百四十三の城

私達が立つ中庭からは天守の入り口がポッカリと口が開いていた。


これからあの中に入るんだ・・・


そう思うと気持ちが高鳴るようで私の心の中は


『初めての天守、いざ参らん!』


と言った心持ちだ。


「楽しみやな。」


訪ちゃんはさっきまで私を指でうりうりしていたのに天守に入るとなるとワクワクと気持ちが抑えられないようだ。


先輩は私達の肩に手をおいて


「行きましょう。」


といざなってくれる。


その姿は明るすぎる太陽の光に照らされて私達を天国に導く天使のように見えた。


「はい!」


私はフンスと鼻息を鳴らして気合を入れて天守の入り口を満を持して潜った。








天守の入り口を潜って内部に入ると右手に突然木彫りで白塗りの虎と思しき像が私達を歓迎してくれる。


入場して本当にすぐの場所に置かれているので私は入場した途端に現れた白い虎の木造にギョッと面食らってしまった。


「ト・・・トラ?」


私は謎の虎の像を完全に虎だと言い切れない違和感があるように思える。


よく見ると虎の後ろ足と首にエラのような鬣がついていたからだ・・・


「そっか、この鬣が・・・」


私は虎の像をまじまじと眺めて呟く。


先輩は後ろから


「そうね、鬣が違和感を覚えるわね。」


と答えてくれた。


「そやな、まあでも虎は危険な生物やし、当時は動物園もないからまじまじと虎の姿を眺めて木像を彫るやなんて出来へんかったんやろうな。」


訪ちゃんも横からそう補足してくれる。


確かに動物園なんぞがない時代に危険な動物を目の前に置いて木彫りするなんて出来るわけないなんて当たり前のことだけど私は何故か訪ちゃんのその答えを口にするまで何故か思いもつかず、聞いて初めて心の霧が晴れたかのようにスッキリとした気分になった。


「確かに!そっか、虎は本当に当時は珍しい上に遭遇することも危険で稀な生物だったんだね。」


「そやなあ、龍虎相打つっていうて地上の強い生物として象徴されるほどの神格化された動物やからこそ、その姿は未知やったんちゃうか。」


訪ちゃんは何気なく言ったんだと思うけど私には全ての曇を晴らしてくれる素晴らしい非の打ち所のない回答のように思えて全てがスッキリと晴れたような気がした。


「虎は日本には生息しないしね。余計に当時の日本人にとっては未知の部分が多かったんでしょうね。あの秀吉も唐入りの際に朝鮮半島北部に生息する虎を見てみたいと思って、唐入りの先鋒に虎を捕まえて送るように命じると先陣の武将たちがこぞって虎狩りを行って虎の毛皮を大量に送ってくるものだから秀吉は一頭分も見れば満足だったのに送られてくる大量の虎の毛皮に命令したことを後悔して虎狩りを禁止させたって言うエピソードもあるくらいなのよ。」


普通は大量の虎を狩らせたところから加藤清正の虎狩りにつながって来るわけだが・・・私は大量の虎を狩らせた秀吉に悪意を覚える。


「秀吉・・・」


一瞬私の背中に黒い気が立ち上ったような気がしたがそれに気づいた訪ちゃんが焦って


「ほんまの話かどうか分からんで、秀吉が虎の毛皮が送られてきて嬉しかったって話から派生した逸話やから、うちらはその場にいた分けちゃうからなあ・・・」


と冷や汗をかきながらそう言った。


訪ちゃんの言葉に私の背中の黒い気がシューっと静かに消えたような気がすると訪ちゃんはホッとため息を付いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る