6 ーー現在【前編】ーー

ーー 現在 —— 【前編】



朝の九時半。

橋の途中にある休憩所に愛車(MINI)を停車させると、少女は車を降り、その光景に「す、すごい……」と感嘆の声を漏らす。

視線いっぱいに広がる太平洋。

空は快晴。

キラキラと陽光で海面が輝いている。


「海見るのは初めてなんだっけ?」

「はいっ。『小さい頃に』漫画とかテレビでは見た事ありましたが……川とか池ってレベルじゃないですねっ」

「生まれて初めて雪見た沖縄県民もこんな感じなんだろうなぁ。今度海で遊ぼ。水着、選んだげる」

「み、水着ってあのヒラヒラした……ひゃあ……ハイカラです……」


穢れを知らない白い肌が仄かに染まる。

青みがかった長髪、シャツのボタンが悲鳴を上げる程に実った胸部、スカートから生えた肉感のある太もも……穢し甲斐があるなぁ。


「あ! アレって船ですよね! 大っきい! どこに向かうんですかねー」

「僕らが今から向かう場所と同じだよ。さ、行こっか」

「はいっ」


車に乗り込ませ、発進。なおも車は【長い橋】の上を走る。


「こんな長い橋も初めて見ました……これも、日本最長、ですか?」

「世界最長じゃないかな。港から島までの『一七キロの距離』に架けられてるからね。しかも『一晩で架けた』って話で、素材は『木製』。創業者連中はほんとぶっ飛んでるよ」

「はえー、今の日本はそんなに技術が進んでるんですねー」


技術じゃなくて魔法の力――鉄や魔法金属より丈夫な精霊樹という素材――だけども、なんてマジレスをしてもまだ理解出来ないだろうし、窓から外の風景を子供のように眺めてる彼女の水を差したくなかったので黙っておく。


「しかしいいですねー車ってやつは。移動が楽チンですっ。龍湖(たつこ)も免許ほしぃなぁ」

「免許は一八からだよ。あと二年待ちな。バイクなら今からでも取れるけど」

「え! 寵(めぐむ)さん一八才なんですか!? てっきり年下か同い年かと……」

「失敬な。こんなイケメンでセクシーで大人っぽい僕が中坊高坊な訳ないだろ?」

「確かにふとした時に妖艶なセクシーさは感じますが……ふぅむ。龍湖の人を見る目もまだまだですねっ」


車は橋を渡りきり、目的の島――白玉島(しらたまじま)――に到着。

面積三・一四平方キロメートル程の小さな島で、車で簡単に一周出来る。

『表向きの記録は』だが。



島に入り、まず目に入るのはあの巨大な鳥居だ。

木や金属製ではなく全てが丈夫な謎の糸で繕われた変わった鳥居。

その意味は、正しく門。世界と異界とを隔てる出入り口。


「鳥居……この先には何か神社でもあるのですか?」


 不安そうな顔をする龍湖。

『元巫女』である彼女に、神という存在は恐怖の対象でしかない。


「いや、あそこはただの入島審査所だよ。ここは個人の島だからね。資格のない者はあそこで弾かれる。鳥居の意味は……この島の【代表】がそっち関係の人だからさ」


車を進め、鳥居の下まで到着。そのまま潜ろうとして「ちょ、ちょっと待った!」袴を着た審査官に止められた。は?


「困りますよお客さーん、ちゃんと【チケット】見せて貰わないと。しかも……貴方未成年じゃないの? 免許証持ってます?」

「やっぱり寵さん見た目お若いんですねー」 呑気だな龍湖は。

「えーっと、もしかして最近入った新人さん? 僕の事知らない?」

「確かに新人ですが……お客様の事、ですか? 一体何を……いや……今、【寵】という名が聞こえたような?」


「ば、馬鹿! 誰を止めてると思ってんだ! その方は……!」


 飛び出して来た別の審査官が耳打ちすると、新人さんはみるみる顔を青ざめさせ「も、申し訳ございません! どうぞお通り下さい!」と平謝り。

少し足止めを食らったが、車は無事鳥居の下を抜ける。

そんな様子を、ジーッと僕の顔越しに眺めていた龍湖は、


「はぇー、寵さん、もしかしなくとも凄いお坊ちゃんか何かですか? 王子様みたいな扱いでしたね」

「言い得て妙だけど、ここでの僕は【この先の施設】の一従業員でしかないよ。さ、そこに車止めて、こっからは歩きだ」


別に目的地近くにも駐車場はあるんだけど、目的地だけが目的じゃないし。彼女にはこの島を見て貰いたいし。


「んー……んはぁ……伸びをすると体がコキコキ小気味いいですね。何か、爽やかな気持ちで……空気の澄んだ良い場所。鳥居を潜ってから空気感が変わった気がします」

「ここは既に『異界』だからね。生き物に快適な空気濃度に調整してるんだ。君が『前に居たとこ』も異界内だったけど、あそこは逆に気分を沈める結界が張られてた。今はもう『破られた』けど」

「そんな……だから、『初めて外の世界に出た』時、あんな晴れ晴れとした気持ちだったんですね。まるで、生まれ変わったみたいな」

「そゆこと。で、少し歩いてみて、気付く事ない?」

「気付く事……? あれ? なんか、【変な動物達】がのびのびしてる……?」


彼女が目を向けた先に居たのは、【ツノの生えたウサギ】、【翼を持ったネコ】、【飛び跳ねるゲル状の何か】。


「知りませんでしたっ。【表の世界】にはこんな変わった動物がのびのび暮らしてるんですねぇ。村の近くの森だとクマさんとかオオカミさんとかよく見ましたが……『引きこもってると』分からない事ばかりですっ」

「いや、あんな奇っ怪な子達が居るのはこの島ぐらいだよ(僕の知る限り)。んで、動物じゃなくて【魔物】。モンスターだの怪物だのと言ってもいいけど」

「ゲーム? みたいですねぇ」


のほほんとした反応だ。

一般人ならば創作だけの存在と思っていた【モノ】を見て目を白黒させ、言葉を失うか興奮するのに。

あそこにいる一般客カップルが分かりやすい。

触れようと近づいては居るが、『人に興味のない』魔物達はナンパをあしらう美女の様にスルリと離れて行く。

釣れない反応。客商売だってのに自由な子達だ。

まぁカップルはそれでも楽しそうだが。


「あれ? いつのまに? このグミみたいなゼリーみたいな子、寵さんの足にスリスリしてますよ?」

「この子はスライムだよスライム。定番の雑魚の代名詞じゃなく餌を取り込んで肉を溶かすタイプの強キャラ系のね(ヒョイ)」

「怖い! って、この子は寵さんから逃げませんね……持ち上げられてプルプル嬉しそうに震えて……あれ!? 他の色んな子達も寄って来ましたよっ」


僕の存在に気付いた魔物達が足下に群がる群がる。

スライムの様に抱っこして欲しいのか、ミャーミャーミーミーガルガルと鳴きながら僕の脚をヨジヨジ。

あっという間に前も背中にも頭の上にも魔物だらけ。

『敬意』の感じられない愛されようだ。


「はぇー人気者ですねぇ寵さん。よほど美味しそうな香りでもするのか(クンクン)」

「わしゃゴチソウか。あ、今の僕に近付かない方がいいよ」


フーッ!!


「ヒェッ! なんかモンスターちゃん達めっちゃ怒ってますよ! 睨まれてます!」

「そりゃあ、ぼかぁ【この子達の世界】だとまさに王子様的存在だからね。本能で好かれて、且つ護られちゃうのさ。僕の側にいる龍湖相手ならそりゃあ威嚇するよ、『近付くなメスガキ!』ってね」

「むぅ! ここで引いたらそれまでの女だと思われますねっ。龍湖は本気ですよ! 皆さんの寵さんに対する思いにだって負けません! フーッ!」


なんで威嚇し合ってんだこいつら。

全く……出逢った時の龍湖なんて、そりゃあ『神秘的で儚い印象のおっとりお姉さんキャラ』だったのに……どうしてこんなハイなキャラに。

そんな騒がしい遣り取りを周りから注目されつつ、進むごとに家来の魔物が増えてってさながらドンキホーテのようになりつつ、目的地の入り口である【城門】に辿り着く。

いや、あの鳥居をくぐった先の今居るこの世界自体が目的地でもあるんだけど。


「わぁ、なんだか急に西洋チックになりましたねぇ。レンガ造りの高くて分厚そうな城壁と、キリンさんでも通れそうな城門……人も凄い並んでて……この先にはやはりお城でもあるんですか?」

「あるよー。僕の誕生日とかめっちゃ人呼んでパーティとかするよー。ドレス着て武道会だよー」

「舞踏会……流石王子様はスケールが違いますね……あら? モンスターちゃん達、急に寵さんから離れ始めましたね? でもなんか不満そう」

「ああ。一応この門の先に低レベルの魔物は入っちゃいけないって決まりがあるからね。魔物の世界の決まりは絶対。ここで一旦僕らとはお別れさ」


ムームーゲヒャゲヒャクケケ!! と僕との別れを嫌がる魔物達。


「また帰りにここ通るからそれまで遊んでなさい。んーマッ」


 そんな子達一体一体に僕は別れのキスを見舞って納得させる。


「むむっ。な、なんて目に毒な光景を龍湖の前で……王子様のキス……う、うらやましいですっ」

「なら君にもシテやるからここで待ってろと言いたいけど、そしたらすぐ八つ裂きにされそうだから素直に付いて来なさい」

「王子様のキスは呪いを解くと本に書いてました。この子達も人間の姿に戻れるのでは? 『私の呪い』も消えるのでは?」

「わけわからん事を言うな」


そも、この子達は元から『人型』に成れるし。

それに、確かに僕のキスには解呪の力はあるけれど、既に彼女の呪いは『消えてる』し。

僕はポーッと顔を赤くする龍湖の腕を引いて進ませる。

行く先はあの城門……ではなく、その隣にある小さな扉。


「あれ? そこの人達の行列に並んで城門通るんじゃ?」

「あれは入園を今か今かと待つ一般客用出入り口。なんで僕がそんな庶民に混じらなきゃなのさ」

「傲慢な王子です……」

「扉の『スタッフオンリー』な表記を見て分かる通り、これは従業員口さ。当然並ぶ必要なんて無い」


僕は扉近くに居る従業員に挨拶し、「さ、開けてみな」と龍湖を促す。

彼女は顔に「?」を浮かべつつ扉を引くと……

「わぁ!」その先に広がる光景に体を仰け反らせた。

僕が支えなければ尻餅を付いていたくらいに。

全く、欲しいリアクションをくれる子だ。


それは、まさにRPGに出てくるような城下町。


雰囲気はオランダの街並みを再現した長崎のハウステンボスを思わせるが、ここの売りは一味違う。七味くらい違う。


「凄いです! どこか海外の街並みをイメージしてるんですか?」

「いや、モデルは海外じゃないよ。『剣と魔法の異世界』にある城下町さ。モデルというか完全再現だけど」

「魔法って……『寵さんが使ったアレ』ですっ?」

「そだねー。そっちの世界じゃ、殆どの人が簡単な治癒魔法なら使えるよ。僕クラスとなるとそう居ないけど」


「はぇー」と関心する龍湖だが、僕の話の意味はよく理解出来てないだろう。

まぁその内この世界の【常識】を知るだろう。

その時には解るさ。

この凡ゆる娯楽をちゃんぽんしたハイブリッドテーマパークの『異常さ』を。


「さ。折角今日はこの【プランテーション】に来たんだ。一日楽しもうよ」


手を伸ばすと、「はいっ」と彼女は僕の手を取った。

ようこそ異世界テーマパークへ。

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