第55話:第三次珊瑚海海戦⑥~〜鋼鉄の要塞
『《く……そがぁああああっ!! こんな所で……死んでたまるかぁああああ!!》』
右尾翼を2枚とも失い錐揉みしながら落下する機体を昇降舵とエアスラスターを駆使し何とか安定させる事に成功したジェリガンで有ったが、すぐ目の前に海面が迫っていたため思い切り操縦桿を引きながら叫んでいた。
機体は急上昇の負荷に軋み悲鳴を上げるが、それでもジェリガンは必死の形相で操縦桿を引き続ける。
次の瞬間海面に水柱が立ち上がる、が、その中から海面ぎりぎりを飛行するジェリガン機が飛び出して来る。
何とか窮地を脱したジェリガンで有ったが、機体の損傷は深刻であり真っ直ぐ飛ぶ事すらままならなかった。
『《くそ……っ! カークの仇を取れなかった……。 くそ、くそ、くそっ!!》』
ジェリガンは苦悶と憎悪に満ちた表情で声を絞り出しふらつきながら戦線を離脱して行く、それを横目で確認していた立花であったが、ジェリガン機を無力化したと判断したのか照準を
その時、大和航空隊の無線に受信ノイズが入る。
『こちら武蔵航空隊の朝倉だ、待たせたな、全機
朝倉の号令の下、瑞雲8機と零戦30機が米航空隊に照準を定め一気に加速する。
『《隊長、ジャップの増援が接近して来ます! 数は約40、全機戦闘機のようです!!》』
『《くそ、ここまでか! 攻撃隊の戦果は?》』
『《はっ! 少なくとも
『《10発か……十分とは言えないが潮時だな、後は第七艦隊に任せ我々は後退する、
『《
・
「艦長、敵機が引き上げて行きます!」
「ふむ、深追いはさせるな、第二波に備えろ!」
「ーーっ!? 艦長、8時方向より新たな敵機を確認、高角水平、数は……推定200……いえ300! 距離……34.000!!」
「もう来たか、300とは多いな、距離も近くそして低い……」
通信員からの報告を聞き東郷が眉を顰め言葉をこぼす、本来で有れば艦船でも50km圏内で捕捉可能な[やまと]で有ったが、
「くそ、
「撃てば良いでは無いか、
「待って下さい、本艦と第四戦隊(軽空母大鷹と雲鷹)の航空隊及び武蔵と出雲の瑞雲が交戦中です、前海戦では出雲の
「ぬ……むぅ……」
米軍機の隊列展開と高度に対し正宗が眉間にしわを寄せ忌々し気に言葉をこぼす、それに対し十柄が明らかに正宗の言葉を見下す口調で宣うが藤崎の責めるような視線と正論を受けその威勢が一気に削がれる。
「敵攻撃機、数40、高度200で急速接近中!!」
「高度が低い、雷装隊か……!!」
正宗がそう判断したのは当然であった、爆撃で有れば上空から投下する水平爆撃か、同じく上空から急降下しながら投下する急降下爆撃のどちらかの方法で行われるため高度200
大和と武蔵に低空飛行で接近するのは魚雷を搭載したSBDドーントレスであった、F6Fヘルキャットと米新型攻撃機SB2Cヘルダイバーは3km手前で急上昇し約100機の
八航戦各機は
直掩機による迎撃が期待出来無いと悟った東郷は対空砲火を低空の
機体を掠める銃砲弾、迫りくる
それでも果敢に距離を詰めた
『《よし貰ったぞ! くたばれジャップ!!》』
絶妙な針路、理想的な角度、確実な距離、
しかし次の瞬間、先頭の
『《
眼前の巨艦がまるで自動車のドリフト走行でもしているかの様な光景、この時
その驚愕の光景に
『《ー-っ!? ロケット弾だ、各機回避ー-っ!!》』
向かって来ていたのは武蔵の噴進砲から放たれた物より大型のロケット弾であった、発射された直後から何割かは明後日の方向に飛んで行ったが、それでも60本近いロケット弾が迫って来ている。
『《こんな物、射線から外れれば余裕でー-え?》』
そう宣い、大きく回避行動を取っていた
直後、周囲で同様の光景が広がり次々と
・
「……
「ふむ、試製一式
「はい、ですが80発中20発が誘導装置の不備で目標に向かわず意図しない方向へ飛んで行ったのは看過出来ない欠陥です、それに今回の戦果は敵機が初見で反応が遅れた事が大きな要因で有ると思われますので対策を取られたら今のままの仕様では実戦に堪える物では無いと愚考します」
「ふむ、要改良点は多そうだな……」
正宗と東郷が話しているのは大和型戦艦に搭載されている垂直噴進弾発射装置、所謂VLSから発射された誘導
現在、誘導弾の技術を確立しているのはグロースゲイルのみであり日米英共にその開発が難航している状況であった。
大和に配備されている試製一式誘導噴進弾も大和の竣工直前に完成した試作品であり本来なら正規軍に配備するには問題の有る欠陥品だが、これは所謂
本来なら撤去されて然るべきで有るが、代わりに載せる噴進弾がまだ開発されていない為、取り除く手間と有用性の可能性を考慮しそのままにしていた物であった。
今回の戦果はその有用性の一端を示した形になってはいるが、一歩間違えれば友軍機を墜とし兼ねない危険性も露呈したのである……。
「あ、あのぉ……。 戦況ってどうなってるの? 勝ってるの? 負けてるの?」
突如、東郷と正宗の真剣な話に間延びした情けない声が差し込まれて来る、おどおどした様子で固まっている『三爺』の一人、恵比寿であった。
「……現在、敵戦艦隊による砲撃と米航空機による空襲を受けています、敵機に対しては直掩機が迎撃していますが戦闘機だけでも倍以上の数に押されています、ルング基地とレンネル島へ救援要請は行っていますが航空支援が到着するには1時間以上掛かる為それまで持ち堪える必要が有ります、本艦も米戦艦隊からの攻撃によって光学装置が破損、探知能力と砲撃精度が半減しており勝っているとは言えない状況ですな」
「そ、そんなぁ!?」
東郷は少し呆れ気味に応える、当然であろう戦局の全てを把握し指示を出さねばならない艦隊司令が戦闘中に発して良い疑問では無い、例えお飾りの指揮官であったとしても……。
「艦長、武蔵が先程の雷撃を十数本受けた様で混乱し本艦から離れています!」
更に航海長の西部からの報告に東郷は軽く溜息を付き頭を押さえる。
武蔵は先程の雷撃の際、大和の様な回避行動を取る事が出来ず
大和型戦艦がその程度の雷撃ではびくともしない事は他でも無い大和が証明しているのだが、武蔵艦長の和田は10数本の巨大な水柱を見てパニックになり状況確認もせず右舷に注水指示を出してしまったため艦内に余計な混乱を招いてしまっていた。
「……
「現在距離29.000、尚も離れて行っています!」
「引いたか……艦長、本艦の速力ならば追撃し近距離砲撃での撃沈も可能ですが……?」
「ふむ……いや、今後の為に撃沈しておきたいのは確かだが米機動艦隊主力をこれ以上北上させる訳にはいかん、それに
「ーー! 成る程、了解しました!」
東郷が不敵な笑みを浮かべると正宗もその意を汲み取り不敵に口角を上げる。
「うむ、ポートモレンビーの攻略は南方の局面を大きく変える一打となるだろう、其れを成さんと死力を尽くす友軍の為に、我々は此の場に留まり鋼鉄の要塞として米艦隊を迎え撃つ! いかな超戦艦とて厳しい戦いになるだろう、総員の奮励努力に期待する!」
東郷が眼光語気鋭く言い放つと艦橋要員達はそれぞれ覇気良く応え大和は砲声を響かせ爆炎を纏いながら数百km彼方の米機動艦隊に睨みを効かせる。
「……あのぉ? 武蔵が離れ続けているのは放って置いて良いんですか?」
「……即刻呼び戻せ!」
電探員の五反田が独特の
・
・
====少し時は戻り戦艦サウスダコタ艦橋====
「《リー提督、第七艦隊の航空機部隊が到着した様です!》」
「《うん、間に合ってくれたようだね、ならば長居は無用、全艦最大戦速でブリスベルに向け後退を開始!》」
副官の報告を受け丸い眼鏡を正したリー提督は落ち着いた声で指示を出す、その指示を受け戦艦サウスダコタとノースカロライナ、重巡2隻と駆逐戦隊7隻が一斉に速度を上げ日輪艦隊から距離を取り始める。
日輪戦艦2隻は対空砲火に注力し、
しばらく移動した後、リー艦隊は速度の増減を繰り返し(低速時にソナーを使用する為)対潜対空警戒を厳としつつブリスベルに針路を取っていた。
現在艦隊は駆逐戦隊が対潜陣形で先行し、その2km後方に戦艦サウスダコタとノースカロライナ、その左右に重巡ニューオリンズとクインシーが航行し上空からサウスダコタとノースカロライナの偵察機が目を光らせている。
「《何とか振り切ったようです、
「《全くです、
「《
サウスダコタのブリッジでは
その中に在ってリー提督だけは椅子に座ったまま口に手を添え難しい表情で思案している様で有った。
「《どうされましたか提督?》」
「《ん……いや、余りにもあっさり撤退出来た事が少し引っかかってね……》」
「《流石に考え過ぎですよリー提督、然しさしもの
そう言って肩を竦める部下の言葉にリー提督は「《そうで有れば良いのだがね……》」とボソリと言葉をこぼす。
・
・
リー艦隊がブリスベルに向かう為に針路を南西に取り航行しているその8km先の海中に黒い影が浮かび上がっていた。
それは潜望鏡でリー艦隊を捕捉する日輪帝国海軍の高速潜水艦隊、通称高潜隊の旗艦、伊302潜であった、潜望鏡深度の潜水艦は航空機から見ればその艦影が見えてしまう為、若し米偵察機に発見されれば窮地に立たされる事になってしまう。
……今までの伊号潜で有れば。
伊1型に限らず現行の潜水艦の速力は世界基準として水上で40ノット、水中で30ノット程度しか出せない、我々の世界で有れば十分高速で有るがこの世界の駆逐艦は旧式艦でも50ノット以上の速力を有する為、相対的に水上艦艇の優位は揺るがない。
水上では艦砲や爆撃に晒され、水中に潜っても倍近い速力を持つ水上艦艇から逃げ切る事は非常に難しい(最大速力だと騒音も激しいため探知され易くなる)つまり潜水艦はその存在が発見されれば被撃沈率が非常に高いのである。
だが高潜隊を構成する潜高型こと伊200型は水中最大速力が新鋭駆逐艦と同等の60ノットを発揮し潜航速度も従来潜水艦の2倍近く早い、潜高型旗艦として設計された伊300型も潜航速度では伊200型に多少劣りはするものの、速力は伊200型と同じく60ノットの発揮が可能である。
つまり高潜隊であれば仮に航空機や駆逐艦に見つかっても射程内に捕捉される前に転舵すれば逃げ切る事が可能なのである。
「よし、此方に向かっている、頭を押さえる事に成功したな」
「第十三艦隊からの情報通りでしたな!」
「うむ、だが偵察機が居るな、位置は掴んだ長居は無用だ、雷撃深度まで急速潜航、本艦潜航の後、全艦発射管一番から四番に注水!」
潜望鏡からリー艦隊の艦影を覗いていた潜水艦隊司令は
伊302潜が沈降した先には8隻の伊200型潜水艦が展開しており、旗艦の到着を合図に一斉に艦首魚雷発射管への注水を始める。
「司令、全艦魚雷発射準備整いました!」
「うむ、全艦取り舵5°艦首10°上げ!」
「全艦取り舵5°艦首10°上げよーそろ!」
「……全艦、一番から四番、発射!」
高潜隊司令が号令を出した次の瞬間、日輪潜水艦9隻から各4本づつ、合計36本の九五式魚雷が米艦隊に向け放たれる。
酸素魚雷と称する静穏性の高い日輪海軍の誇るその魚雷は静かに密かに米艦隊に迫るが水上のリー艦隊は誰もその事に気付けていなかった……。
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