第31話:激戦の後

 快晴の蒼空を灰色の戦闘機が白煙を纏いながら飛翔している。


 日輪軍機立花機からダメージを受けたクリス機が何とか友軍制空圏内まで戻って来たのである。


『《こちらXF4U-3グレイファントム、スラスターに被弾し動力漏れが発生している、緊急着艦の許可を求む!》』

『《こちらインディペンデンス了解した、着艦を許可する、直ちに着艦体勢に入れ》』


 通信を終えたクリスは着艦体勢に入る為にインディペンデンスの後方に回り込む、その間も左の推進機スラスターからは白煙が出ていた。


 その様子は飛行甲板上の作業員にも見えており慌しくクリス機グレイファントムの着艦準備が行われていた。


 この白煙は実は煙では無く高圧力で空気に触れて可視化されたフォトン粒子であり、液体燃料機で例えるなら航空燃料が垂れ流し状態で漏れていると言う事になる。


 実際クリス機の動力メーターはほぼ空を差しており、いつ動力切れで墜落してもおかしくは無い状況で有った。


 だがそんな状況下に置いてもクリスの操縦は安定しており舞い降りる様な着艦を見せる。


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 着艦したクリス機はそのままエレベーターに乗せられハンガーデッキまで降ろされた。


 そして格納庫内の整備スペースでクリスはようやく機体から降りる事が出来たのであった。


 そのクリスをスーツ姿の紳士が出迎える、満足気な笑みを浮かべるベイゼルである。


「《機体も少尉も無事で何よりだ、これで軍上層部も考えを改めるだろう、時期主力戦闘機はこのXF4Uだとね》」

「《申し訳ございません、無傷とはいきませんでした、私の判断ミスです……》」

「《なに、君の戦果を考えればこの程度の損傷など無傷に等しいさ、責任を感じなければならないのは無謀な作戦で護衛戦闘機隊と爆撃機編隊を損耗させた司令官だろう》」


 そう言ってベイゼルはシニカルな笑みを浮かべる。



 ====豪州東部沿岸都市ブリスベル・連合軍南西太平洋域司令部====



「《28機!? 150機のB17編隊がたった28機しか戻って来なかったと言うのかっ!?》」


 広い司令執務室で情報官の報告に驚愕し声を荒げたのは米第五空軍司令『ショーン・ケニー』中将で有った。


 その背後で執務机に憮然とした態度で座りコーンパイプを吹かす大柄な人物は誰あろう、南西太平洋域総司令官『ドナルド・マッカーサー』元帥である。


 更にその横には紳士然とし威厳に満ちた男性が立っている、彼はマッカーサーの副官である『ドレーク・C・アイゼンハワー』陸軍中将であった。


 つい大声で叫んでしまったケニー中将が恐る恐るマッカーサーに視線をやるとマッカーサーは溜息交じりに煙を吐き出し重苦しい面持ちで口を開く。


「《……それで? 日輪軍ジャップの基地は潰せたのかね?》」

「《ハ……ハッ! その、第一目標の、主滑走路への爆撃には成功したとのーー》」

「《ーー私は基地を潰せたのかと聞いているのだよっ!!》」


 マッカーサーは情報官の歯切れの悪い返答に言葉をかぶせる様に拳で机を叩き怒りを露わにする。


「《そ、それが……爆撃目標に到達した時点で部隊は30機程度にまで損耗しており、その……効果的な爆撃は……期待出来無かったとのーー》」

「《ーーもういい!! 下がりたまえ!》」


 再度マッカーサーの苛立った声と拳で机を叩く音で情報官の言葉は遮られ、完全に不興を買ったと悟った情報官は逃げる様に執務室を後にする。


「《ーールメイは一体何をやっているのだ不甲斐ない! 新設された空軍の、威信の掛かった重要な作戦で有ったものを、極東の猿に何て様だ!》」


「《……まるで全ての責任がルメイ少将に有るかのような発言ですな、マッカーサー司令? 失礼ながら日輪人ジャバニーズの能力を侮った作戦を立案した司令の責任も大きいのでは?》」


 苛立ちを隠そうともせずに眉間にシワをよせ拳を握り締めるマッカーサーを見かねたアイゼンハワーが少し呆れた表情と口調で苦言を呈する。


「《あ、侮って等いない! 正当な評価をした迄だ! それとも君は極東の黄色い猿が我々より優れているとでも言うのかね!?》」

「《何を以っての優劣か分かりませんが、敵を過少に侮り勝てるほど我々も優れてはおりませんよ司令、当時無敵と称された零戦ジークの制空能力を示した情報は司令の下にも届いていた筈です、フィルピリン陥落の前にね?》」

「《ぐっ……! 君は私を愚弄する為に此処に居るのかねアイゼンハワー中将!》」

 

 マッカーサーは徐に立ち上がり殺気の籠った眼でアイゼンハワーを睨みつける、その険悪な状況にケニー中将は視線を二人に泳がせ表情を青くして立ち竦んでいた。


「《……まさか、当然貴方を補佐する為に居るのですよ、だからこそ苦言を呈しているのです『敵を侮るなかれ』とね?》」

「《ーーっ!? そ、そんな事は君に言われずともーー》」

「《ーーならば日輪の強さを認め、その上で作戦立案をなさって頂きたい、貴方とて本気で零戦ジークにゲイル人が乗っていた等と思っていた訳では無いでしょう?》」

「《ーーっ!!》」


 怒りと屈辱に打ち震えるマッカーサをアイゼンハワーは厳しい眼で見据え言い放つ、彼の言葉は開戦初期に日輪軍によって米委任統治領フィルピリンが陥落した際、脱出用ボート上でのマッカーサーの発言に起因する。


『《クソッシット! 日輪人ジャップにここ迄の作戦能力が有る筈が無い!! ーー恐らく日輪軍機に乗っていたのは同盟国であるゲイル人だ! そうに違いない!! 私は日輪人ジャップに敗れた訳では無いゲイル人にしてやられたのだ!! ヒドゥラーに縋らねば戦う事も出来ん猿共め、私は戻って来るアイ・シャル・リターン、必ずだ!!》』


 この発言でアイゼンハワーは以前から薄々感じていたマッカーサーが白人至上主義に傾倒するあまり現実を直視出来ていない事を確信し失望した。


 実はアイゼンハワーは開戦前にも日輪軍の侵攻を危惧し再三マッカーサーに意見具申をしていたが、『《日輪人ジャップにそんな能力ちからは無い、考え過ぎだ》』と一蹴されていたのである


 この時マッカーサーがアイゼンハワーの言葉に耳を傾け対処していれば歴史は全く違った展開を見せていた事であろう。


 マッカーサーは本来有能な軍人で有り、敵を侮りさえ・・・・・・しなければ・・・・・その指揮能力は非常に高い、だが自尊心プライドも非常に高く常にトップでいなければ気が済まない性質たちで有り、それが白人至上主義と相まって有色人種の能力を軽視する傾向に繋がっている。


 ただ、自身が優位な・・・・・・、つまり自尊心プライドを保てる状況で有れば人種や立場を問わず寛大に接する面も持ち合わせている、その為彼の評価は非常に好かれるか非常に嫌われるかの両極端なものになっているのである。


 故に、若し負けた相手が白人で有れば、アジア人有色人種で無ければ、マッカーサーは冷静かつ的確な戦略を展開していたかも知れない。


 故に、若し派遣されたのが欧州戦線で有れば多大な戦果を挙げた名将として称えられていたかも知れない。


 然し現にマッカーサーが居るのは太平洋であり、彼の相手は白人では無く彼の言う所の『極東の猿』で有った。


 その『猿』に負けた屈辱はマッカーサーから冷静さを失わせ、焦りを生んだ。


 そして偏見と蔑視に満ちた戦略は味方の壊滅と言う最悪の結果となって反って来た。


 その事実がマッカーサーから更に冷静さを失わせる悪循環に陥っている、故にアイゼンハワーの苦言は的確で有り今のマッカーサーに必要な言葉で有った。


 然し同時に自尊心プライドの高いマッカーサーの心情を逆撫でするものでも有ったのだ……。


 その苦言を受け入れ自身の欠点を見つめ直せるか拒絶し殻に閉じこもるか、それは其の人間の器の大きさと人間性で有ろう。


 そして残念な事にマッカーサーは後者であった……。


「《ーーアイゼンハワー中将、どうやら君は此処には必要無い人材のようだ、アジア人に毒され下等な猿共を過大評価するような人間はね……》」

「《……そうですか、ならお好きになさると良い、ただ、貴方は猿を馬鹿になさるが彼らは非常に頭が良く勇猛で人間を翻弄する事も有る、これ以上・・・・足をすくわれぬようお気を付け下さい》」

「《ーーっ!? きさーー》」


 アイゼンハワーは目を剝き立ち上がるマッカーサーを尻目に踵を返すと、一礼する事も無くそのまま部屋から退室した。


 後に残されたケニー中将は怒りに打ち震えるマッカーサーを直視出来ず目線を逸らし、気まずい空気の中、直立不動で耐えていた。


 この数日後、アイゼンハワーは副官を解任され欧州戦線へと転属させられる事となる。


 後に残った将校はマッカーサーに苦言を呈さぬイエスマンが殆どを占め、彼の偏見と妄執に捕らわれた戦略は誰に止められる事も無く実現に向けて動き出してしまう事になるのであった……。


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 1943年1月12日、時刻14:15 天候快晴


 ===ガーナカタル島ルング沖、戦艦大和艦橋=== 


「八刀神大尉・・、大和航空隊隊員4名、ルング基地軍病院からの移送が完了しました、此方が隊員名簿と診断結果になります」

「了解した、以後の判断は赤羽軍医中尉に一任すると伝えてくれ」

「分かりました、では失礼致します!」

 

 空襲から一週間が経過し、滑走路に不時着した斎藤と塩屋、山中を丸二日彷徨った毛利と児玉の4名はルング基地の軍病院に入院していたが、ある程度の回復が見込まれたため大和艦内の医療区画へと移送されたのである。


 機能的には大和の方が遥かに高度な医療設備が整っているが軍艦に重傷者や衰弱した者を乗せるのは危険で有る為、軍病院で治療を受けある程度の回復を待っていたのであった。


 正宗が衛生班員から受け取った名簿には大和航空隊12名が載っており、毛利、児玉、斎藤、塩屋の健康欄には『傷病治療中』の文字が、武田と陣内には『戦死』の文字が記載されている……。


 その文字を見て正宗は眉を顰める、武田と陣内は大和航空隊だけでなく、戦艦大和としても初の戦死者で有った。


 そこに休息を終えた戸高が艦橋に入るなりへらっとした軽い口調で正宗に問いかける。


「ん? どうした八刀神、小難しい顔して何読んでんだ?」 

「……大和航空隊に関する資料だ」

「……ああ、戦死者が2名出たんだったか……」


 その内容を聞き流石の戸高も表情を曇らせ真剣な表情に変わる。


「こんな時に艦長が帝都に召喚される何て間が悪いよね、十柄副長も職務の殆どを八刀神戦術長に丸投げ……ゴホン! ……委任してるしね」


 話に入って来たのは航海長の西部である、殆ど口にしてしまった失言を訂正するが明らかにわざとであった。


「ま、八刀神は先の海戦での行動が評価されて異例の二階級特進、対して十柄副長は失態続きだもんなぁ、そりゃいびりたくもなるだろうよ!」 

「よせ、体よくプロパガンダに利用されただけだ……実力が評価された訳じゃ……ない!」

「いでっ!!」


 戸高がニタニタと正宗を肘でつつきながら揶揄からかう、正宗は掌底で戸高を押し退けようとするが顔が歪むほど押されても肘を収めない戸高の頭に正宗の拳骨げんこつが炸裂した。


 この二人の良くあるやり取りの一つで有る為、周囲は特に気にしておらず、会話に参加していた西部だけが苦笑している。


「実力が評価された訳じゃないって言うのは違うんじゃないかなぁ、だってあの時の戦術長凄かったもん!」


 頭を押さえて蹲る戸高には一切触れず広瀬が通信席から身を乗り出し明るい口調で言った。


「ててっ! まぁそう言うこった、自己評価が低すぎるのも嫌味だぜ、八刀神大尉殿? ーーおっとぉ!」


 戸高が頭をさすりながら立ち上がりお道化た口調でそう言うと正宗が再び拳を握った為、戸高はにやけた表情のまま後方に下がる。


「はぁ、全く……確かに戸高と広瀬の言う事も分かる、だが俺の軍歴を考えると矢張やはり二階級特進は異例中の異例だ、何らかの思惑が絡んでいるのは事実だろう」


「別に良いんじゃないかなぁ? くれるって言うもんは貰っときゃ良いんだよ、これ家のお祖母ちゃんの教え♪」


 広瀬は通信席の手すりにもたれ掛かり自分の両腕に顎を乗せると悪戯っ子の様な笑みを浮かべる、因みに彼女に上官に対する敬語という概念は無い様である。


 十数回ほど十柄に怒鳴られても治らず遂にはあの・・十柄が『もういい失せろ』と折れ、恵比寿が擁護した事から事実上容認されている……。  


「さっすが彩音のばあちゃん、良い事言うねぇ!」

「でしょぉ~♪」

「……(むぅ)」


 広瀬を指差しお道化た口調で言う戸高にニヒヒと笑う広瀬、その様子を少しむくれ気味に見ている如月に苦笑する西部、そんな仲間達を見て正宗も微笑む。


「全く、他人事だと思って軽く言ってくれる、だが確かに気を揉んでも仕方ない事かもな……」

「そうだぜ、成る様にしか成らないんだ、気楽に行こうぜ気楽にな!」

「戸高少尉はもう少し緊張感を持った方が良いんじゃないかなぁ?」

「ちょっ! そりゃ無いぜ西部さん、場を和ませる為に敢えてやってるって言うのにさぁ……」


 大和艦橋内に戦時下の軍艦とは思えない穏やかな笑い声が響く、それが束の間の平穏に過ぎない事は彼らも良く理解している、だからこそ今のこの瞬間を大切にしているのかも知れない……。


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 ====戦艦大和後部航空機格納庫===



 三十名程の整備員が忙しなく動く航空機格納庫内、通常は6機の瑞雲が収められているが現在は半分の3機しか格納されていない。


 先の戦闘で毛利機と武田機が撃墜されて全損し斎藤機は大破し製造工場の有る『夢島』に戻されているからだ。


「(此処で速度を落とし機首を上に向けて……いやそれよりも……)」


 一機の瑞雲操縦席の中でブツブツと独り言を呟きながら操縦桿と操作機器を弄る人物がいる、それは瑞雲操縦士『立花 蒼士』で有った。


「蒼士、いい加減降りてこい、食事を摂って無いだろう!」


 機体の下で叫ぶのは立花機の副操縦士『島津 義光』である。


 ……数秒待つが立花からは返事がない、未だブツブツと呟き操縦桿を弄っている、恐らく想定操縦訓練シミュレーションをしているのであろう。


 見かねた年配の屈強な男性が舷梯タラップを上がり強制的に風防を開ける。


「ほら、整備の邪魔だ、とっとと降りた降りた!!」

「あっーー待っーー僕はーーっ!!」


 立花は襟首を掴まれ猫の様に操縦席から引きずり出される。


「すみません整備班長、ほら蒼士、整備班の方達に迷惑をかけるな、行くぞ」

「でもーーっ! 僕はまだ……あいつ・・・殺す・・為に訓練しないとーーっ!!」


 焦燥、憎悪、自己嫌悪、それ等の混じった感情に呑まれているかの様に蒼士の表情は追い詰められた苦悶に歪んでいる。


「その為にも飯はしっかり食っとけ、体調管理も戦闘機乗りの重要な仕事だと毛利隊長と……武田さんも言ってたろ……」 

「ーーっ!!」

「……食堂行くぞ?」


 そう言って島津が立花の肩を軽く叩くが立花は瑞雲に振り返り、何やら恨めしそうに睨んでいた。


「如何した?」

「何度もあいつ・・・と仮想戦闘したけど、瑞雲こいつじゃ駄目かも知れない……もっと……もっと速い機体じゃ無いと……あいつ・・・には、勝てない……」


 淀んだ瞳に怨嗟と失望を浮かべ絞り出す様に言葉を吐き出す立花、其処には気弱だが優し気だった少年の面影は無く憎しみに呑まれた復讐者の姿が有った。


 島津は後悔していた、立花本家で彼の母と姉の立場を守る為とは言え、気弱で優しい蒼士を軍に志願などさせなければ良かったと……。


 何が有っても自分が支えてやれば良い、そう考えていた自分がいかに浅はかであったかと悔いた。


 いや、そもそも自分は蒼士を支えていたのか、僅か3ヶ月の適正訓練で特殊な操縦技能の必要な瑞雲を乗り熟し、毛利達に勝るとも劣らぬ技術を身に付けた天賦の才を持つ蒼士に付いて行っていただけだは無いのか……。 


 そう思い島津は表情を曇らせるがやがて意を決した表情になると息を吸い込み口を開く。


「……腐るな蒼士!! 瑞雲は速いだけの戦闘機には不可能な軌道を可能にする機体だ、俺達で引き出してやれば灰色・・にだって負けはせんさ!!」 


 自身の迷いを振り払うかの様に島津は声を張り上げ鼓舞する、それは立花に対してか、それとも自分自身に対してか、それは彼自身にも分からなかったが、その表情は少し晴れている。


「義兄ぃ……」

「おう! 取り敢えず飯食いに行くぞ、その後なら幾らでも訓練に付き合ってやる!!」

「……うん!」


 幾ら悔やんでも過去は変えられない、だが蒼士も自分もまだ生きている、なら迷う必要は無い、今からでも支えていけば良いんだ!


 そう自分の心に言い聞かせ奮い立たせる、島津は決意に満ちた表情で力強く立花の肩を抱き格納庫を後にするのであった。


 

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