背番号0番〜3rd Season〜

青濱ソーカイ

プロローグ

プロローグ:戦の始まり

「忘れ物ないか?」

「パソコンとバッテリーとスマホとファイル、筆記用具は持ったから大丈夫」

 玄関でスニーカーを履く海堂は、背後にいる兄の声に答えた。

「財布とかパスケースとか、タオル、水筒は?」

「水筒はいらない。向こうの自販機で買う。中で溢れてパソコンが壊れたら困るから」

 ぐっと靴紐を締め直し、まくり上げていたジャージの裾を下ろす。部で一斉購入したウィンドブレーカーを羽織って前を閉める。黒い背中にはHOKURAI VBCとアルファベットが黄色で刻まれていた。腕の部分には稲妻のような黄色のラインが走っている。スポーツバッグを肩にかけ、上下共に青いスウェットの吟介を見て笑う。

「それじゃ、一回戦は勝ってくるね」

「ああ、お前なら勝てるよ」

 兄の言葉を聞いてから、海堂は玄関の扉を開いた。冷たい冬の風が吹き付けるが海堂は目を閉じることもなく曇り空を見つめる。一瞬振り向いて兄に手を振り、玄関の扉を閉めた。

 今日は全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称「春高」の神奈川県予選会、初日。北雷は悲願成就のための最後の段階に手をかけた。ここを勝ち抜き、第一代表か第二代表の座を掴み取ることで春高への出場権を手にできる。全国的に見ても激戦区と呼ばれる神奈川県の熾烈な争いが、今日始まろうとしていた。


 試合終了のホイッスルを審判が吹き鳴らし、火野が両手を突き上げた。

「第一試合、ギリギリ勝った〜〜〜!」

 その叫びに呼応するように長谷川と高尾、涼、水沼、久我山が手を叩きあう。県大会第一試合は、フルセットで北雷の粘り勝ちであった。ベンチでは海堂と設楽が揃って胸を撫で下ろす。

「人の気も知らないで大喜びして……!」

 パソコンを膝の上に置いたまま海堂は低い声でそう言い、隣の設楽は深く息を吐き出す。

「とりあえず勝てて良かったなぁ~……」

 アップゾーンでは神嶋と能登が互いに肩を叩きあい、川村に野島が飛びついた。瑞貴と箸山は冷や汗を拭いながら苦笑いする。彼らの目の前にいるのは入部当初よりも遥かにたくましく成長した一年生だ。試合後の挨拶を終わらせた火野が海堂に絡みにいく。

「勝ったぜ、海堂〜! どうよ、オレのこと見直した?」

 勢いよく海堂の肩に腕を回そうとして逃げられ、逃げた海堂は鋭い舌鋒で返した。

「そもそも認めてないし、一瞬負けるかと思ってヒヤヒヤした。神嶋さんをリリーフサーバーで投入しなかったら持ち直せなかった。神嶋さんに感謝して」

 海堂の冷静なコメントにうぐっと詰まった火野を涼が鼻で笑った。

「火野はめちゃめちゃブロックされてたしね」

「お前だってサーブミスしたくせに!」

「でもブロックは欺きました〜。まあ? 脳みそがミジンコで経験値激低単細胞の火野クンとは格が違うんで? 身のほどを弁えてくださ〜い」

「経験値が低いのはしょうがねえだろ!」

 火野と涼が吠え始めると、海堂は両手を振り上げて二人の首根っこを強く叩く。二人が同時に振り向いて文句を言い出した。

「何で叩くの?!」

「いや力強くない? どっからそんな力出した?」

「他校の前で恥さらさないで。次の試合があるんだからさっさとコートから出る!」

 腕を組んだ海堂にそう言われてルーキー二名はすごすごと退散する。それを見ていた能登が愉快そうに笑った。

「にしてもマジでギリギリの戦いだったよネ〜。さすがに一瞬、負けを覚悟したもん」

 野島の言葉に川村が深く頷く。二人はアップゾーンで試合を見ながらずっと冷や汗を流していた。

「でも無事に勝てたから一年にとっては自信をつける良い機会になったんじゃねえのか?」

 初戦を一年生中心のメンバーで挑むという衝撃の決定は、ブロック決勝が終わってすぐに設楽が全員に告げた。まだ完全に主力となるには力不足で未完成な一年生だが、いずれはチームの核となることを期待されている。この先、もっとレベルの高い場所で戦う可能性があるならば全体的なレベルを底上げする必要もあることから海堂も反対はしなかった。

「このやり方で挑めたのはいざとなれば頼れる二年生がいるからです。そうじゃなかったらただのギャンブルですよ」

 いつの間にか隣にいた海堂の一言に川村と野島は若干唇を緩める。遠回しな褒め言葉だ。しかし他人をあまり褒めない海堂からの、という条件を加味すればなかなかに貴重なものとなる。

「言い方が生意気!」

 野島の笑いを含んだ声に、海堂は眉一つ動かさずに

「失礼しました」

 と返した。

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