烈情

八田文蔵

第壱話 波


 その男は水平線に向かって木刀をふるっていた。

 寄せては返す波が彼の足元を洗う。

 男の名は――三雲源之進みくも・げんのしん

 時折発する短い気合いや甲声かんごえが潮騒に打ち消される。

 それでも源之進は叫んだ。

 潮騒にかき消されまいと、声を張りあげた。


 源之進の身なりはぼろぼろだった。

 擦り切れた武者袴を穿き、上は刺し子の野良着だ。

 陽に焼けた顔は真っ黒で、月代さかやきは伸び放題。蓬髪を後ろで軽く結んでいる。


 波が音をたてて膝下を濡らしている。

 形稽古に夢中になるあまり満ち潮に気づかなかったようだ。

 源之進は退がった。


 西の空に陽が傾いている。

 源之進はふと、背後に視線を感じて振り返った。


 女だ。

 風呂敷包みを抱えている。

 女が源之進に向かって笑った。


「来ちゃった」




   つづく


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