二十五の城

私達が衝撃しょうげきの小休憩を取った後、虎口こぐち先輩はブツブツと独り言を言っていた。


「やっぱり大阪のノリって難しいわ。いつになったら私馴染なじめるのかしら。もう5年も大阪に住んでるのに・・・」


「もうええやないか、十分馴染んどるよ。」


たずねちゃんが虎口先輩の独り言にあきれたように応じた。


今日分かったことは虎口先輩は思い込みが意外に激しいことと私がお笑いが得意だと思っているということだ。


思い込みが激しい事は人の性向せいこうだから仕方ないとしても私がお笑いが得意だという誤解ごかいはといとかないとな・・・


「私、このままだと城下さんのことを師匠ししょうって呼ばないといけなくなるわ。」


先輩は困った顔でほおに手を当てた。


私こそ色んな面で師匠って呼ばせてほしいくらいなのに、そんな事になったらどんな顔で学校に行けば良いんだ。


想像するだに恐ろしい。


「あほやなあ、お笑いが得意な人を師匠って呼ばなあかんルールが大阪にあると思ってる地方の人が意外と多いけど、そんなローカルルール存在せんからな。」


訪ちゃんが笑って否定してくれた。


「でも千穂ちほが初めて会った時に教えてくれたわよ。」


千穂ちゃん先輩・・・うっ、頭が・・・


私は何故かその名前に頭が割れるような痛みを覚える。


「千穂ちゃんは軽度のサイコパスが入ってるからな。あれは芸人の中のルールやから全く気にせんでええからな。」


と訪ちゃんは後頭部で手を組むと


「お笑いの話なんかどうでもええから、先へ進も先へ。」


そう言って頭を悩ませている先輩を促して先へ先へと進んでいった。



ちなみに二人の関係だが、なんのことはないただの親戚しんせき関係で、先輩のお父さんが訪ちゃんのお母さんの兄で、訪ちゃんのお母さんが大阪出身の兄の友人と結婚して大阪で住むようになったらしい。


兄妹仲が良く、妹婿いもうとむこが先輩の父の友人だったこともあって帰省や親戚縁者の集まり以外でも交流する機会が多く、よく一緒に遊んでいたため先輩と訪ちゃんは姉妹のように仲が良いのだ。


先輩の一家が東京から大阪に引っ越したのは5年前、京都の大手玩具会社の社員だった先輩の父が大阪支店に転勤になったのを機に訪ちゃん一家の家の近くにマンションを借りて生活していて、今はお互いの一家がほとんど毎日顔を合わせる関係になっていた。


先輩がお笑いのことでブツブツ言って悩んでいる間に全部訪ちゃんが教えてくれたことだ。


まあ、普通に考えたら縁戚関係で片がつく話だよね・・・



そうやって三人であれこれと楽しみながら展示物を見ていたが訪ちゃんがふと取り出したスマホで時間を見て


「アッ!やばいでもう16時20分や!急いで見んと閉館になってまうで!」


そう言ってあわてだした。


虎口先輩も右手の小さなローズピンクの腕時計を軽く見て


「あら、そうね。凄く残念だけどここからは足早に見てお城に戻りましょう。」


「ほんま小1時間じゃ何も見れへんなあ。せめて3時間はないとなあ・・・」


と訪ちゃんはどうしようもない時間のことでブツクサと不満げに愚痴ぐちをこぼした。


その後、駆け足で博物館を後にした私が記憶しているものと言ったら大きな祭りで使われる山車が迫力があった事と近代の心斎橋商店街しんさいばししょうてんがいを再現した等身大のジオラマ模型が展示されたコーナーだけだ。


私達は風のように博物館を後にするとエントランスで肩で息をしていた。


「放課後の博物館はアカンなぁ・・・」


「仕方ないわ、今度は休日の時間のある時に来ましょう。」


虎口先輩はこういうのも慣れているのか意外に疲れていなさそうだ。


「ここからはさっき上から見た大手門から天守に戻って天護先生と合流しましょう。」


私が肩で息をしているとすぐに息を整えた訪ちゃんが私の背中をポンポンと叩いて落ち着かせようとしてくれた。


「こんな程度で息が上がってるんか?こんなんじゃどこにも遊びに行かれへんやろ。」


「私の白い肌を見てアウトドア派だと思うんだったら眼科に行った方が良いよ。」


「そらそやな。」


と自然と昨日下駄箱げたばこでしたような会話とリンクしていたことに気づいて二人で声を上げて笑った。


「何してるの、二人共、行くわよ。」


虎口先輩は館内のエントランスではしゃぐ私達を見て子供をあやす母親のように呆れ顔になっていた。

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