人間アレルギーの僕は。

月影いる

僕の苦悩、その人生


 石橋かなた。16歳。

 僕は、人間アレルギーです。親すら知らない、ずっと隠し通してきた自身の秘密。人間に触れることも、近づくことも出来ません。でもやむを得ないこともあります。例えば、買い物をしている時の会計だったり、学校内での生活だったり。そういうことがあったあとは、一人でトイレにこもり、身体中の水分が無くなるくらい吐いて、吐いて、吐き続けます。物心ついた頃からそんな傾向がありました。ずっと、ずっと。どうして生きているのか不思議に思うくらいです。この世に生まれてしまった以上、人と関わらないなんて出来ないのです。辛く、苦しい日々を僕はこの16年間隠し続けてきました。周囲は僕を変わっているとは認識しているようですが、それ以上は分かっていないようです。だからこそ皆揃いも揃って僕を避けるのですが、それでいいのです。知る必要などないのですから。そう思いながら今日も教室の窓側の席で外を眺めていると、

「石橋くん。」

 声が聞こえました。急に名前を呼ばれ、動揺を隠せない僕。ビクッとした後に声の方向に振り向くと一人の女子がこちらを見ながら立っていました。

「白本さん……。なんでしょう?」

 白本由梨香さん。同じクラスで明るく、フレンドリーな性格は男女ともに人気があり、皆の憧れの的……だと噂で聞いたことがあります。他のクラスメイトが僕を避ける中、彼女だけが僕に話しかけてきます。僕にとってはそれが不思議で仕方ありません。

「ねえ、もう放課後よ?またボーッとしていたのね?」

 口元を手で軽く隠しながらクスクスと彼女は笑って言いました。

「……あ。そ、そうでしたね。もう帰ります。それでは。」

 僕は慌てた表情で足早に教室から出ようとしました。

「待って!あの、私も帰るところなの。折角だし一緒に帰らない?」

 鋭く素早く発せられた言葉は、僕が教室を出るよりもずっと早く、僕に届いてしまいました。反射的に立ち止まってしまい、僕としたことが絶体絶命のピンチです。今でさえ人間アレルギーが少し出てしまっている影響で気持ちが悪くなっているのに、帰りまで一緒ということはその間に吐いてしまうかもしれません。

「……体調が……良くないんです。すみません。」

 僕は震える声で振り向かずに彼女に言いました。そして今度こそとばかりに足早に教室を去るのでした。

「あっ!お大事にねー!」

 後ろから彼女が叫ぶ声が聞こえました。彼女には悪い事をしたと思っています。でも辛いのです。帰りは人が少なくなってから下校します。このスタイルがとても合っていて気持ち的にも楽だったのですが、最近、何故か彼女が絡んでくるようになりました。向こうはどんな心境なのか分かりませんが、僕からするととっても迷惑な話です。放っておいてほしいと強く思います。誘われて今日で3日目ですが、断っているのになかなか諦めてくれません。

 十数分。追いつかれたくないからか、僕は気がついたら走って家に帰り、息を切らしながら玄関の扉を前に力なく座り込んでいました。夢中で走っていたようで、近くに咲いている菜の花に僕の汗が滴っていました。ふう、と一息つくと鍵を胸ポケットから出し、扉を開けて誰もいない家の中へ静かに入っていきました。

 両親は共働きで日中は家にいないことが多く、僕にとっては最高の環境でした。自室へ戻りバッグを放り投げるとベッド目掛けて身を投げました。天井を見上げ、目を閉じます。 ひとり。僕にとってこの時間は、まるでこの世界に僕だけのように感じて安心出来る、特別なもののように感じます。僕の呼吸と時計の針の音が静かな空間に小さく響いています。ひとりでいい。ひとりがいい。僕はこれからも人間関係を築くことなど出来ないのだから。

 

 次の日。眠い目をこすりながら、いつも通り学校へ行き下駄箱の扉を開けると、見慣れないオレンジ色の封筒が入っていました。恐る恐る封筒を手に取ると表面に『石橋くんへ 絶対に読んでね! 白本由梨香より』と書かれていました。念を押されてしまっていることもあり、サッと上履きに履き替えると隠れるように封をあけ、ため息をつきながら手紙を読み始めました。

 『石橋くん、ちゃんと読んでくれてるかな?心配だけど石橋くんのことを信じて続けるね!いつも声をかけても逃げられちゃうから手紙書きました!体調の方はどうかな?良くなっているといいんだけど、お大事にね!   あのね、石橋くんとはちゃんと話したことがないから一度でもお話してみたくて。もし何か困っていることとかあったら私に聞かせて欲しいなって。少しでも力になれたらなって思うからさ!もちろん、無理にとは言わないよ!話すのが難しければ手紙でも大丈夫だからね。  ひとりで抱えこまないでね。 白本由梨香』

 文章はここで終わっています。何度も考えて書き直したようで消したあとが残っていました。こんな風に手紙をもらうのは初めてだったので僕はとても困惑しました。困っていること、と言っても話して解決する訳でもないし、どうすれば良いのか全く分かりません。言ってしまえばこの手紙に困っている最中です。つい手紙を持つ手に力が入り、クシャ、と音がした直後チャイムが鳴り響き僕はハッとしました。このままでは遅刻してしまうと慌てて手紙をバッグに押し込むと眉間に皺を寄せながら急いで教室に向かいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間アレルギーの僕は。 月影いる @iru-02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ