氷の姫と旅人

信乃

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とある国に冷たく氷のような心を持つ美しい姫がおりました。


笑うことも、怒ることも、泣くこともありません。それどころか眉ひとつ動く様を見た者もいませんでした。


城に仕える医師たちは、首を横に振り

「どこにも異常はみられない」と答えるばかり。


いくつもの季節が過ぎました。

そんな季節の移ろいにも姫の心は動きません。


その間、姫を心配する王は道化師を城に招いたこともありました。

しかし、皆が笑うなか姫が笑うことはありませんでした。


母である王妃は国1番の菓子職人を招きました。

王妃主催のお茶会が開かれ、見た目にも可愛らしいお菓子が並びます。

客人である令嬢たちは、口に運んだお菓子にうっとりと頬を染め、夢心地の気分です。


姫もお菓子を口にしましたが、姫の心にはと届きませんでした。


なにをしても姫の心は氷ったまま。

いつからか、人々はそんな彼女を凍てついた心を持つ"氷姫こおりひめ“とよぶようになりました。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈┈••••✼

ある日のこと。

1人の若き男の旅人が城へ訪れました、


「この城に氷った心の姫がいると聞きやってきました」

不遜ふそんな態度の旅人に門番の兵士たちは問答無用で、その場から旅人を追い払います。


しかし


旅人は、その日から毎日欠かさず城を訪れました。

最初は門番たちも怪しんでいましたが、旅人と話をしているうちに彼が心根こころねの優しい青年であると知りました。


やがて、旅人の話は噂となり、王と王妃の耳にもはいりました。旅人は王と王妃への謁見えっけんを許されたのです。


旅人は恐れもせずに言いました。

「どつか、私にお任せ下さい。失敗した暁には、私はどうなっても構いません」


言外に、命をかけると宣言した旅人に心動かされた王は旅人に姫を会わせることにしました。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈┈••✼

「氷の心を持った姫。いいえ、本当は誰よりも優しい心を持った姫よ。貴女はなにを悲しんでいるのですか?」


痛ましげに姫を見つめる旅人に姫は、冷たくあしらいます。


「私に"悲しみ“などという感情は無いわ。そもそも、私はの心に感情なんて存在しない」


しかし、旅人は優しく反論します。


「いいえ、姫。心がある限り感情は貴女のなかにあるのです」


ほんの一瞬。姫のまつ毛が揺れました。

それでも、姫はかたくなに旅人の言葉を拒みます。


「ならば、心もないのでしょう」


旅人は首を横に振ります。


「いいえ、姫。生きとし生けるものには皆、心を宿しています」


姫は黙り込んでしまいました。

旅人は続けます。


「姫、私には貴女の固く閉ざされた心が見えます。その奥にある深い悲しみも・・・・・・」


姫の瞳が揺らぎます。


「姫、命とは限りあるものです」


旅人の言葉に姫は大きく目を見開きました。

旅人は、姫の手にそっと触れ言葉を続けます。


「そして、命の長さは、それぞれです」


「・・・・・・やめて」


絞り出す姫の声が震える。


「貴女の友は、貴女が心を閉ざすことを喜ぶでしょうか?」


「・・・・・・っ」

姫の脳裏に城の庭園で共に時を過ごした愛すべき小さな友に思いを馳せた。


「逆ならばどうですか?もし、貴女が天に召され、友が心を閉ざしたなら貴女は嬉しいですか?」

--違うでしょう?と旅人が柔らかく瞳を細める。

姫は俯き両手で顔を覆い、首を横に振ります。


「忘れたくないの。会いたいの・・・・・・。

会いにいきたい」

感情を抑えていたせいか姫は、幼子おさなごのように、心のままにつぶやきます。


旅人はそっと姫の膝に手を添え穏やかに微笑みました。


「大丈夫。いつか会えます」


顔から手を離し、姫は旅人の瞳を見つめます。その双眸そうぼうは温かく慈愛満ちていました。


「えぇ。だからこそ、姫。今を精一杯、生きてください。貴女が友と再会した時に胸をはれるように」


姫はポロポロと涙を零しながらうなづいた。

旅人が去った後、姫は少しづつ前を向き始めました。


周りに心配、迷惑をかけたことを謝罪し、

国の姫として、国民のために尽力すると王と王妃、そして多くの貴族たちの前で誓いをたてました。


(精一杯、生き、姫として力を尽くすことができたなら、きっとあなたに会いにいけるわね)


美しく澄んだ空へ今は亡き友に告げる。

そよ風が姫の頬なでていった。

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氷の姫と旅人 信乃 @kaku03

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