第2話
畑仕事も終わって街道沿いに酒場を訪ねると、日の落ちない今頃から結構なことで、屋内は農夫たちの吐き出す酒気の臭みと喧騒とに満ちていた。ユッタは黙して黒パンと豆のスープを交互に含み、早々と戸外の空気を吸いに席を立ったのだが、
「ユッタ坊よ、たまにゃ買っていかねえのか」
呼び止めた野太い声は、ユッタと同じ修道院のヤッセという醜男のもので、鬱血したように赤黒い指先を、テーブルの間を縫って忙しく給仕に勤める娼婦へと向けていた。
継ぎの当たった
「そういう気分じゃないんだ」
「お前がその気になったためしがあるか。わかった、初心でからっきしなお前だ、緊張しいのおまけに、もしうまくいかなかったらば、なんて詮ない不安が先に立ってるにちげえねえ」
ヤッセは麦酒の盃を傾けながら立ち上がり、若いユッタのなで肩に丸太のような腕を回すと、酒場中に響く胴間声を張った。
「天使様の名の下に、青白い若人の一世一代の筆下ろし、我こそはという者はおらんのか」
途端、農夫たちの下卑た、それでいて明るい笑いが、酒場の壁を震わせた。ユッタは蒼白になったり、真っ赤になったり、ヤッセの剛毛の腕から逃れて「馬鹿野郎」と罵るが、笑い声に紛れて誰に聞こえるはずもなかった。
「絶滅危惧の初物じゃ、ご練達の君にたんとご指南賜わらなけりゃならんな」
唇の腫れぼったい近くの男が冗談めかして言うと、その傍に侍っていたやり手らしい女がユッタに色目を使ったが、男は慌てて女を
「明日ァ、晴れの祝いだろうに。前夜の宴にゃ、一杯聞し召すのが普通だぞ」
ユッタに奥手の自覚はなく、未成年の修道士に求められる貞操観念をもって、身を律しているに過ぎなかった。もちろん、自分が明日になれば成人とされる十八の年を迎えることも、成人式の前夜には通過儀礼の一環に娼婦と閨をともにする習慣が根強いことも、承知のうえのことである。
「女の一人も買えないたぁ、
酒場を主人さながらに切り盛りしている年嵩の娼婦――
(どうしてこんな生臭い女しか、小生には与えられていないのだろう。つがいに相応しい淑女というのが、なぜいないのか。この色狂いの飲んだくれどもが、仮にも修道の徒を名乗っていること自体、悪い冗談でもあるが……)
海際の
だが、地域どころか国家に根を張る火之本神話の宗教は、全国民に労務と同時に信仰の義務を課し、教区ごとに建造された共同制修道都市になべての人々を押し込んで、神たる天使への静謐な祈りはどこへやら、酸いの甘いの世事の縮図をひとところに味わわせてしまうものだから、これは血縁という寄る辺のない若者にとって、頼みの神に純粋不動の信仰を捧げるに、至って不便な環境である。
ユッタは酒場の戸口に立ち止まると、強いて厳かに十字を切った。
(天と智と神の火に誓い、善良に過ぎる者どもの、いずれ悔い改めんことを……)
敬虔を忘れぬ数少ない真の修道士として自尊の念を保てることは、ユッタの得た唯一の幸運であったが、俗塵を嫌う傾向はいや増し、意固地に悪化していくばかりである。
「天使様の逞しやかな胸板ばっかり思い浮かべて致しちまってるホモのユッタ坊は、せいぜいお祈り中毒の頭ン中で聖なるオカマでも掘られて、ご法悦にお涙してるこった」
聞き捨てならないことをのたまくのは、先ほどの口さがない唇の厚い男で、ユッタは瞬間かっと血が上り、勢い猛に男に向かい握りこぶしで走り寄ったが、突如目の前に踊り出た小さな人影に進路を塞がれ、おやと思う間もなく、たたらを踏んだその拍子に少女の身体をがっしと掴み、体勢を直そうとして抱き寄せる形となってしまった。
確かに少女であった。薄着を羽織って麦酒の盃を持ち運び、悪所で立ち働いている以上、身元も知れぬ娼婦に他ならなかったが、ご同業のそれのような歓楽に
「これはたまげた。初物は初物同士かい、
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