二十七の城

夕方も少し日がかたむいて来た頃、大手門は白の漆喰壁しっくいかべが少しだけオレンジ色に染まっていた。


長い橋を多くの観光客が出たり入ったりを繰り返している正面に位置する門は大手一の門と言うらしい。


そう天護あまもり先生が教えてくれた。


「さて、なんでクレープに舌鼓したつづみを打ってるはずの天護先生がここに居るんや?」


訪ちゃんがいつの間にか私達の側に立っていた天護先生を見て悪態あくたいをつく。


「私だっていくら甘い物好きだって言ったってクレープばっかり何枚も食べれないわよ。あんた達がおそいから迎えに来てやったのよ。それにあんたが少しぐらい部活に参加しろって言ったんでしょうに・・・」


先生は私達を待ち疲れたのか少し声に張りがないような気がした。


今日は少し気温が高いから暑さにやられたのかな?


「まあ、少しくらいやる気になってくれたんやったらええんやけどな。」


天護先生が少し私達にお城のことを教えてくれた事を最初は少し驚いていたが、天護先生の言葉を聞いて少し嬉しそうにしていた。


私はそんな訪ちゃんの顔を見て本当は訪ちゃんも天護先生のことを嫌いじゃないんじゃないかなっと思った。


そう言えば授業中の天護先生は真面目で丁寧ていねいに、所作もたおやかな姿勢で私達に教えてくれる。


訪ちゃんも本当はそういう真面目な時の天護先生が好きなんじゃないのかなと訪ちゃんの嬉しそうな顔が私にそう思わせるのだった。


それに先生は大人だから普段着の先生と仕事着の先生をその場に応じて切り替えているのかもしれないな。


「たまになら、部活に参加してあげるわ。」


先生は相変わらず高飛車たかびしゃにそう言ったが、訪ちゃんが少し嬉しそうにしてるのを見て満更まんざらでは無さそうだった。


「先生、今日はありがとうございました。」


私は先生に頭を下げた。


経費とは言え入館料を出してもらったからだ。


先生は私が頭を下げたことをなんの事か分かっていないようで不思議そうな顔をしていた。


「先生、城下さんは博物館はくぶつの入館料のことを言ってるのだと思います。」


虎口先輩がそうフォローを入れると先生は


「良いのよ、あなた達の為になるなら。それに私のお金じゃないしね。」


と照れ隠しに悪ぶっていた。


少し先生が子供みたいに見えて可愛く思える。


「さあ、あなた達、今日は18時までで解散よ。お城を見るなら大手門で最後になさい。」


先生に言われるまで気づかなかったが時間はもう17時を10分ほど過ぎたくらいだった。


私達三人は顔を見合わせると一の門に向かって歩いていた。


天上から見下ろした大手門と違って近くから見ると物凄く大きく感じる。


色々とお城のことを知ってから見るとやっぱり違うなあと思わされる。


一の門は渡櫓門わたりやぐらもんよりは小さな門だけど、黒い鉄張りの門は重厚だし、門の横から顔を出す櫓もアクセントになって堅牢に見える。


そう言えばこの前訪ちゃんがあの櫓はなんとか櫓だって言ってたな・・・


私は昨日の記憶を探ってなんとか櫓の名前を思い出そうと思ったが中々思い出せずに喉の奥に何かが詰まっているように気持ち悪い思いをしているとそれに気づいた虎口先輩が


「あれは千貫櫓せんがんやぐらというのよ。」


そう教えてくれた。


そうだ、千貫櫓だ。


訪ちゃんはたしかにそう言っていた。


「千貫櫓はこの一の門を守るために作られた重要な櫓で、石山本願寺いしやまほんがんじの時代からこの位置にあるらしいの。」


そうなんだ、でも石山本願寺の場所は良くは分かってないはずなんじゃ?


私が疑問に思っているとその事を察知した虎口先輩は


「昔、顕如上人けんにょしょうにんが石山本願寺に立てもっていた時に信長がこの門から攻撃を仕掛けてよく苦戦していたのよ。あまりにも強力な横矢掛かりだからその後に作られたお城にも同じように千貫櫓を設置するように踏襲とうしゅうされたの。だから昔からこの大手門の位置には必ず千貫櫓が門に侵入しようとする外敵ににらみを利かせているのよ。」


そう教えてくれた。


確かにあの櫓凄く前に迫り出しているから少し傾斜のきつい橋で疲労しているのにこの鉄の黒い門で足止めされて、更に横から鉄砲で攻撃されたらひとたまりもないだろうな・・・


私がそう思ってまじまじと千貫櫓を眺めていると私達の後ろから


「信長があまりにも強力だった櫓を見て『千貫であの櫓が買えるならすぐに買うのに!』って悔しがったの。それで千貫櫓とていう名前がついたのよ。」


天護先生が名前の由来について説明してくれた。


私は多分目を丸くしてびっくりしていたのだろう。


先生は私がなんでそんな顔しているのか分からなくって不思議な顔をしていたが、私は思い出したかのように手を叩いて拍手をすると


「先生って歴史に詳しいんですねえ。」


と不用意に口走っていた。


私はすっかり先生が日本史の先生だということを忘れてしまっていたのだ。


「日本史の教師なんだからそれくらい知ってて当たり前でしょ!」


先生は顔を赤くして怒るが


「そらアイスやクレープがばっかり食べて部活に参加せんねんから、さぐみんがそう思ったって当たり前や。」


訪ちゃんが先生の怒った姿を見て爆笑してお腹を抱えて笑ってしまった。


先生はそんな訪ちゃんを見て更に顔に真っ赤にしてしまったためダルマみたいな顔になる。


訪ちゃんはそれを見て更に笑いが止まらないようだった。


「せっかく先生が少しはやる気を見せてくれたのに・・・」


虎口先輩は二人の姿に目も当てられなかったのか額に手を当てて大きくため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る