第35話:暗雲の予兆

 1943年2月15日、時刻09:35天候快晴。


 第十三艦隊はルング基地を泊地とし連日訓練と哨戒任務に明け暮れていた。


 第三次ソロン海戦の後、連合艦隊は大規模な再編と組織改革が行われ、第十三艦隊も編成を一新された。


 まず大和の同型艦武蔵が編入され阿賀野あがの型軽巡の後継型である九頭竜くずりゅう型軽巡2隻と陽炎型駆逐艦8隻も編入されている。


 これによって現在の第十三艦隊の編成は旗艦戦隊:戦艦大和、武蔵

 第一戦隊:重巡出雲、駆逐艦島風

 第ニ戦隊:軽巡九頭竜、駆逐艦妙風たえかぜ清風きよかぜ叢風むらかぜ里風さとかぜ

 第三戦隊:軽巡米代よねしろ、駆逐山霧やまぎり海霧うみぎり谷霧たにぎり川霧かわぎり


 そして潜水戦隊:伊301 伊401、伊402、伊403,伊404となっている。


 現在第十三艦隊はインディスベンセイブル海峡中央で潜水戦隊伊400型3隻が訓練に従事しており大和航空隊と武蔵航空隊、そして出雲艦載機の瑞雲12機を仮想晴嵐として運用している。


 その周囲は島民や間諜スパイの目に触れない様配慮され各戦隊と海防艦や巡視艇が海上と海中を警戒し、基地航空隊の零戦によって空の警戒も万全にされている。 


 一方大和と武蔵は演習の為マライア島北150kmに展開している。


 目下の課題は蒼粒子誘導放出式フォトンレーザー通信装置と電探情報受信レーダーリンク射撃装置を用いた新戦術として期待されている『連携射撃』である。


 これは指向性通信機で有る蒼粒子誘導放出式フォトンレーザー通信装置によって電探情報受信レーダーリンク射撃装置へ自艦の位置や速度などを含めた相互情報伝達を行い艦隊を『真に一隻の艦』として運用する統制戦術の基礎を構築する第一歩と位置付けられている。


 その統制戦術を構築する上で尤も重要な蒼粒子誘導放出式フォトンレーザー通信装置は指向性通信と呼称される通り全方位に情報が発信されてしまう電波(蒼粒子波)とは違い照射方向の狭い範囲にしか発信されない為、敵に探知される可能性が低い。


 即ち蒼粒子誘導放出式フォトンレーザー通信装置で通信網を構築出来れば作戦行動中の艦隊でも無線封鎖をする必要が無くなり戦術戦略の幅が無限に広がる事になるのである。


 だが蒼粒子誘導放出式フォトンレーザー通信装置には課題も有る。


 まず現状通信装置が非常に高価で有る為、限られた艦艇や基地にしか装備されていない事と出力の大きい大和型や出雲の装置でも通信距離が直線で最大200km程度であると言う事である。


 これが小型艦艇ともなれば100kmが限界となり、また艦橋やマスト等に機器を設置しなければいけない為、旧式艦には設置出来るスペースが無い場合が多く全体的な統制の問題も浮上する。 


 艦と艦はそもそも星の丸みによって直線だと100kmも離れて通信は出来ないが、基地や艦載機との通信に200kmの限界距離は非常に厳しいものがある。


 その為、長距離通信手段として利用するにはまだまだ課題が山積みと言える……。


 然し戦艦同士の連携射撃で有れば現行の通信距離でも問題は無い。


 大和と武蔵の同型艦2隻は大和を先頭に20ノットで北に向けて航行しており武蔵は大和の航跡を辿り400 mメートル後方を追従している、その更に800 mメートル後方に重巡出雲が追従していた。


 その右舷30kmを並走する2隻の中型艦が有る。


 それは米重巡洋艦と豪軽巡洋艦であった。


 だがその2隻は敵では無く先の海戦で鹵獲された艦であり艦内は無人で出雲から遠隔操作されている標的艦であった。


「間もなく目標地点です、始めて宜しいでしょうか司令?」

「え? ああ、うん、そうだねぇ任せるよ」

「……了解です、艦長より達する! 是より演習を開始する! 総員第一戦闘配備!!」

「総員、第一戦闘配備! 速やかに持ち場に着けぇ!!」


 周囲の状況を確認し頃合いを見計らった東郷が恵比寿に伺いを立てるが返って来たのは覇気の全く感じられない投げやりな返答で有った。


 然し其れは何時もの事なので東郷は多少怪訝な表情をしつつも演習開始の指示を出し、十柄がそれを復唱する。


 艦内に警報と緊急放送が鳴り響き、演習がいつ始まるか知らされていなかった乗組員達は飛び上がる様に機敏な動作で持ち場に向かって行く。


「……戦術長、始めてくれ」

「了解です! 指向性通信装置起動! 僚艦武蔵に向け照射開始!」


 東郷の言葉を受けて正宗が指示を出すと電探員の田村が機器の操作を始める。


「ヨーソロ! 方位1.8.0照射角0度、蒼粒子誘導線照射開始!」


 田村がキーボードを打って行くと大和のマストの先が一瞬チカリと光る。


 不可視線で有る為肉眼での視認は出来無いが田村の前のモニターには大和後方の武蔵に蒼粒子線が伸びている図が表示されている。


「……信号相互受信、僚艦武蔵との同期を確認、異常無し!」

「電探情報受信装置起動、射撃管制との同期を確認、各部異常無し!」

「よし、武蔵の方は如何か?」


「……僚艦武蔵より打電【信号受信状態ヨロシ・各部異常ナシ・貴艦の動作に続ク】以上です」

「……通信機が有るのに打電かよ、ってか随分と淡々としてるっつうか熱が無ぇっつうか、柴村が居る割には何か冷めてーよな」

 

 電探員の田村と五反田の報告を受け武蔵の状態を確認する正宗、それに通信員の如月が答えると操縦席から仰け反りながら余計な発言をしたのは当然、戸高である……。 


「戸高副航海長、訓練中だぞ私語は慎め!!」

「失礼致しましたぁ!!」

「ーーんなぁっ!? 航行中に舵を手放すなぁああ!! 馬鹿か貴様はぁあああ!! 前を見ろ前をぉおおお!!!」


 その戸高の余計な発言に反応したのは当然十柄で有った、戸高は操縦席から立ち上がると副長席に座る十柄に向け背筋を伸ばして機敏な動作で敬礼する、が、その口調と表情に反省の色が無いばかりか十柄に顔を真っ赤に指摘された通り舵(操縦桿)から手を放していた。


 その一連のやり取りに如月と西部は苦笑し、広瀬はケタケタと笑い、藤崎は心の底から軽蔑した視線を送っている、その弛緩した空気と状況に正宗は頭痛を抑える仕草をしていた。


「……副航海長、演習が終わったら艦長室に来たまえ、話がある」


 その一言は東郷から発せられた、十柄の様に怒鳴っている訳でも表情に怒気を孕んでいる訳でも無い、無表情で普通に、本当に普通の表情と口調で発せられた言葉で有ったがその威厳の有る声は一瞬で弛緩し切った空気を引き締めた。   


「……うっ……了解しました……」


 戸高の表情から緩みと余裕が消え去り青ざめながら覚束ない敬礼をしている。


 東郷は十柄の様に感情的に怒鳴ったりする事は無い、只淡々と理詰めで問い詰められ啓発けいはつされるのである、決して聞き流せない雰囲気の中……。


 その為、艦長室から出て来た戸高は毎回・・真っ白な抜け殻の様になりマニュアル通りに任務を熟す機械と化す、暫くの間は……。


 それを何度か・・・経験している戸高は数時間後に訪れる自業自得の地獄に顔を青ざめさせながらこれ以上東郷の心象を悪くしない為に真面目に任務に取り組んでいる。


 ならば最初からそうすれば良いのだが、それが出来ないのが戸高竜成と言う人間なのである……。



「針路速度そのまま、主砲照準標的艦・甲!」

「針路速度そのままヨーロソ!」

「主砲照準標的艦・甲ヨーソロ! 右舷砲撃戦、主砲撃ち方用意!!」


 艦内に号令が響くと快晴の空の下、蒼海の波頭を切り裂き突き進む2隻の巨大戦艦がその巨砲を軽快な駆動音と共に右舷に向け旋回させる。


 先頭を行く大和は主砲4基を右舷に向け旋回させ、その砲身を鹵獲重巡『標的艦・甲』に向け後方の武蔵も同様に5基の主砲を標的艦に向ける。


 今回の演習は連携射撃が主目的で有る為、連携の出来ない兵装である大和の回転式砲は使用しない。


「主砲、撃ち方始め!!」

「主砲、撃ちぃ方ぁ始めぇっ!!」


 大和艦橋内で号令が発せられると、まず大和の4基12門の巨砲が一斉に火を噴いた、刹那大気が振動し爆圧で海面が凹む。


 十数秒後、標的艦・甲の数百mメートル向こう側に巨大な水柱が立ち上がる、命中弾は無かった様だ。


 その直後、今度は武蔵の5基15門の巨砲が火を噴く、大和の時と同様に大気が震え爆圧で海面が凹む。 


 そして数十秒後、今度は標的艦・甲の数百mメートル手前に巨大な水柱が立ち上がる、やはり命中弾は無かった様だ。


 この時点で標的艦・甲は回避運動を開始した、[いずも]射撃指揮所に標的艦甲乙仮設艦橋が設営されており上空の観測機から情報を共有し遠隔操艦している。


 その標的艦の艦長役を務めているのは出雲]艦長の佐藤であった。


 その後も大和と武蔵は互いの射撃情報を相互更新共有しながら射撃を行うが佐藤の巧みな操艦も相まってか演習開始から一時間が経過しても命中弾を得られなかった。


 とは言えそれは想定の範囲内であった、そもそも30km離れた距離で回避行動を取る巡洋艦に命中弾を出すのは熟練の砲術家でも至難の業である。


 故にこの演習の目的は砲弾を命中させる事よりその過程によって生じる問題点の精査である。


 そして、まず浮き彫りになった問題点は大和と武蔵の練度の差であった。


 特に主砲装填速度に顕著な差が有り、大和]が15秒毎に射撃出来る所を武蔵は25秒掛かっていた。


 この為、連携射撃として息を合わせようとした所、逆に効率と制度が落ちると言う結果に繋がってしまっていたのだ。


 つまり完全に武蔵が大和の足を引っ張っている状態なのである。


 とは言え武蔵は去年の12月15日に竣工した艦であるから当然で有り、そんな事は連合艦隊司令部も分かっている事であった。


 それでも連合艦隊司令部がこの演習を実行したのはひとえに白鉄会を筆頭とする大艦巨砲主義派閥の高官達の要望によるものであった。


 即ち宇垣が主導する白鉄会の圧力で有る。


 ただ宇垣自身は時期尚早として難色を示していた、それに対し強く実行を訴えたのは九嶺鎮守府司令である豊田とその新派であった。


 それは航空主兵論者である山本と近しくなった宇垣を裏切り者とする豊田を筆頭に集まった者達であり、豊田派閥と言っても差し支えない規模となり白鉄会を席巻しつつある。 


 皮肉な事に山本の策謀によって大和が大活躍した結果、死に体となりつつ在った大艦巨砲主義が息を吹き返し、大和を送り出した豊田は大艦巨砲主義の星として人望を集めているのである。


 つまりこの演習は豊田が白鉄会そして帝国海軍内での発言力を示す為に行われたと言う事になるのだ。



 =====戦艦武蔵主艦橋===== 


 

「砲術科の連中は何をやっとるのだ! 完全に大和に劣っているでは無いか!! もっとキリキリと動けないのかキリキリと!!」

「……艦長、本艦はまだ習熟訓練の最中でした、その状態でこの演習は時期尚早ですよ、それは艦長も御存じでしょう?」

「ぬぐっ! そ、そうは言うがね柴村少尉、これでは豊田閣下の覚えがーーああいや……と、とにかくもっと早く撃てんのかね、そもそも自動装填なのだろう、何故こんなに差が出るのだね!?」


 艦橋内で金切り声を上げる艦長の和田で有ったが、其れを諫めたのは正宗の士官学校同期で有った柴村誠士郎である。


 その誠士郎に対し和田が発言に気を遣ったのは偏に誠士郎が『柴村』のそれも本家の御曹司だからである。 


「装填は自動でも装填前と直後の安全確認は人間が行います、そこを疎かにしては最悪主砲が吹き飛びますよ? そうなった時の責任は全て艦長が取る事になりますが、宜しいですか?」


「あ……いや、それは……その……」


 誠士郎が落ち着いた口調で和田に微笑みかけると和田は語気を弱めやがて黙り込んでしまった。


「ならば私が責任を持とうじゃ無いか、大和型戦艦の自動装填装置には人間などボタンを押す為だけにしか必要ない、故に安全確認などと言う無駄な工程を全て省けば10秒毎の射撃も可能だ」

「ーーっ!?」

 

 突如口を挟んで来たのは司令席で足を組みふんぞり返っていた八刀神景光であった、景光は右手で頬杖を付き歪んだ笑みを浮かべながら誠士郎を見下している。


「ーー八刀神特佐……。 失礼ながら技術士官である特佐にその権限は御座いません、故に責任を取る事も私に指示を出す事も出来ません、悪しからず御理解下さい」

「やれやれ、技術士官はどうしたって見下されるな……私と言う技術者が居なければどいつもこいつも鬼畜米英に頭が上がらなかった癖にね?」

「……私は技術士官を見下してなどおりません、戦闘に関する指揮権限が貴方には無いと申し上げただけです」


 景光の歪んだ笑みと皮肉に対し誠士郎は天使の様な微笑を湛え冷静な口調で返しているが不意に見えた瞳からは敵意が漏れ出していた。


「……成程、ね……。 確かに君の言う通りだよ平京柴村本家の御曹司、柴村誠士郎君……。 ならば今後は事前に権限を携えて口を挟む事にしよう、それなら文句は無いだろう?」

「ーーっ! ……指揮系統に基づくものであれば当然従います……」


 一瞬景光から歪んだ笑みが消え真顔になり、その瞬間誠士郎の背筋に悪寒が走る。


 だが直ぐに歪んだ笑みを戻した景光の瞳には妖しい光沢が浮かび眼鏡が不気味に光っている。


 誠士郎はこめかみから冷や汗を滴り落しながらも微笑みを崩さず落ち着いた口調で対応し切った。


「結構、では私は電算室に戻る事にしよう、こんな無様な演習を見続けていても時間の無駄だからね」


 そう言うと景光は立ち上がり、白衣を翻し颯爽と艦橋から立ち去って行った。


 その後を芦原が追い駆けるが、去り際に憎悪の籠った瞳で誠士郎を睨み付けていた。


「し、柴村少尉、き、気持ちは分かるがアレ・・でも一応救国の英雄だぞ? もう少し対応をーー」

「艦長、今のやり取りで更に遅れが出ています、演習に集中すべきかと……」

「ーーうっ! むぅ……わ、分かった、砲撃指示は柴村戦術長に一任する、可能な限り迅速に行いたまえ」


 景光と芦原が立ち去った後、和田が慌てて柴村を問い詰めようとするが即正論で口を塞がれてしまう、誠士郎が柴村本家の御曹司で無ければ罵詈雑言を浴びせたであろう和田だが権威には滅法弱い人間であるが故に黙らざる得なかった。


 その後も演習は続いたが結局、目的で有った連携射撃戦術の確立には至らず標的艦甲、乙共に大和の模擬弾が3,4発命中し航行不能となった時点で終了となった。


 これは発案者の豊田の顔に泥を塗る結果となり宇垣の意見が正しかった事を示した。


 本来ならば艦隊練度を高めると言う意味以外持たない筈の演習で有った筈が、この件を境に派閥闘争が激化する事になってしまうのであった。


 そして八刀神景光もまた、柴村誠士郎とのやり取りを境に其の闇を深める事になって行く……。


 それは大日輪帝国に更なる暗雲を齎す事になるのだが今は誰もその事を知る由も無かった……。

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