第12話 グライフ計画2

「わたしたちの改良はDNAの段階から行われている。知力だけでなく、筋力や反射神経も通常の人間より優れた身体を与えられており、そのため3歳から読み書きはもちろんのこと、化学や物理、高等数学など人類の青少年が受ける高等教育を7歳までに終了させ、後は旧世界に存在した各国の士官学校で行われていたカリキュラムだけを学び、12歳で前線で指揮を執れる将校となる」


新任の大隊長の志津香少佐は俺に、本来機密扱いのグライフ計画について詳しく語ってくれた。


「言わば、品種改良したハイブリットの兵士ということだ。政府は我々のことを「ニューホープ」と呼んでいる」


ニューホープ、新たなる希望か。俺たち現在のウオーヘッドに、もはや人類の未来は託せないと上層部は考えていても、不思議はない。


「少佐の話は分かりました。でも、なんだって、そんな話をするんですか。俺たちウオーヘッドは上官の命令には絶対服従します。死ねといわれれば、いつでも死にます。命令するのが、15歳の小娘だろうが、そんなことは関係ありません。それとも自分が俺たちとは違うエリートだって、自慢でもしたいんですか」


俺の言葉に、大隊長は真剣な眼差しで俺を見返した。


「その逆だよ。我々は自分らが君らとは違う存在だからこそ、君ら一般のウオーヘッドだちの現在の在り様に憂いを感じているんだ」


「・・・意味が分かりませんが」


「現在地上でⓇと戦わされているのは、人口受精で生まれ、12歳から戦うよう強いられている君たちだ。人類の大半は各エリアの地下都市で日々平々凡々と暮らしている。外の世界では、毎日君らが戦い、死んでいっても、まるで無関心だ」


俺は黙って、彼女の話を聞き続けた。


「政府も軍の上層部も、もはや思考停止状態だ。彼らには人類がこれからなすべき未来のビジョンなどこれっぽっちも持ち合わせてはいない。そもそも彼らがⓇとの戦争を本気で勝つつもりでいるかも疑わしい」


彼女の話し方は、しだいに怒りの色が濃くなってきた。


「ただ、今日のパンと平和だけ享受できればいいんだ。そんな連中が我々に人類のために戦って死ねなどと言うのはおこがましいとは思わないか」


俺は、なるべく平静を保ったまま答えた。


「自分は軍人です。軍人としての義務を果たすだけで、政治には興味ありません」


彼女は俺の言葉が不満だったらしい。


「自分たちの命の問題じゃないか。12歳から戦わされ、ほとんどのものは兵役中に戦死し、奇跡的に生き残ったとしてもエリアでの居住も市民権も認められず、死ぬまでこの地上でⓇどもの恐怖に怯えて生きていかなければならない、そんな自分たちの運命を間違ってると思ったことはないのかね」


さらに、彼女は話を続けた。


「我々「ニューホープ」の中には、このような現状を打破すべきだという同志が大勢おり、わたしもその一人だ。そして、いくつか存在するグループの中には現状打破のための現実的なプランを作成している者たちもいる。ウオーヘッドにも人類と同じ権利を。だが、それを実現させるためには実際戦場で戦ってる君らの支持と支援が不可欠だ。だから、中尉君に話したんだ。君にぜひとも我々と行動を共にしてもらいたい。君の言葉なら多くの兵士たちに共感を得られるだろう。なにしろ君はシルバー十字勲章の最年少受賞者だ」


つまり、現実的なプランとは彼女とその仲間たちはクーデターを画策しているということだ。これが上層部に知られたら、間違いなく関係者は全員、軍事法廷で死刑を宣告させられるだろう。


しばらくの間、沈黙が続いた後、俺は静かにこう言った。


「少佐殿、今の話は聞かなかったことにします」


部屋の中に重い空気が立ち込める。


「・・・理由を聞かせてもらってもかまわないかな」


ほんの少し考えてから、彼女は俺に尋ねてきた。


「あなたとあなたの仲間がやろうとしていることは軍規に違反するだけでなく、人類憲章に対する裏切り行為だからです」


俺のあまりにも当たり前すぎる返答に彼女は不満だったのか、自分の本心を訴えてきた。


「わたし達が自分らの命惜しさに大それた反逆行為を企んでると思うのか。わたしだって、ウオーヘッドの一員だ。統合軍の兵士の義務として、人類のため戦って死ぬ覚悟はできている。実際3年間、地上でⓇと戦ってきた。そのうち2年間はワルシャワ師団の最前線で戦った。この左腕は義手だ。戦闘中、連中に食われて失ってしまってね。だが、そのことを後悔もしていないし、戦えと命令されれば、例えナイフ一本でも戦うだろう」


袖を捲った彼女の左手は、肘より先は精密できてはいるが人工の腕だった。


俺は再び、黙って彼女の言葉に耳を傾けた。


「問題なのは政府も軍上層部も現状を改善する意志がないことだ。人類とⓇの戦争は100年以上続いているが、その間、彼らは安全な穴の中に隠れて、一部の人間、死んでも誰も悲しむ者のいない我々ウオーヘッドを作り出し、人類救済の栄誉という口実で我々の仲間を毎日何千人も死なせている。ウオーヘッドは機械ではない。生きた人間だ。もし、我々が戦って死ななければならないのなら。彼らも我々と同様にその義務と責任を背負わなければならないのは当然だろ」


もういいだろう。俺も自分の本心を打ち明けた。


「少佐、あなたの言いたいことは分かりました。ただ、あなたは一つだけ思い違いをしている」


「思い違い?」


「俺たちウオーヘッドはみな、いや、1000人に一人くらいは例外もいるかもしれないが、戦うことが好きなんだ。戦争が好きなんですよ。命令されたから、無理やり戦わされているわけじゃない。自分の意志で戦ってるんだ」


彼女の目から、はっきりと失望感が見て取れた。


「そりゃ、みんな死ぬのは怖いさ。Ⓡどもに生きながら食われるなんてゴメンだと思ってる。戦闘中ビビッて、腰抜けになる奴もいる。でも、だからって戦いたくないなんて言う奴は一人もいない。少なくとも俺の中隊には一人もいないし、今まで俺の部下で死んでいった奴らの中にも一人もいなかった。みんな人類のために誇りをもって死んでいった。少佐、あんた達の考えは俺や俺の部下たちを侮辱するもんだ」


俺の強い批判に彼女は目を逸らした。


「特に俺は戦争が大好きでね、Ⓡをぶち殺すごとに快感を感じる。ゾクゾクするんだ。こんなのあんたが言う安全な地下の穴倉じゃ、絶対味わえない。最高にハッピー気分なんだ。今日の昼間の戦闘でも多くの部下が死んだ。その中には3年も一緒に戦ってきたダチもいたが、そいつらを誇りにこそ思うが、可哀そうなんてこれっぽっちも感じてないね。俺は根っから戦争狂いなんですよ」


そして、続けてこう言った。


「少佐、あんたは俺たち、いや、俺の唯一の願いが分かりますか。俺は最後の時まで戦い、人類と仲間のために一匹でも多くのⓇを道連れにして、「くたばれ、この肉袋ども」と叫びながら、跡形もなく自爆して、死にたいんですよ」


そう、これこそ、ウオーヘッドである俺の偽らざる本心だ。


俺はベルトに仕掛けてある自爆用のⅭ4爆薬を見せてやった。


「だからここではっきり言っときますが、あんた達の考えを支持するつもりもないし、行動を共にすることもない。だから、もし、宣伝屋が必要なら、他を当たってください」


いつの間にか、上官相手に無礼な言葉使いになっていたのを反省した俺は口調を立場に相応しい言い方に戻した。


「ここでは何も聞かなかったことにします。少佐殿の失った左手に免じて」


お互い言うべきことは言いつくした。彼女も俺の賛同を得ることが無理だと判断したらしく、話を切り上げるべく、口を開いた。


「中尉、残念だよ。君なら我々の考えを理解・・・」


その時、少佐の机の上の作戦室直通の電話が鳴り響いた。彼女は素早く受話器をとった。


「わたしだ。どうした」


「大隊長、カミンスキー中尉です。非常事態が発生・・・」

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