25.「孫子」第十一章・九地編/1

 孫子曰く、戦場には九つの形があると言います。「散地」「軽地」「争地」「交地」「衢地(くち)」「重地」「圮地(ひち)」「囲地」「死地」と彼は呼んでいます。


 「散地」というのは君主(文官)自身がいるような後衛の陣幕、あるいは安全地帯のことです。

 「軽地」というのは国境付近です。敵の土地に入りながら、まだ安全地帯に引き返せるような、深入りしていない場所です。

 「争地」というのは紛争地帯です。敵も味方も、どちらもこの地を得ようと躍起になっている、ここを押さえればでかい、と認識しているような土地です。

 「交地」というのは街道沿いです。敵味方どちらも通行できるような、軍を進めるに適した、広々とした平原のことを指します。

 「衢地」というのは交通の要衝、あるいは国境の入り組んだ土地です。ここを取れば人々は心穏やかではいられないだろうという、しのぎと火花を散らすような土地です。

 「重地」は相手の国に深く入り込んだ場所で、行軍上一番気をつけなければいけない土地です。

 「圮地は、森林や山岳地帯や沼沢地といった、進むのもとどまるのも大変な苦労の必要とする土地です。

 「囲地」は文字通り「相手がこちらを囲める土地」です。誘い込まれたら最後、隠れていた大軍がぬっと顔を出して、こちらに襲いかかるでしょう。道が細く他に行くところなく、大軍だと戻ることもままならない土地のことを言います。

 「死地」は危険地帯です。ここで戦わなければ絶対に生きて帰れないという場所です。


 そしてそれらの土地の戦争原則は――。

 「散地(安全地帯、自国内)」では戦ってはいけません。戦場にしてはいけない土地だからです。

 「軽地」では素早く通り抜けましょう。相手がこちらに気づいて軍を差し向けるかも知れません。また、自軍の兵士が脱走する可能性があります。

 「争地」では機先を制した方が有利ですので、もしも先に敵が辿り着いていたら、近づいてはいけません。誰もいない(と判断できた)のであれば、兵をやって占領しても良いでしょう。

 「交地」では、前後左右の連携に気をつけましょう。軍団を間延びさせて、途中で敵軍の攻撃が入っても分断されないように、できるだけスピードを合わせて、隙間を気取られないようにしましょう。

 「衢地」では、まずは国境を接する国々と外交で何とかするべきです。「進軍して獲ってしまえば先んじれる」という考え方は危険です。他の国々が連合してやってくるかも知れないからです。なので、まずはお互いが刀を合わす前に牽制し合うのが筋と言うものです。

 「重地」では、あえて荒らすのも一つの手です。住民をさんざんに打ちのめし、物資があれば奪って、相手に「外国を攻めている場合ではない」と思わせるのが良い形です。

 「圮地ではぐずぐずせずに通り抜けましょう。相手が駆け付けたらひとたまりもありません。

 「囲地」は工夫が必要です。むざむざと姿を現すのではなく、逆に囲い返してしまうとか、もしくは誘い出してこちらはとんずらするとか、様々に策を用いましょう。

 「死地」はただただ戦うのみです。他の選択肢は、ありません。


◇◇◇


 古来より、戦争上手が敵に対して行うのは「分断」でした。常に連携を断ち、一致した動きをさせず、各個撃破していったのです。

 前軍と後軍を分離させ、大部隊と遊軍が連携できないようにし、将軍と兵士を離反させ、下士官においては命令できないようにし、兵士においては数を集めてもばらばらに突き崩しました。

 そうして、ひたすら有利な状況を待っては逃さず、逆に有利な状況にならなければひたすら「次」を待ったのです。


「向こうが整然と大軍を率いてきたら、どのようにした方がいいだろう」

 この問いには、「まずは向こうが『ここは攻められてはマズイ』と感じているものをまず見抜き、それを奪う。さすれば、どんな人数とてコントロールは可能である、と孫子は言います。。

 そのためには、「兵は拙速なり」、すなわち戦争は迅速が第一。

 いまだ態勢が整わない兵士たちの前に出て奇策を用い、相手の防禦の薄いとこを突くのです。

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