第7話 バークレーのママ

ここは美涙さんグループがアフターでよく利用する

『バークレー』というナイトレストラン。

ママはその昔、壮絶な人生を体験してきた人で

満州で生まれて戦後まもなく髪を丸坊主にさせられ

大連港から船艙に隠れ命からがらやっとの思いで日本に引き揚げてきた。

その後、銀座の『ダンスホール』でナンバーワンダンサーとして働き

中東の大富豪のお客様から求婚されたこともあったが

結局、当時ピアニストだった男性と結婚した。

店内は20坪位でそれほど大きくなく奥にはグランドピアノがあり、

その壁にはフラメンコの女性が官能的な表情の大きな油絵が飾ってある。

ママの長男はアメリカのバークレー音楽学院でピアノを勉強していたという

ピアニストでクラッシックから演歌までなんでもこなす。

それがお店の名前の由来にもなっている。

ママの次男がシェフを担当していて有名な洋食屋で修業したとあって

かなり本格的な料理が楽しめる。

ママのことはみんな『おかあさん』と呼び家庭的で都会的で

毎日のようにみんなが集まる言わば風花の別館となっていた。


『もう頭にきちゃう!絶対、奈々ママの陰謀だわ』

とまだ興奮さめやらぬ口調の由佳さん。

『まあまあいいじゃないの。誰が悪口言ったとか言わないとか

そんなことたいした問題じゃないわ』

『だってあからさまな中傷じゃない!

まるで美涙さんが言ってるみたいな・・・。』

『私がそんなことしないってみんな分かっていると思うし

こんなことで私のお客さんがいなくなる訳ではないじゃない。

まあ言いたい人には言わせとけって感じよ。

こっちが騒げばよけい面白がる人達だから放っときましょう』

美涙さんはそう言いながらいつものカクテルを上品に飲んだ。

『そうですよね。今度はこっちから罠をしかけてやる!』

『由佳ちゃんそれじゃ同じになっちゃうわよ。あくまでこっちは正当派でいかなくちゃ。お客さんを大事にして真心で接するの。それが私たちの仕事よ』

『そうですよね。まあ今日は気分を変えて飲みますか』

やっと由佳さんも落ち着いたようでいつもの和やかさに変わった。


『そうそう今日は美月ちゃんの歓迎会しない?』と

美涙さんが優しい眼差しで私を包む。

『おかあさんこの前入った新人の美月ちゃん、宜しくね。

まだ右も左も分かんないって感じだけどなんか初日からお客さんからあの子の名前は?なんて聞かれるくらいなのよ』

と由佳さんが紹介してくれた。

『あっ、宜しくお願いします』

『美月ちゃんね、宜しく。そう確かにあなた何か持ってるわね。

何かは分からないけどちょっと生年月日と名前ここに書いてみて』

とママは私をじっと見つながらメモ用紙を渡した。

そしてそのメモを見ながら真剣な表情でぶつぶつひとり言を言っていた。

『なるほどね、あなたは間違って女性に生まれたのね。

本来は男として生まれるはずだったのよ。

だから男性と同じでずっと仕事するわね。そしていつか成功して人の上に立つわ』

(えっ!本当は男?生まれた時から女ですけど・・・ずっと仕事するって結婚は??)

『すいません。それって結婚できないって意味ですか?』

と恐る恐る聞いてみた。

『いいえ、それは結婚できないってことではなくて

男として生まれるはずだったから結婚してもずっと仕事との縁は切れないってこと。そこを理解してくれる男性ならばいいけれど

それは難しいかと思うわ。ごめんなさいね。初めて会ったばかりなのに

言いたいこと言っちゃったわ』

これがバークレーのママとの始めての出会いでした。

後から聞いた話しではこのママの占いは驚くほど当たるという評判で

わざわざその為に来店するお客さんもいるそうです。


それから数年後、私の人生を大きく変える出来事があり

そのきっかけを作ってくれたのがこのママだったのです。

その時は知るはずもなく美涙さんや由佳さんから歓迎会をしてもらい

波乱の総合ミーティングの夜は終わったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る