第39話 聖女の罪を暴け①

 勲章授与式の日は、朝から夕立のような土砂降りだった。

 空は夕暮れのように暗く、地面から跳ね返るほどの大粒の雨が降り、王宮に馬車で次々と到着する参加者たちの服を濡らす。

 広い謁見の間はタペストリーや色とりどりの盾で飾り立てられ、授与式の時刻が近づくにつれ、人々が次々にやって来た。

 たくさんの椅子が玉座と向かい合わせに並べられ、式に招待された貴族や高官たちで埋まっていく。皆、場にふさわしい晴れ着を着ており、広い謁見の間が一層華やかになる。

 

 ギディオンの父親であるランカスター公爵も来ていた。

 公爵はずいぶん痩せていて、顔色が悪いようだ。跡取りの愛息子の戦死を伝えられ、食事は喉を通らないのかもしれない。彼は勲章を受け取るべく、玉座の前に向かった。

 ここに来られない息子の代わりに。


 受章者たちが揃うと、謁見の間に軍務大臣の声が朗々と響いた。受章者一人一人の功績が読み上げられ、そのたびに割れんばかりの拍手が続く。

 全員分が読み上げられると、玉座に座っていた国王がいよいよ動いた。

 玉座から立ち上がり、滑らかな動作で深紅の絨毯の上を歩く。聖女に足を治してもらった国王は、もう杖を使っていない。


 国王が受章者たちの前までやってくると、名を呼ばれた兵士たちから順番に一人ずつ、前に進み出る。

 彼らの氏名が読み上げられていき、順番に国王が勲章を授けていく。雪の結晶のような形をした銀色の勲章を胸に、受章者たちが皆、誇らしげに顔を紅潮させた。

 ギディオンの名前が呼ばれ、ランカスター公爵が国王の前に立つ。彼は戦地で功績をあげた魔術兵の団長ギディオンの代わりに、勲章を受け取る為に頭を下げた。


 玉座から少し離れたところに立っていた王太子は、公爵の動きを目で静かに追っていた。

 彼は斜め後ろに控える私の視線に気がつくと、小声で言った。


「ギディオンをミクノフに送った俺を憎んでいるか? 俺の警護など、したくないか?」

「私情は挟みません。これは仕事ですから」

「見上げた勤務態度だな」


 王太子は小さく笑い、肩を竦めた。

 公爵の後に名前を呼ばれたのは、聖女だった。

 会場中の視線が聖女に集まる。

 聖女はしずしずと白いドレスの裾を靡かせながら、国王の前に進み出て、彼と向かい合った。

 国王が他の受章者たちと同じ、銀色の勲章を聖女に授ける。

 だが今回はそこで終わらなかった。

 続けて侍従が国王の隣に素早くやってきて、布張りの小箱を差し出したのだ。国王がその中のものを取り出す。

 それが何かを認めるや、会場はさざなみのようなざわめきに包まれた。

 国王が聖女に向かって両手で差し出したのは、銀色に煌めく、ティアラだった。


「聖女アイリス。余はそなたをレイアの王太子の婚約者として、ここに宣言する」


 誰もが息を呑んだ。

 そして、聖女は感激したのか、両手で胸元を押さえ、顔を紅潮させている。そうしてゆっくりと膝を折り、頭を垂れた。

 国王がその黄金色の髪の上に、ティアラを載せる。


「王太子妃のティアラを、聖女に授ける」


 国王がそう宣言し終わったのと時を同じくして、その場に大きな声が響き渡った。


「お待ちを!!」


 謁見の間は騒然とした。誰がそんなことを叫んだのか、と皆が視線をさまよわせ、声の主を探す。

 皆の前に進み出たのは、ひとりの中年の男だった。

 紺色のジャケットの上には数々の勲章をつけ、身なりも非常に良い。最前列にいたことから、その地位の高さも分かる。

 国王は予期せぬ妨害に怒りで顔をしかめ、怒鳴った。


「待てとはどういうことだ! トレバー侯爵!!」 


 聖女が王太子妃の婚約者となることに異議を唱えたのは、四大貴族の一人、トレバー侯爵だった。

 彼は聖女の隣まで大股で歩くと、国王に言った。


「聖女アイリスは、陛下が思われるような、清楚な女性ではありません。この女は、悪女です」

「何を申すか! 無礼な!」


 周囲の者達も、トレバー侯爵を煙たそうに見つめる。

 侯爵殿はご乱心か? との声があちこちから上がる。

 だが彼は毅然と続けた。


「この女は、聖女に選ばれる直前まで私の息子のベンジャミン・トレバーを弄んだのです。親友の婚約者だったにも関わらず籠絡し、挙句に親友と婚約破棄をさせておきながら、突然息子を捨てました。まるで目新しい玩具に飽きたように」

「嘘を申すな!」


 怒る国王の前に、転がるように一人の中年女性が進み出た。

 今度は何事かと、皆が目を白黒させている。

 女性はぶるぶると震える手を胸の前で組み、国王を見上げると緊張からか裏返る声で話し出した。


「嘘ではありません、陛下。ベンジャミンに婚約破棄をされたのは、私の娘のミアにございます。直後に服毒して自殺未遂をはかり、今も昏睡状態から目覚めません!」


 その場の空気が、明らかに変わった。

 困惑した面持ちで皆がミアの母と、トレバー侯爵を交互に見つめる。

 だが国王は強気な態度を崩さなかった。彼は二人を怒鳴りつけた。


「トレバー侯爵、これは競合する聖女の実家のゼファーム侯爵家を陥れる策謀だな? ただの言いがかりにすぎぬ」


 ミアの母に続いて、彼女の隣に進み出たのは、キャサリンナだ。

 震える足を踏み出し、国王に向かって膝を突く。

 一斉に向けられる注目を痛いほど感じながら、キャサリンナが緊張で上下に揺れる右手で、二通の便箋を取り出す。


「証拠なら、ここにございます。これを陛下に提出いたします」


 侍従がやってきて、キャサリンナが捧げ持つ便箋を取り上げると、国王に手渡す。

 国王は便箋を広げて読み始めるや、明らかに顔色を変えた。

 無理もない。

 一通はキャサリンナが妹から預かった手紙なのだ。

 ミアがアイリスから貰った、彼女を慰める手紙だ。

 もう一通はベンジャミンにアイリスが送った、熱い愛が綴られた手紙だ。こちらはベンジャミンと親しくなったマックが取り寄せたものだ。

 どちらも同じ筆跡だった。

 読み終えた国王は、便箋をグシャリと握りつぶした。


「これが何だと言うのだ。若かりし時は、このような恋に落ちるものだ。誰しも青春のあやまちを持つもの。ただの恋の駆け引きではないか」


 ざわめきがその一言で無理矢理おさめられようとしていた矢先。

 謁見の間の扉がバタン、と乱暴に開かれ、二人の男がつかつかと中に入ってきた。

 黒と銀のかっちりとしたその制服は、王都警備隊のもの。

 そこに登場したのは、上司を連れたマックだった。

 二人は皆の困惑をものともせず、堂々とした足取りで謁見の間の奥まで進み、国王の前で膝を突いた。


「王都警備隊長!? 何用だ!」

「急ぎ、ご報告申し上げたいことがございます。先日の王都の舞踏会場の火災が、出入りの掃除人による放火だと発覚しました」


 謁見の間がざわつく。

 警備隊長がパチンと手を鳴らすと、数人の警備隊が一人の痩せた若い女を連行してきた。

 ひきずるように国王の前まで連れてくるや、彼女を跪かせる。


「この掃除人が白状しました。聖女様の侍女に金で頼まれて、放火をしたと」


 その場に居合わせた人々が、驚愕に目を見開いてどよめく。次に発せられた国王の声は、酷く低い。


「その侍女とやらは、どこにいる?」

「火事の翌日から、行方知れずになっておりました。捜索しましたところ、王都の井戸の中から身元不明の女性の遺体が出てきました。大方、被害の大きさを目の当たりにし、騒いだために口封じに殺されたのでしょう。その侍女は『聖女様に頼まれて、取り返しのつかないことをしてしまった』とだけ家族に告げていたそうです」


 嘘よ! と聖女が叫ぶ。王太子が駆け寄り、聖女を庇うように抱きしめる。

 国王は王都警備隊長に険のある瞳を向けた。


「何が言いたい? 聖女を傷つける者は、死罪と昔から決まっている。このような大胆な陰謀をする覚悟はできているだろうな?」


 王都警備隊が動揺し、マックが身構える。

 もう、我慢ならなかった。この国王は本気で聖女が無実だと思っている。だから、始末に悪い。

 私は謁見の間の隅からゆっくりと歩いて、国王の近くに行った。今度はなんだ、と言いたげに国王の視線が私に向く。


「あの火事の夜、聖女様は荷馬車と衝突する事故を起こしました。車体に男性が挟まれましたが、介抱もせず私の制止を振り切って、火事現場に向かわれたのです」

「陛下、この者の戯言です! わたくしがそんなことをするはずがないではありませんか!」


 王太子にしがみついて、聖女が黄金の頭を振る。

 

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