第3話 深淵への階段ーアトランティスーにいたふたりの姉妹

 周囲には植物は存在しない。

 地層がむき出しになった地形が広がり、荒野の崖というべきそこにキャンプ地はあった。


 キャンプ地から肉眼で見えるところに『それ』は大口を開けて存在している。

 深淵からは風の唸る音は聞こえない。


 

 不気味なほどに無音なのだ。

 崖であれば風の唸り声くらいは聞けてもおかしくはないだろうが、その音すらも吸い込んでいるのか。


 存在そのものが異質にして異様。

 現実離れした漆黒の現実だ。


 そこにあるキャンプ地で大勢の人間が、ふたりに視線を向けている。


「この御方こそ、トラップ解除なら右に出るモンはおらんとされてるアンネリーゼ大先生や! 頭(ず)が高いッ! ひかえい、ひかえぇえええいッ!!」


「ちょ! シャチハタさん!? やめて! ホンットやめて!!」


「なぁに謙遜しとんのや大先生。ほれ、早う大先生の自慢の腕でパパッとトラップをやな!」



 全員が対応に困る中、奥から軽装をまとった小麦色の肌をした少女が歩いてきた。


 アンネリーゼたちをいぶかしげに睨んでいる。

 紫色のショートヘアーで、歳はアンネリーゼと同じか少し下か。


 それでも彼女以上に発育のよい身体つきをしている。

 紺色の瞳に宿す光は月のようで、どこか柔らかさとしたたかさを感じ取れた。


 だがそれ以上に一種の審判性を感じる。

 神話の女神がそうするように。


「アナタが紹介状に書かれていた専門家の方ですか?」


「は、はいぃ。まぁ、一応」


「そうそうそう! いやぁ、説得苦労しましたわ」


 アンネリーゼとシャチハタは嫌な汗をかきながらひきつった笑みを浮かべる。

 少女は腰に両手を当て、さらにいぶかしみながら観察。


「……私はグレイス。ダンジョン探窟を専門とする魔術師です。失礼ですが、これまでのご経歴は? さぞかし活躍されたのでしょう」


(ハイ死んだー)


 グレイスの疑問は当然である。

 シャチハタも一瞬顔をひきつらせた。


 そんなふたりに冷めた口調で彼女は告げる。


「ハァ、いるんですよねぇお宝目当てで変な嘘つく人。……あのね、こっちは遊びでやってるんじゃないんです。わかったらさっさと帰ってくだ────」




「どうしたのグレイス。ずいぶん賑やかねぇ」


 場の空気が一気に変わった。

 母親が子供に優しくするような落ち着きある声が耳介に届いた直後、全員の心から緊張が解ける。



 奥から現れたのはグレイスと同じ肌をした歳上のグラマラスな女性。

 踊り子かそれに近いような衣裳で、透き通るような大きな帯を伝説の天女のようにまとわせている。


 足元まで届きそうな長い髪を揺らしながら、朗らかな笑みで女性は静かに足を運ばせた。


 その柔和な気品さに思わず心臓をわしづかみにされたような感覚に。

 


「ラクリマ姉様、すみません休憩の邪魔をしてしまって……」


「いいのよ。で、この人たちは?」


「専門家を名乗る不届き者です。今お引き取り願おうとしていたところです」


「あの、待ってください」


 アンネリーゼは勇気を出して自分の言葉をようやく口にする。

 

「バレバレの嘘をついたのは謝罪します。ごめんなさい。でも、私……どうしても行きたいんです!」


「アナタ、性懲りもなく……────」


 しかしラクリマが妹を手で制するようにさえぎった。


「……続けて」


「はい。私の一族は例の災害で没落したと聞いています。ここへ来れる話を聞いたとき、縁を感じたんです。……だから、その」


「ふん、それだって嘘に決まってます! 姉様、こんな連中さっさと追い出して……」


 その直後、ラクリマが柔らかな手つきでアンネリーゼの頬を包み込む。

 ラクリマの視線と重なったとき、不思議な感覚を覚えた。


 グレイス同様の紺色の瞳。

 しかしその目に宿るのは輝かしくも優しい光。


 満天の星空を見ているような広大さを感じた。

 ジッと見つめられ心の奥底まで観察されている、のかもしれない。


 だがまったく不快感は感じなかった。

 人間の清濁含めて包み込むような、そんな母性的な包容力がある。


 しばらくしてスルリとラクリマの手が離れ、優しげに微笑むと。


「アナタ、トラップ解除はできるの?」


「は、はい! やれます!」


「危険よ? 命の保証はできない。何人も死にました」


「覚悟の上です。────それに、トラップが未知のものでも、多分大丈夫です。私なら」


「それは、なぜ?」


 今度はまっすぐにラクリマを見て。




「変な表現かもしれないですケド。……

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