第30話:蒼空の闘諍

 爆炎に包まれるルング基地上空では日米両航空隊の激戦が続いている。


 既に爆撃機編隊は機内の爆弾を投下し終え、離脱軌道に入っていた。


 この時B17の残機は32機、対する零戦三型は30機中22機が撃墜若しくは撃破され、内15機は灰色の新型機グレイファントムの手によるモノであった。


 大和航空隊は毛利機に織田機と上杉機が加わり三型8機と共に灰色の新型機グレイファントムと対峙している。


『くそぉ! 重い機体とはいえ零戦だぞ、何故たった1機が墜とせんのだっ!!』 

『く、くそぉっ! 後ろを取られーーうわぁああああああっ!!』

『だ、駄目だ……敵が早すぎて援護が間に合わない……!』

『畜生っ! 機体性能が違い過ぎる……何なんだあの灰色はーーうぐぁっ!!』


 グレイファントムの圧倒的な速度と加速力に加え、三型と瑞雲を上回る運動性能に日輪軍機は翻弄され次々と撃墜されていく……。


『このままだと全滅だ、上杉、織田、さっき・・・話した作戦で行くぞ!』

『然し隊長、あれ・・相手では危険では?』

『だからこそだ、真面まともにやってはあれ・・は墜とせん……!』

『ちっ! 策を労するのは性に合わねぇが仕方無ぇ、やってやるぜ!』

『……了解です!』


 無線通信を終えた大和航空隊は最大速度で三方に分かれ毛利機が三型を狙うグレイファントムに攻撃を仕掛ける。


 するとグレイファントムは毛利の思惑通り機体を翻し毛利機を猛追し銃撃する。

 

 其れに対し毛利も機体を翻し不規則な軌道で銃撃を躱し離脱行動を取った。


『敵さん付いて来ているな?』

『ええ、もうピッタリと!』

『よし、行くぞっ!』

『よーそろっ!!』


 其れを合図に児玉が機器を操作すると毛利機の下部推進機が稼働し機体が急上昇を始める。


『《なっ!? あの機体、やっぱり零戦ジークじゃ無いわね……でも、速度も加速も出力もこっちが上よ、逃がさーーうっ!?》』

 

 そう叫びながらクリスが毛利機を追撃する為機首を上げたその時、前方の毛利機が眩い光に包まれる。


『《しま……っ!?》』 


 毛利機から発せられる眩い光、それは日輪……太陽の光で有った。


 一瞬、陽の光に視界を奪われたクリスが目を細めた次の瞬間、追っていた機体毛利機と入れ替わる様に光の中から2機の瑞雲が飛び出しグレイファントムに攻撃を仕掛ける。


『《うっ……く……!?》』


 クリスは機体を急激に捻り回避行動を取るが、さしものクリスも全ては避け切れず胴体左部に数発の弾を受ける。 


『やったか!?』


 擦り抜け様の至近距離からの直撃、織田は確かな手答えを感じそう叫んだ。


 然し次の瞬間グレイファントムは加速して急上昇すると翼を広げ急激に向きを変えた。


『な、なにぃ!?』

『隊長、逃げて下さい!!』


 上杉の叫びも虚しくグレイファントムの機首は無理な急上昇で身動きが取れない毛利機の側面を正確に捉えていた……。


『はは……何て奴だ……』


 毛利が引き攣った笑みで呟いた次の瞬間、射撃音と共に毛利機の機体に穴が空き推進機が吹き飛ぶ。


 そして推進力を失い衝撃で右に傾いた機体はそのまま落下して行き、数秒後空中爆発を起こし爆散した……。


『なっ!? 嘘だろ……!!』

『隊長!? そんな……』


 その惨状に織田と上杉が絶望の声を上げるが、その時爆散した機体の後方から2つの落下傘パラシュートが開くのが見て取れた。


『ははっ! 流石隊長だぜーー』

『織田君、上ですっ!!』

『なっ!? うおっと!』


 上杉の声に反射的に反応した織田が機体を横に倒した次の瞬間、上空から弾丸が降り注ぎ、その内の一発が垂直尾翼を貫通する。


『くっそっ! お蘭、増槽捨てろっ!!』

『り、了解です!』


 織田が増槽を捨て体勢を立て直そうとするが、その時既にグレイファントムの機首は織田機を捉えていた。


『マジかくそっ!!』


 自機の正面斜め上から此方を向くグレイファントムを視界に捉え織田は眼を見開き死を覚悟した……。 


 しかし次の瞬間グレイファントムは側面からの攻撃を受け機体を捻り回避行動に移る。


 グレイファントムに被弾は無かったが織田も窮地から出する事が出来た。


『カカカッ! 苦戦しているな! 喜べ、真打ちの登場だああっ!!』


 無線機から音割れせんばかりの大声量が響き渡る。


『武田かっ!』

『武田さん……!』

『待たせたなぁ! ん? 隊長と斎藤は如何した?』

『……斎藤さんは基地に不時着した様で安否不明です、隊長は墜とされましたが二人とも脱出しています』

『気を付けろよ、新型零戦も殆どあの鼠色に喰われた、ありゃバケモンだ……!』

『ふむ……』


 武田達は状況確認を行いつつ三角陣形を編成しグレイファントムに備える。


 対するグレイファントムは様子見をしているのか撤退するB17編隊後方を旋回しつつ追従していた。


『此方の戦力は我々と新型零戦4機、悔しいですが勝てる気がしませんね、あの機体性能は圧倒的過ぎます……!』


 上杉が周囲を見渡し戦力確認を行うと口惜し気に眉を顰め唇を噛んでいる、十数分前に存在した30機以上の戦力が今やたった7機しか残っていないのである。


 敵が満身創痍であれば救いは有るが、策を弄して報いた一撃もほぼ損害を与えられず、その圧倒的な実力差に計算能力の高い上杉が絶望するのも無理もない……。


 その時、武田機の後部座席に座っていた副操縦士の陣内が南の空に何かを見る。


『……!? 武田さん厄場やばいですぜ、敵の増援が来やがりました!!』

『むぅ!』


 言われて武田が鋭い眼光で睨む南方から12の機影が飛来するのが見て取れた、それはグレイファントムと共に飛び立ったF4Fワイルドキャットの編隊であった。


『様子見してやがると思ったら是を待ってたのかよ糞ったれ!!』

『……これは拙いですね、奴1機だけでも手に余るのに……!』

『カカカッ! 此処が死に場所かのぉ! 派手に暴れてやろうではないかぁ!!』


 慄く織田と上杉とは対照的に歯を剥き出しに凶悪な笑みを浮かべる武田は猛然とグレイファントムに向けて突撃する。


 やや思案した後、織田と上杉もそれに続き、三型4機はF4F編隊に機首を向け速度を上げる。


 その時、北の空から4機の銀翼の戦闘機が飛来する、零戦ニ型3機と瑞雲零型1機で有った。


『立花機ただ今戻りました! 遅くなって申し訳ございません!』

『立花君! 我々の標的はあの灰色の機体です、音速を超える速度と零戦と同格の格闘性能を持つ化け物です、気を付けて下さい!』

『なっ!? り、了解です!』


 上杉が早口で状況を説明し立花機が隊に合流せんとしたその時、グレイファントムは天高く急上昇すると翼を広げ上空から大和航空隊を見下ろす。


『……っ!? 来るっ!!』


 立花の叫びを肯定するかの如くグレイファントムは大和航空隊に向けて急降下して来る。


『っ!? 全機散開ーーうぐぅ!?』


 上杉が散開指示を出すが時既に遅く上杉機は胴体部から左主翼に数発の銃撃を受け主翼から昇降舵フラップが吹き飛んだ。


『ぐっ! 操舵が……っ!』

『無理すんな、下がれっ!』

『す、すみません……。』


 上杉は口惜しそうに言葉を漏らすと覚束無い軌道で離脱して行った。


 上杉機の無力化を確信したグレイファントムは追撃は行わず急旋回すると一気に織田機の背後に回り込む。


『の、信将様! 後ろに付かれてますっ!!』

『なにぃ!? やべえ!!』


 織田は機体を倒し急降下するがグレイファントムは其れにピタリと張り付き追従する。


『くそっ! 引き剥がせねぇっ!!』

『《貰った!!》』


 照準を織田機に合わせトリガーに指を掛けるクリス。


『さぁせぇるぅかぁーーっ!!』


 そこに猛然と武田機が射撃しながら突っ込んで来る。

   

『《ちっ!》』


 クリスは小さく舌打ちし機体を倒し急降下して回避する。


『隙ありぃ!!』


 それを好機と取った織田が急旋回し機首をグレイファントムに向けた……筈で有った、然し織田の視界にグレイファントムの姿は無かった。


『馬鹿な! 何処に行きやがった!?』

『織田さん、上空後方ですっ!!』

『は!? マジかよっ!!』


 織田が眼を見開き叫んだ瞬間、上空から降り注ぐ銃弾に晒されて機体に穴が空いて行く。


『の、信将様! 発動機に被弾、出力が低下しています!!』

『くそがっ! 操舵も効きが悪ぃ!! くそっくそっくそっ!!』


 森の悲鳴に近い声と織田の怒号が機内に響く、徐々に高度を落とす織田機から興味を無くしたかの様にグレイファントムは離れて行く。


『織田さんが旋回する一瞬で急上昇して上に回り込んだ……何て加速力と運動性なんだ……』


 織田とグレイファントムの動きを遠巻きに見ていた立花はグレイファントムの異常な機動性を目の当たりにしていた。


『織田、後はワシと立花で何とかする、下がれっ!』

『ちっ! これじゃ足手纏いか……悪ぃ、気を付けろよ!』


 そう言うと織田は機体から白煙を吐きながら離脱して行った。


『さぁて、30機で苦戦してる相手にたった2機か、機体性能は歴然、やっこさんの腕も悪くないときた、ちと厳しいなぁ!』


 発言内容は弱気に聞こえるが武田の眼は爛々と輝いており、その口角は歯を剥き出しに上がり切っている。


『仕掛けますっ!』


 言うが早いか立花が速度を上げグレイファントムに突っ込むとグレイファントムは急上昇し斜め上から立花機を攻撃する。


 立花は機体を回転ロールさせ其れを躱す、言うのは容易いが回転のタイミングを間違えば直撃を受ける高難度の技である。


 そこに武田が攻撃を仕掛けるが今度はそれをグレイファントムが華麗に躱す。


 攻守が激しく入れ替わるその応酬が暫く続き、互いの操縦士達の神経を削っていく。


 立花が狙われれば武田が、武田が狙われれば立花が援護し圧倒的性能差を何とか凌いでいるが決定打に欠け神経の摩耗は日輪操縦士の方が上回っていた。


『ええい、埒が明かん! 次にワシが標的になったらあれ・・をやる!!』

『待って下さい、危険過ぎます!!』

『あの灰色は命を掛けねば墜とせん! 配置に付け!』

『……了解です』


 立花は覇気のない返事をした後武田機から離れる、それを好機と見たのかグレイファントムが武田に向けて攻撃を仕掛け、ギリギリでそれを躱した武田は最大速度でグレイファントムを引き離しにかかる。


 しかし当然ながら瑞雲の速度ではグレイファントムを引き離すことなど適わない、グレイファントムは武田機の背後に張り付き不規則な軌道を描く武田機に照準を合わせて行く。


『陣内ぃ!!』

『了解でさぁ!!』


 武田の合図で陣内が素早く機器を操作すると武田機下部推進機が稼働し武田機は急上昇していく、其れは先の毛利が行った『日輪戦法』であった、そう、先に毛利が行った……その事実をその場にいなかった武田は知る由も無かったのだ……。


『《悪いけど、それ・・はもう見たわ!!》』


 クリスは武田を追って上昇はせずその高度のまま速度を最大迄上げた、そして後一気に急上昇すると必死に上昇する武田機に機首を向ける。


 無防備に腹を晒す武田機に向けて……。


 正に死角、正に死に体、武田からは己が腹に喰い付かんとする灰色の猛禽に気付けなかった……。


 其れに気付いたのは遥か上空で太陽を背に輝く銀翼を翻していた立花であった。


『なーーっ!? 武田さん下です!! 回避をーー!!』

『ぐぅっ! 抜かったか……』


 立花の叫びに全てを察した武田で有ったが時既に遅かった、立花が叫ぶのとグレイファントムが武田機の腹に食らい付くのは同時であったからだ……。


 数発の射撃音が蒼空そうくうに鳴り響き武田機とグレイファントムの機体が交差する、一瞬の静寂、その次の瞬間、武田機は轟音と共に爆散した……。


 蒼空そうくうに散らばる武田機の破片、その中に落下傘パラシュートは確認出来ない、出来る筈が無い、分かっていた、脱出する時間など無かったと、武田達は即死で有ったと。


『た、武田さん……? 武田さん!? 応答して下さい、武田さん!! 陣内さん!!』

『蒼士!!』

『さ、探さないと……! 二人を……』

『二人とも死んだっ!! 見ていただろうお前もっ!!』


 狼狽える立花に島津が声を張り上げる、分かっている、立花とて武田達が死んだ事は理解している、然し理解している事と納得している事とは別の問題なのだ……。


 頭では理解していても心が追い付かない、人間で有れば当然の心情で有る……。


『死んだ……? 武田さんが……? 何でっ!! やっと……やっと認めて貰えたのに……っ!! 素質が有るって……! それなのにっ!!』

『蒼士っ!!』


 島津の叫びに蒼士は涙の滲んだ瞳に憎悪を浮かべ機体を翻し此方に向かって来るグレイファントムを睨みつける。


『分かってるよ、戦争なんだ……僕らだって殺そうとしてる、殺してるだから……殺す、だから殺した、武田さんを……だから、だからお前も死ねよっ!!』 


 憎悪の籠った叫び、憎悪を宿した瞳、気弱な少年の面影は其処には無く、だが其れはつわものとは呼べぬ未熟な若者の、憎しみに呑まれた子供の姿であった。


『蒼士、熱くなるな、冷静になれっ!!』

『……僕は冷静だよ、冷静に、あいつ・・・を殺す方法を考えているんだっ!!』


 ゆっくりと吐き出す様に憎しみの籠った言葉を発する立花は、だが手足は機敏に動かされ瑞雲を手足の如く操っている。


 其の鬼気迫る操縦とその素養センスに幼少から彼を知っている島津も息を呑む。


『《くっ! このジークもどき・・・・・・のパイロット何者なの!? 私の攻撃を常にギリギリで避けている!?》』


 圧倒的な機体性能に優勢な攻勢、にも関わらずクリスは焦燥感を感じていた、にじり寄る言い知れぬ恐怖、こいつ・・・は今この瞬間にも成長している、今、この場で殺さなければ拙い、そうクリスの直感が訴え掛けていたのだ。


 やがて両機の戦いは海上に移った、日輪艦船の停泊する海上はクリスにとって危険な場所では有るがB17の護衛と言う任務を考えればこの厄介な敵を引き剝がせたのは悪い条件では無いと考えたのだ。


 焦る事は無い、飛行場は潰した、空母に艦載機が居るならとっくに出てきている筈である、敵のパイロットには未知数の不気味さを感じるが機体性能の差は覆しようがない。


 速度も加速も運動性も此方が上回っているのだ、敵が自分の後ろを取る事は適わない、油断さえしなければ絶対に。


 クリスはそう自分に言い聞かせ、沸いてくる焦燥感を掻き消そうとしていた。


 その時、立花機が高度を下げ海面ギリギリまで下がり始めた、追従するクリスも必然的に海面すれすれを飛ぶ事になる。


『《まさか、これで恐怖心を煽っているつもり? 舐めないで貰いたいわね!!》』


 そう言ってクリスがトリガーに手を掛けた次の瞬間、立花機の下部推進機が噴射しそれによって立ち上がった海水で視界が塞がれる。


『《なっ!?》』


 突然の事に驚いたクリスは反射的に高度を上げた、だがその瞬間自身の失策に気が付く、だが遅かった。


 立花機は下部推進機噴射と同時に速度を落とし、海水に紛れてグレイファントムの背後を取っていたのだ。


『墜ちろぉおおおおおおおっ!!』


 立花が咆哮し引き金を有らん限りの力で引く、立花の憎悪を乗せ瑞雲から発射された弾丸はグレイファントムの左翼付け根と左エンジンを捉え直撃する。


『《何て事っジーザスッ!!》』


 愛機に鈍い振動を感じこれ迄と悟ったクリスは再び高度を海面まで下げると機首を上げ一気に加速する。


 すると今度は立花機の視界が立ち上がった海水で塞がれる。


 その隙にグレイファントムは左エンジンから白煙を上げながらも加速し其の場から離脱して行った。


『くそっ! 待てよっ!! 逃げるな、逃げるなよ!! 武田さんを殺して置いて自分は逃げるなんて……くそっ! 何で……何で武田さんが……くそぉおおおおおおおおっ!!!』


 立花のその叫びはグレイファントムに届く事は無く、蒼き空と海の風音に搔き消された……。

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