最終話 天。


 運命の日がやってきた。

 来たるべきときが刻一刻と近づいてきている。

 東の空は白みはじめ、水平線に陽が顔をだす。


 源之進は岩場に腰掛け、そのときを待っていた。

 額に白い鉢巻きを締め、たすき掛けをして袖を絞り、袴の股立ももだちをとっている。

 臨戦態勢は万全といっていい。もちろん、腰に差している刀はいつもの木刀ではない。本身の大刀だ。


「……勝てる…よね?」


 不安な声をにじませて、背後に立つたえが訊いた。


「わからぬ」


「でも……」


「六門を巡り、奥門に辿り着くことはできた。だが、それでやっと五分ごぶだ。五分の業前わざまえを獲得できたに過ぎぬ」


 静かな歩調で砂浜を踏む音が聞こえてきた。

 右手の向こうから海岸線を伝って何者かが歩いてくる。

 対手あいても鉢巻き、襷掛けの武者姿だ。


 源之進は腰をあげた。


「たえ……」


 振り向かず、背中でたえに呼びかける。


「なに?」


はらんだら、産んでくれ」


「ッ!…………」


 源之進は静かに歩き出した。

 満潮のみぎわを背に対手が待っている。


 対手は哀しそうな顔をしていた。

 憐れみの対象は源之進か、それとも運命か。

 潮騒が対決の刻を刻む。

 互いに剣を抜いた。


 刃鳴じんめいと波音が一際高鳴り、遠く天空の彼方に吸い込まれていった。




    了


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烈情 八田文蔵 @umanami35

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