第33話:破滅の影
1943年1月13日コメリア合衆国クォリフルニア州 ソルディエゴ沖30km
其処では米海軍の最新鋭戦艦4隻と修理と改修を受けたサウスダコタ級戦艦2隻が演習を行っていた。
サウスダコタ級を引き延ばしたような外観を持つその戦艦群は就役したばかりの最新鋭戦艦アイオワ級である。
全長384
現在演習艦隊は単縦陣を組みサウスダコタを先頭に各30ノットで航行しているがアイオワ級4隻はこの段階で隊列がずれている。
「《左舷砲撃戦用意!》」
旗艦サウスダコタの指示を受け全艦の主砲塔が左に旋回するが、アイオワ級4隻は途中で止まったり旋回し過ぎたりなどして方向すら揃っていない。
それでも不器用に方向を合わせ何とか全ての艦の主砲が左を向いた。
「《目標標的艦ヒラヌマ! 主砲斉射、
旗艦サウスダコタの号令でアイオワ級4隻の主砲が一斉に火を噴く。
しかし次の瞬間立ち上がった水柱は
その後も着弾観測をしながら必死に射撃をしているが本当に修正しているのかと疑いたくなる程に至近弾すら得る事が出来ていない。
「《ふむ、まぁ新造艦ならこんなものか、よし手本を見せてやりたまえ》」
サウスダコタの艦橋に在ってアイオワ級4隻の射撃を見ていた紳士然とした軍人が丸い眼鏡を正しながらそう言いった、彼はソロン海戦でアンダーソン飛行場の防衛線を指揮したウィリアム・M・リー提督である。
そのリー提督の指示を受けサウスダコタとノースカロライナの主砲が火を噴くと僅か3斉射目で命中弾を出し後方のアイオワ級4隻から感嘆の歓声が上がる。
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演習を終えソルディエゴ海軍基地太平洋艦隊司令部へと戻ったリー提督は執務室へ向かい歩いていた。
その廊下でリー提督は若い青年将校と出くわし、その青年将校は立ち止まり敬礼する。
「《やぁガブリエル艦長、先程は見事な指揮だったね、先に命中弾を出したのはノースカロライナだったろう?》」
そう言うとリー提督は柔らかで紳士的な笑みを浮かべる。
「《有難うございます、我が艦の砲術長は鬼軍曹ですからね、訓練中の艦内はさながらブートキャンプでしたよ……》」
「《ハハハ! それならサウスダコタやアイオワ級4隻にも導入しなくてはね》」
「《止めて下さい、私が皆に恨まれます……》」
青年将校ヴィクター・F・ガブリエルは肩を竦めながらお道化た口調で言う、それに対しリー提督は「《ハハハ!》」と軽快に笑った。
然し次の瞬間ヴィクターの表情が強張り同時に金属を叩くような音が近寄って来る。
リー提督は悟ったように振り向くと
「《やぁオルデンドルフ提督、久しぶりだね、お加減は如何かな?》」
リー提督が微笑みかけた人物は右足を僅かに引き摺り其れを補う様に鉄製の高級そうな杖を突いており、その顔には額右から左顎下まで痛々しい縫い傷が走っている。
彼は第三次ソロン海戦で大和に乗艦インディアナを撃沈され命辛々脱出したジェイソン・B・オルデンドルフ提督で有った。
「《お加減……だと? 良い筈が無いだろう!
オルデンドルフは杖を握る手を震わせ目を見開き怒りに顔を歪ませ怨嗟の籠った声で叫ぶ。
しかしリー提督は微動だにせず冷めた表情でオルデンドルフを見据えて口を開く。
「《それは引き際を計り損ね、逃げると言う選択肢を選ばなかったからこそ僚艦を悉く失い乗艦を沈められたのでは?》」
「《なっ!? き、貴様ぁっ!!》」
「《ーーちっ!!》」
リー提督の言葉に激高したオルデンドルフは足を引きずりながら怒りに満ちた表情で彼に詰め寄っていく、このままではリー提督に襲い掛かりかねないと感じたヴィクターがリー提督の前に躍り出て彼を庇う。
「《君達は此処で何をしているのかね?》」
一触即発の状況の中廊下に響くその声の主は鋭い眼光の高級将校であった。
「《ニ、ニミッツ参謀長!?》」
オルデンドルフが振り返った瞬間目を見開き叫んだ先の人物は太平洋艦隊参謀長『レスター・ウィル・ニミッツ』海軍大将であった。
「《……オルデンドルフ提督、太平洋艦隊司令部で暴力沙汰か? それでは貴官を第77打撃戦隊の司令に押したキンメル長官の顔を潰す事になるが、その怒りはその対価に足るものかね?》」
「《ーーっ!? う、むぅ!》」
その毅然としたニミッツの言葉の前に気勢を削がれたオルデンドルフは悔しさを滲ませながらリー提督とヴィクターを睨み付けその場から立ち去った。
「《申し訳ありません参謀長、売り言葉に買い言葉となってしまいました、私の不徳です……》」
「《ーー!? 言い掛かりを付けて来たのはオルデンドルフ提督です、リー提督の責任ではーー》」
リー提督は自身の非を認め謝罪するがそれをヴィクターが食い気味に否定する、それに対しニミッツは手でヴィクターの言葉を制する。
「《ああ、分かっている、彼はあの戦い以来
そのニミッツの言葉にヴィクターは苦虫を嚙み潰したような表情となる、勿論オルデンドルフに対してである。
第77打撃戦隊は第一艦隊に属する戦隊でアイオワ級6隻(五番艦と六番艦はまだ未就役)とサウスダコタ級2隻の最新鋭戦艦群を主力として擁する艦隊で有り、その任務は日輪軍の最新鋭戦艦、コードネーム『
「《もっとも、オルデンドルフ提督が苛立っているのは最新鋭空母で再編された第七艦隊のハルゼー提督も
そう言ってニミッツは呆れ気味に笑い肩を竦めながら立ち去ろうとするが、横目にリー提督を見据え足を止める。
「《だが、
「《ーー! ありがとうございます、参謀長》」
そう言って今度こそ立ち去るニミッツをリー提督が感激した表情で敬礼し見送る。
「《……モンタナ級は確か
「《ああ、君も知っての通り、
「《オルデンドルフ提督の報告を信じるのですか? 距離200
「《……普通に考えれば杞憂だろうね、けれど嫌な予感がするのだよ……。 オルデンドルフ提督は性格は兎も角、優秀な指揮官だった、その彼の率いる艦隊がたった1隻の戦艦に惨敗するなど普通では有り得ない……。 そして何より彼の荒唐無稽な報告を裏付ける証言が生き残りの大多数からされている、少なくとも普通では無い事があの時あの海域で起こったのは事実だ。 だからそれに備えたいのさ、杞憂だとしてもね?》」
「《しかし、それでは……っ!》」
リー提督はヴィクターに優しく微笑みかけながら語るがヴィクターは俯き視線を逸らす。
「《そうだね、私の予感が当たれば我々の艦隊は
そう言ってリー提督は力なく苦笑しヴィクターの肩を軽く叩くとその場から立ち去る。
ヴィクターは黙ってその後姿を見ている事しか出来なかった。
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====コメリア合衆国首都ジェラルドDC・ホワイトハウス====
「《B17を120機も喪失しただと!? マッカーサーは何をやっているのだね、奴は無能なのかっ!?》」
ホワイトハウスの大統領執務室で報告書を机に叩き付け怒気を孕んだ声を張り上げているのは他でも無い、コメリア合衆国第32代大統領『フリクソン・ルーズベルト』である。
「《はっ! いえ、ほ、報告書に有る通り海軍の護衛機が
「《ーーふざけた事を言って貰っては困りますな陸軍参謀長! 私の受けた報告ではB17の
「《そ、それは……
「《ぐっ! それを言うならそもそも陸軍がーー》」
「《ーー責任のなすり合いは他所でやりやまえ!! ここを何処だと思っているのだ!!》」
二人の高官の責任の擦り合いに辟易したルーズベルトは拳で机を叩き一喝し、其れを受けて二人の高官はバツが悪そうに互いから目線を逸らす。
一人は陸軍参謀総長『ジョシュア・マーシャル』元帥、もう一人は合衆国艦隊司令長官『エルネスト・キング』元帥、米陸海軍のトップ達である。
「《ーーエメラルドハーバーを奇襲され主力艦隊を失い、それを漸く再建したと思ったらたった1隻の戦艦によって壊滅? 陸軍は陸軍でフィルピリンは奪われアンダーソンでは一方的に敗走し極め付けは虎の子のB17部隊の大損耗だと? 君達は本当に戦争のプロなのかね……?》」
ルーズベルトは肘をついた左手で頭を抱えたまま二人の高官を恨めしそうな眼で睨み付ける。
それに対し二人の高官は互いに目線で責任を擦り合う様に互いの発言を暗に促しあったが、ルーズベルトの表情がどんどん険しくなった為、根負けしたキング元帥が重苦しく口を開く。
「《お、お言葉ですが大統領、6600kmも離れた場所に初手から攻撃を仕掛けるなど常識の範疇では無く予測する事は不可能でした、ソロン海の戦闘に置いても此方の攻撃が全く効かない相手では対処のしようも無くーー》」
「《つまり戦術でも戦略でも技術に置いても悉く
「《ーーっ! そ、それは……》」
ルーズベルトは怒りを通り越して呆れ顔になり溜息を付きながらキングを冷ややかな視線で見据える。
「《……それで? 今後はどうするのだね?
「《ーーっ!? ご、御心配には及びません、漸く、漸く新たな最新鋭戦艦群が次々と就役し最新鋭大型空母も続々と完成しております!
「《我が陸軍においても新型の超重爆撃機が量産体制に入っております、日輪本土に爆弾の雨を降らせる日もそう遠く有りません!!》」
「《……つまり、どちらも数で押し切ると?》」
「 「《戦争は物量です!!》」 」
「《……分かった、もう良い、仕事に戻りたまえ……》」
こんな時だけ息の合ったハーモニーを奏でる陸海軍のトップ達にルーズベルトはうんざりした表情を隠す事も無く手でひらひらと二人を追い払う仕草をする。
流石にむっとしたキングとマーシャルであったが、これ以上突っ込まれては現状の戦果では何も言い返せないと分かっている為かスゴスゴと退散していった。
後にはルーズベルト大統領と、その脇に置物の如く立っていた副大統領の『シルベスト・トルーマン』の二人だけが残った。
「《……本当にあんな
「《戦争の無い時代に育った軍人なんぞあの程度のものですよ。 先の大戦から25年、戦争を忌避し遠ざけて来た
僅かに疲労を滲ませるルーズベルトにトルーマンは涼し気な表情で口角を上げるがそれは決してニコやかな物では無くいびつに歪んでいる。
「《随分と楽天的だな副大統領? 西ではブラッゲル(黒十字党支配下のゲルマニアの蔑称)に、東ではジャップに押されているのだぞ、よもや君まで物量で押せば勝てる等と言うのではあるまいな?》」
「《それも一つの答えで有る事は事実ですよ大統領》」
「《だが、それで損害が増えれば民意が反戦にーー》」
「《ご安心を大統領、物量戦術は
後ろ手に控えて立つその姿勢はそのままに流し目で
「《……君は本気で
「《ではこのままジャップとブラッゲルに降伏しますか? それとも前大戦以上の戦死者を出しながら物量で押し切りますか? それで
「《ーーう、ぐっ! そ、それは……だが、しかし……!》」
「《そもそも選挙公約に『絶対に戦争はしない』と掲げておきながら戦時特需で景気回復する目論見の為にジャップを挑発して戦争に引きづり込んだのは大統領、貴方ですよ? そんな貴方に今更人道を説かれましてもね?》」
トルーマンはルーズベルトの正面に向き直り両手を机に乗せて彼を見下ろす、それは断じて
それはトルーマンの言っている事が真実で有り何も言い返すことが出来ないからであった。
ルーズベルトが大統領就任時に世界恐慌から脱却する為に打ち立てたのが政府が経済に積極的介入をする『ニューディール政策』で有ったが、一時的な効果は有ったものの徐々に振るわなくなっていた。
これに焦りを覚え苦悩の日々を過ごしたルーズベルトに転機が訪れたのは1939年9月の事であった。
そう、第二次世界大戦の勃発である。
これによってルーズベルトは経済回復に軍需産業の利用を考える様になった。
だがそれには問題が有った、自身が選挙公約に置いて『戦争は絶対にしない』と明言している事と第一次大戦によって民意が反戦に傾き切っている事であった。
そこでルーズベルトは国連の脱退や煌華大陸の利権で対立を深めている日輪を利用する事を思い付いたのだ。
此方からでは無く、向こうから仕掛けて来たのであれば仕方がない。
それならば公約を破る事にはならないし国益を守ると言う大統領の当然の職務として戦争が出来る。
そう考えたルーズベルトは『コーデリア・ハル』国務長官に命じて態度を硬化させ徹底的に日輪を追い詰め、最終的に日輪が絶対に呑めない条件を記載した『ハル・ノート』を提示して挑発したのである。
そしてその目論見通り日輪とゲルマニアは合衆国に対して宣戦を布告、直後日輪帝国がハロイを奇襲し無防備な主力戦艦隊を壊滅させて来たのである。
その事でキングを非難していたルーズベルトであったが、その報告を聞いた直後は計画通りとほくそ笑んでいたのであった。
しかしそこに大きな落とし穴が有った。
日輪とゲルマニアが思いの外強かったのだ。
ルーズベルトの中ではゲルマニアは第一次大戦の敗戦国、日輪は金魚の糞に過ぎない極東の小国で有った。
しかし欧州戦線では米陸軍の損耗は増え続け、太平洋戦線では最新鋭戦艦と機動艦隊が壊滅と言う余りに予想外の事態になっている。
それを打開する為に腹心であるトルーマンは大量破壊兵器を都市に対して使えば良いと言う。
戦争を経済回復に利用したルーズベルトであるが、そこまで非人道的な悪人と言う訳では無かった。
故に民間人を巻き込み都市ごと消滅させる等それこそ完全に計画外で有り予想外、想像すらしていない暴挙であった……。
「《……大統領、歴史とは常に勝者が作り上げて来た物、正義もまた然りです、故に勝てば良いのです、勝てば我が合衆国を誰が非難出来ましょう? 我々が助けねば滅亡必死のブリタニアスやロシエトですか? 早々に降伏しブラッゲルとジャップに国土と植民地を明け渡したフランジアスやオルトラントですか?》」
「《そ、それは……そうだが……ブラッゲルは兎も角ジャップは妙な
「《大統領……先程申し上げた筈です歴史は強者が作る物だと、行われていないなら
そう言ってトルーマンは歪んだ笑みを浮かべる。
ルーズベルトは眉を顰めトルーマンを睨み付けると重々しく口を開く。
「《……君の言いたい事は分った、それで?
言葉を発した後のルーズベルトは更に険しい表情となるがトルーマンは我が意を得たりとばかりに歪みを増した笑みを浮かべ口を開く。
「《早ければ、今年中には……》」
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