第13話 紫雲先輩とデート
冬休みの終わりも近づいてきたある日。
俺は紫雲先輩と待ち合わせをしていた。
「にしてもほんとにデートに行くことになるとは」
今日は以前約束していたデートとやらをすることになっていたのだ。
もちろんデートなんて名ばかりでただ単に遊びに行くだけだと思ってる。
紫雲先輩はデートと言ってたけどからかってるだけだろうしな。
中学時代のことも考えるとここで変な勘違いはしないようにしなければ。
「真白くん、ごめんなさいね。待たせちゃったかしら」
「いえ、俺も今来たところなので大丈夫ですよ」
本当は30分前からここにいたんだけどな。
そんなことより――
「その服似合ってますね」
「うふふ、なんだか手馴れてるわね。でもうれしいわ」
デートの基本はあの忌々しい保志によって叩き込まれたからな。
まあこうして大学生になった今でも自然に言葉が出てくるのだから悪いことではないのだろうが。
おっとデート中に他の女のことを考えるのはマナー違反だったな。
「今日はどうしましょうか」
「そうね……せっかくだから真白くんにリードしてもらおうかしら」
そう言ってウインクを飛ばしてくる。
まあ男がリードするのは当然か。
こんなこともあろうかと昨夜プランは立てておいた。
問題は紫雲先輩が楽しんでくれるかだけど。
「わかりました。じゃあ映画なんてどうです?」
「いいわね。行きましょう」
おっといけない。葵と出かける時の癖でつい手を繋ごうとしてしまった。
「そういえば葵ちゃんだったかしら。あれからどうしてるの?」
「まだ家にいますよ。元気にしてます」
「そう……」
まずい。普段はバイト先でちょこっと話すだけだから会話が続かない。
それに紫雲先輩も案外ベラベラと喋るようなタイプの人じゃないからな。
確か会話の基本は共通点を見つけることだったよな。
共通点――ダメだ! バイト先と通ってる大学が同じってことしか見つからない。
気まずい沈黙が流れる中映画館に着いた。
今日は隣町で待ち合わせをしていたため徒歩圏内に結構な数の商業施設がある。
俺たちが住んでるところには何もないからなぁ。
薄暗い照明と赤い絨毯で彩られた館内に足を踏み入れると冬休みというだけあってか中高生があふれかえっていた。映画館なんて久しぶりに来たな。
さて、見る作品を選ぶわけだが今上映されているのは恋愛ものかホラーものそしてアクションものの3つだ。
デートということなら恋愛ものが定番なんだろうけど俺たちの関係性を考えるとどうなんだろうかと思ってしまう。
ホラーものも選ばれがちだが人によって好みが分かれるからな。
となると消去法でアクションものか? とりあえず紫雲先輩の意見を聞いてみるか。
「えっと、見たい映画とかあります?」
「そうね……」
少し考えたあと紫雲先輩はある作品のタイトルを指さした。
指されていたのは――意外にも恋愛ものの映画だった。
「これでいいんですか?」
「ダメ……だったかしら」
「いえ、先輩が見たいのなら大丈夫です。チケット買いましょうか」
紫雲先輩が財布を取り出していたがそれを制して俺が全額払った。
元はといえばこのデートも俺がお礼をしたいと言い出して決まったことだしここは俺が払うべきだろう。日頃お世話になってるからな。
紫雲先輩はさすがに申し訳ないと言っていたが何とかなだめて座席へと向かう。
映画の内容としては幼い頃に仲良くしていた男女が引っ越しによって離れ離れになってしまい、大学生になってから再会することになったのだが男の方は女のことをすっかり忘れてしまっていたというものだ。
男はすでに彼女持ちだったのだが、女の方は幼い頃からずっと男のことだけを想っていたため彼氏を作ってこなかった。結局、男の彼女が性悪だと判明し2人は結ばれることになる。
うーん。微妙だな。というか女の執念怖すぎだろ。もし男と再会してなかったら一生独身のままだったのか? それに流れもご都合主義というか……まあ作品にケチつけてもしょうがないか。
上映も終わったところでふと紫雲先輩の方を見ると、先輩は泣いていた。
「ど、どうしたんですか?」
「え?! ああ、ごめんなさいね。こんなみっともない姿を見せてしまって」
「いえ、それは全然気にしてないんですけど、大丈夫ですか? どこか痛いとか?」
「……強いて言えば胸が痛いかしら」
「それだいぶやばいんじゃないですか?! 病院行きます? 動けないようなら救急車とか」
「うふふ、身体的な痛みじゃないから大丈夫よ。それより次の場所に行きましょう?」
かなり心配だが強がってるわけでもなさそうだし、本人が大丈夫と言ってるなら大丈夫なのだろう。まあよく観察しておく必要があるな。
それから俺たちは近くのショッピングモールを訪れていた。
「服を選んでほしいのだけれど」
「えっ?! 俺が選ぶんですか?」
「他に誰がいるの?」
「でも俺服選びとかよくわからないし」
「私が何着か選んで試着するから真白くんは似合ってるかどうか伝えてくれるだけでいいわ」
「わかりました。それならできそうです」
「「いただきます」」
「このパスタおいしいわね」
「気に入ってもらえたようでよかったです」
「すごいわ! 真白くんってクレーンゲーム得意だったのね」
「ははは、まあ結構やりこんでましたから。っと、これ受け取ってください」
「私がもらってもいいの?」
「もちろんです」
「ありがとう。大事にするわ」
なんてことがあり、気が付けば日は沈みかけている。
あまり遅くなるのもいけないので俺たちは帰途についていた。
それに葵や小春も待ってるだろうからな。
「真白くん、あなた彼女いない歴イコール年齢とか言ってたけど絶対彼女いたでしょ」
「いやいませんって」
罰ゲームで付き合ってただけとかいうあんな性悪女を彼女認定するのはありえない。
あれを除けばというよりあれのせいで俺は彼女の1人も作れなかったんだ。
「じゃあどうしてこんなに手馴れてるのよ」
「それはまあ……紫雲先輩に楽しんでもらいたかったから色々調べてきたんですよ」
自分でもクサイセリフだなと思う。
でも紫雲先輩に楽しんでもらいたかったというのは本当だ。
「私のために……」
2人の間に沈黙が流れるが最初に比べればこの沈黙も心地よいものになっていた。
そんな沈黙を破るかのように紫雲先輩が口を開く。
「ねえ、真白くん。あなたは……」
紫雲先輩が急に歩みを止める。
それから俺の目に視線を合わせ意を決したかのようにそう告げる。
一体何を告げられるというのか。普段とは違う様子に緊張しながらも続きの言葉を待つが彼女の口から続きの言葉が語られることはなかった。
「やっぱり何でもないわ。……あなたは覚えてないでしょうから」
小声で何かつぶやいたような気がしたが街中の雑踏にかき消され、俺の耳にその言葉が届くことはなかった。
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