雲さんは壮馬のことが好きだ、と」

「そうなるわね」

「それで俺から情報を聞き出したい、と」

「いいえ、違うわ」

「あれ? 違いましたか」

「私は私の力で勝利をつかみ取ってみせるわ」


私がそう宣言すると黒瀬さんは目を丸くしていた。


「なるほど……うん、頑張って下さい! 応援してますよ」

「ありがとう。彼に相応しい女になるために頑張るわ!」


こうして黒瀬さんを巻き込んだ私の恋愛劇は再び幕を開いた。

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