第七話 煩 


 たえはなにかと話しかけてくる。

 それが源之進には煩わしい。

 なんとか明日までに、最悪、明後日の朝までに裏六門まで辿りつかねばならない。


 源之進はまた木刀を携えて小屋をでた。

 月が中天にのぼっている。

 満天の星々がきれいだ。

 目を瞑り、しばし潮騒に耳を澄ますと木刀をゆっくりと構えた。

 だが――


 表一門水之形みずのかたからつまずいた。

 水が淀んで滞っている。

 流れていかない。

 それは源之進の体内を巡る気の流れだ。

 雑念や煩悩が動きやキレを鈍らせている。


「くそッ!」


 思わず源之進は海に向かって吐き捨てた。

 これでは最初からやりなおしだ。

 六門流の奥義を極めるには表裏六門を完璧にこなさなければならない。

 最後の裏六門だけ決めたところで他門がおろそかでは見えてこないのだ。


 源之進は深く息を吸い、気持ちを落ち着かせると、もう一度表一門に向かった。

 寄せては返す波を斬るように木刀が跳ね、舞い踊る。

 今度はうまくできた。

 次は裏一門金之形きんのかただ。

 左に斬り下ろして右旋に転じるところでつまずいた。


「…………」


 やはり今夜はだめだ。

 なにをやってもうまくいかない。


「源さん……」


 背後で声がした。

 振り向かなくてもわかる。

 背中に柔らかいものが押し当てられた。

 たえの乳房だ。

 源之進は木刀をその場に捨てると、たえに向き直り、顔をつかんで口を吸った。

 かちかちと歯がぶつかる。

 源之進は砂浜にたえを押し倒した。

 煩悩を克服しなければならない。




    つづく


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