六十六の城

昨日明石城で楽しんだからか大阪城に来たのが随分と前の出来事のように思える。


昨日、明石城の|稲荷曲輪(いなりくるわ)で約束したので、私達は大阪城の隠し曲輪に足を運ぼうと山里丸枡形やまざとまるますがたおとずれていた。


お母さんのお陰で私がいらつくというおまけ付きだったが上手くたずねちゃんがなだめてくれたので私は何とか気を収めることが出来てお城を巡る気分になっていた。


「でもここって直ぐに天守だよね。」


私は白くて大きな天守を見上げて訪ちゃんに聞くと訪ちゃんは私の方をポンと叩いて山里丸枡形の隅の方に全く目立つこともなく、恐らく注視して見なければ全くと言っていいほど気づかないだろう隙間を指差していた。


櫓門の石垣の直ぐ側にある狭い隙間の奥には落下防止の柵が見える。


「あんなところに・・・」



私が本当に隠れている曲輪に感心すると


「あれはホンマに隠し曲輪やな・・・」


稲荷曲輪と違って本当に隠れている曲輪は名前の通りだ。


私達は早速隙間を抜けて隠し曲輪に侵入した。


大阪城はとても観光客が多い、とんでもなく人が多いのだ。


それなのにこの隠し曲輪にはほとんど人がいない。


もちろん人が多くて良いわけではないが、全く来ないのは違和感を感じる。


それくらい隠れているのだから本当に正面の敵に集中している戦闘中ではこんな場所に気づくはずがない。


ここなら反撃のために敵の側面痛めつけることは十分に可能だ。


「山里丸枡形は桜門枡形と一緒で大阪城の最終拠点やからな。なんとしても守るためにはこれくらいの工夫が必要やったんやろな。」


訪ちゃんは自分が知らなかった大阪城のギミックに痛く感心しているようだった。


私は隠し曲輪に訪ちゃんとは全く違う感想を持ってしまう。


「ここ・・・どうやて脱出するの?」


そう言って石垣の下を眺めた。


眺めた先は水堀だけだ。


もしもこの曲輪を使うような事態になったら選抜された部隊は確実に孤立することになる。


私は怖いなと率直そっちょくに感じた。


「ここまで敵が来たらほとんど落城したも同然や、本丸にいる味方に少しでも長く守ってもらって援軍の到着を期待するにはこの曲輪にいる部隊も必死になるしか無いやろな。」


訪ちゃんは少し深刻な声で言った。


それって・・・


戦争は残酷なのだ。


訪ちゃんの言う通りここまで敵が侵入してきたらほとんど絶望的な状態なのだろう。


本丸の人が生き残るためには少しでも時間を稼ぐしか無い。


そうなると少しでも敵を足止めしなければならないのだ。


「そっか、ここも使われなくって良かったスペースだね・・・」


私は隠し曲輪から天守を見上げてしんみりとそう言った。


「そやなあ・・・」


訪ちゃんも私の言葉の意味を理解してくれた。


「うちはずっと幕府軍が明治政府軍と大阪城で一触即発いっしょくそくはつになった時に大阪城で籠城ろうじょうをした場合、明治政府軍は勝てないと思ってたし、今もそうなった場合は幕府のほうが圧倒的に有利やと思ってる。それくらい大阪城は堅牢やねん。だけどさぐみんとお城を巡るようになって、大阪城が戦場にならなくて良かったと思うようになったわ。」


訪ちゃんも大阪城の天守を私と一緒に見上げた。


隠し曲輪は観光客が多く訪れる大阪城でも全く人が訪れないほどの隠れたスペースだけど、だからこそ戦争になってこのスペースを利用しなければならなくなった時は残酷な結果を覚悟しなければならないそう言う場所だ。


だからこそ使われなくてよかったと思った私の気持ちと同じものを共有してくれた訪ちゃんと本当の友達になれたんだなあと私は心の底から思えた。

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