最終話 リビルドヒストリア
カティアを大破させたアレクシアは、メンテナンス用の橋からマリカを見下す。
多少のダメージを受けているので万全な状態ではないが、マリカ一人を叩き潰すくらいの力を発揮することはできるので、先程までの焦った様子とは異なり余裕そうな表情をしていた。
「さあ、諦めなさい。もうアナタに勝機は無いわよ」
「ふん・・・魔道推進機関はもう少しで壊れるよ。そうすりゃアナタの計画も終わりなんだ!」
マリカの攻撃で魔道推進機関の表層部は傷ついていて、あと一撃でも与えれば完全に破壊することが可能だ。この装置を失った魔道艦は浮遊することができず、魔道艦が動作しなければアレクシアの人類抹殺という野望は叶わなくなる。
「それはヤメておいたほうがいいわ。今直すというのなら、まだ許してあげてもいい」
アレクシアは脅すようにマリカに対して杖を向けた。
さすがの魔導士といえども魔弾の直撃を受ければひとたまりもないが、しかしマリカは屈することなく闘気を纏っている。というのも、カティアを痛めつけた相手の言いなりになる気など全く微塵も無いからだ。
「アナタのリペアスキルは私の役に立つ。他の人間は全て粛正するけれど、協力するのならばアナタだけは私のペットとして生かしてあげるわよ?」
「どうして、そこまでして人間を・・・?」
「女王などを見ていれば分かるでしょう? まったく自己中心的で、力を悪い方向に活用しようとする。そんな生命体の行きつく先は破滅であり、真実、旧世界は人類同士の争いの果てに滅亡を迎えた。恐らくは今の世界も同様の結末を迎えることでしょう。ならば私の手で消滅させても何も問題は無いわ。むしろ、この悪意ある生命など早急に処分されて然るべきなのよ」
「けど、そんな悪い人間だけじゃないよ! 一部の人間だけを見て、皆が同じとされるのは困る!」
「同じよ。アナタだって強大な力を手に入れれば女王共と似たような行動に出るわ・・・・・・さて、おしゃべりはここまで。私に協力するか否か・・・答えを聞かせてもらいましょう」
杖に魔力が充填していくのをマリカは感じ取る。だが、マリカの心は決まっていた。
「答えはコレだよ!」
マリカは剣に魔力を流し、強烈な一撃を魔道推進機関に叩きこもうと振りかざした。この一撃さえ繰り出せれば、例えマリカが狙撃されたとしても戦術的に勝利することができる。
「バカね、アナタは!」
その返答はアレクシアでも予想できたもので、杖から魔弾を発射しようとグッと突き出す。
しかし、
「わたしの主様に手出しはさせません・・・!」
金属の腕がアレクシアに投げつけられ、杖に直撃して魔弾の弾道がズレた。
あらぬ方向に飛んだ魔弾は動力室の装置の一つを穿ち、炎上して真っ赤な火が噴き出す。
「まだ動けたというの!?」
驚愕するアレクシアの視界には、かろうじて稼働しているカティアの姿が映った。
もう立ち上がることさえできないカティアではあるが、マリカを守ろうとする気持ちだけは失われていない。千切れた自分の左腕を掴み、それを投げつけてマリカへの攻撃を阻止したのである。
「あの女がそこまで大切なの!?」
「マリカ様は、わたしの全て・・・あのお方に出会うため、わたしは造られた!」
「量産型の下賤な機械が何を言うの!!」
またしても妨害されてキレたアレクシアは、トドメを刺すために攻撃対象をカティアに変えた。
この時、カティアにはすでに対抗手段は存在しないため、マリカを撃っておけば魔道艦を守ることができたかもしれない。
しかし、そうせずに感情に任せてしまったのは、人間に近い思考を持つように設計されたアンドロイドのサガだろう。合理性を捨てた知的生命である人間をアレクシアは愚かしい存在としていたが、結局は自分も理性より感情を優先してしまったのである。
それが、致命的であった。
「しまった!?」
突如として大きく艦全体が揺れる。その原因はマリカで、彼女の渾身の一撃が魔道推進機関に炸裂し、大きな爆発と共に破壊されたのだ。
爆発は次々と連鎖して、アッという間に動力室全体が熱と火炎に包まれる。もはや逃げ場もなく、アンドロイド二人のいるメンテナンス用の橋も無事では済まなかった。
「何故、こんなことに・・・・・・私の悲願が・・・・・・」
足場が崩壊して落ちかけたアレクシアは、咄嗟に橋の残った部分を手で掴む。それはカティアも同じで、手を放してしまったら地獄のような業火に落下してしまうだろう。
「ふふふふふふ・・・・・・終わりね、アナタも私も」
敗北を悟ったアレクシアは、達観するように事実を受け入れて自嘲している。リミッター解除とガトリングガンの連射によって魔力を消耗してパワーダウンしており、もう自力で橋の上によじ登るだけの力は無いのだ。
「そうですね・・・・・・マリカ様、先に逝く事をお許しください・・・・・・」
カティアはマリカへの別れの言葉を消え入りそうな声で呟き、崩れる橋と共に落ちかけていた。せめて最期に一目会いたかったが、むしろ、この爆発から逃れて安全な場所に退避していることを願う。
だが、駆け寄る足音が近づき、力強くカティアの腕を掴む。
「カティアは死なせない! 私が助ける、リペアスキルで何度でも!」
その人物、マリカが全力全開のリペアスキルを発動しカティアの傷を癒していく。首や頭部の損傷は勿論、高機動ユニットまでもが修復され、力を取り戻して橋の上へと戻ることができた。
「ありがとうございます、マリカ様。でも、わたしのために無茶をさせてしまって・・・・・・」
「なに言ってるの。カティアのためなら、例え炎の中だろうがドコにだって行くよ。絶対に」
マリカの言葉に籠る強い意思を感じ取るカティアは心底嬉しそうにしているが、周囲の状況を考えると悠長にしている場合ではない。炎の勢いは増し、橋全体が包み込まれるのもスグだろう。
そんな二人を見ていたアレクシアはフッと小さく笑い、マリカに向けて口を開いた。
「マリカ・コノエ・・・人間が皆アナタのようなら良かったのにね。思いやりがあって・・・・・・誰かを大切にして、自分の事をかなぐり捨ててでも助けるような・・・・・・」
「もっと早くアナタがマリカ様と出会えていれば、そんなに人類に絶望することもなかったのでしょうね・・・・・・」
「かもしれないわ。カティア、アナタが羨ましいわね」
これは嘘偽りない純粋な感想だ。
アレクシアは長い期間王族のサポートをしていたことから、女王と関わりのある議会メンバーや一番街の富裕層との付き合いもあった。そうした人々は欲望と快楽をひたすらに貪る自分勝手な連中ばかりで、更には他者を蹴落とし自らの権威向上だけを追い求めるような存在であった。
挙句には女王を筆頭に魔道艦という絶対的な兵器を手に入れ、他国をも制圧しようとする姿勢は、同族紛争によって滅亡した旧世界を見ているように感じたのだ。まさに愚の歴史を繰り返そうとしていたのである。
これではティーナのいう進化を目指すなど到底不可能であり、調和も平和も望まない人類など滅ぼしてもいいやと判断を下すのも必然ではある。
「さようなら、お二人さん。末永くお幸せにね」
それだけを言い残し、アレクシアは橋から手を放した。
灼熱の火炎の中へと落下していって、その姿は見えなくなる。
「・・・行きましょう、マリカ様。ここは危険です」
「だね。カナエ達と合流しよう」
「はい。あっ、その前にアレを回収させてください」
カティアは腕を拾ってマリカにスキルをかけてもらい、これで体は完全に元の姿へと復元された。
そして切れたシュシュをポケットに仕舞ってマリカを抱え、高機動ユニットのスラスターを吹かして跳躍。業火の中を高速で飛行して入り口を目指す。
「マリカ様、ちょっとだけ目を閉じていてください。炎を突っ切っていくので」
「うん、頼むね」
更なる爆発が巻き起こる動力室から二人は飛び去り、カナエ達が戦っていた格納庫を目指した。もう魔道艦の崩壊は始まっており、このままでは皆も巻き込まれてしまうので脱出を促さなければならない。
しかし直後、魔道艦ザンドロワは爆光を吹き上げながら前後に真っ二つに折れた。まるで火球のようにいくつもの残骸を撒き散らしながら高度を下げていき、ついに落下して王都一番街を粉砕するのだった・・・・・・
ザンドロワ撃沈の翌日、王都はまだ混乱の中にあった。
それも当然で、街全体が大きな被害を受けた上、女王以下重鎮らも死亡したために指揮系統が失われているのだ。
だが人は強い生き物であり、生き残った者達は協力して救助活動や復興へ向けて動きはじめている。
「アンヌ様、それではお願いします」
「ン・・・任せよ」
特に甚大な損害を被った王都一番街、その中心区画に大勢の人々が集まっていた。ここは昨日まで高級マーケットのあった場所であるが、面影は無く建物の残骸が無惨にも転がっている。
その人々の前にアンヌ・シュバルク・カイネハインが立つ。エーデリアとシェリーの母であり、ディザストロ社の社長であった彼女は魔道艦に招かれた客での数少ない生存者だ。今や指揮を執れる人物がいなくなったことから、アンヌのカリスマ性が見込まれて臨時政府の代表に急遽就任したのである。
「私はアンヌ・カイネハイン、ディザストロ社を率いている者だ。この度、私はザンドロク臨時政府首長の任に就いたことを報告させてもらう。我らが祖国は皆も知っての通り、過去に例を見ないほどの大きな被害を受けた。この一番街だけでなく、ザンドロク・ドミニオン全ての地区に及んでいる。死者の数も計り知れないだろう・・・・・・」
演説を行うアンヌの近く、そこにはエーデリアとカナエの姿があった。負傷している様子はなく、手を繋いだまま寄り添っている。
「あたし達が助かったのは奇蹟だよな。マジで死にかけたもんな・・・・・・」
「ですね。ギリギリで潰れずに済みましたが、少し位置が違っていたら魔道機兵達のようにペチャンコになって即死していたかもしれません・・・・・・」
「怪我もアオナさんに治してもらえたし、もう少しすれば体調も戻るだろうぜ」
「そうしたらシェリーお姉様とアオナさんに合流し、復興活動に参加しましょう」
魔道艦落下時、カナエとエーデリアは大きな傷を負ってしまった。出血も酷く、このまま死を迎えるのだろうという覚悟さえ決めたレベルだったのだが、すぐにアオナによって治癒スキルのハイレンヒールをかけてもらった事で命を繋げたのである。
アオナは建国祭に合わせて王都を訪れており、魔道艦の騒動が起きた際には戦闘にこそ間に合わなかったが、墜落した後に救護に来てくれたのだ。
エーデリアはまだ体の痛みを感じながらも、アンヌの背中に目を向ける。
「だが、我々は諦めない。必ずやザンドロクを復活させ、昨日までの、いや昨日まで以上の素晴らしい国を作っていこうではないか。これは人間一人にできるものではなく、皆と共に力を合わせて手を取りあうからこそ成し遂げられる事だ。そして、今日を新たな建国記念日とし、来年こそは笑って迎えよう」
アンヌの言葉に集まった民衆は頷き、惨状を前にしても諦めないという意思を宿していく。
確かに人間はアレクシアの言うように自己中心的な愚かしさを持つ種族だが、それ以外にも良い面はある。優しさや他者を尊重できる者も間違いなく存在し、そうした人々が未来への希望を示していくのだ。
「そして、その第一歩はココから始まる」
アンヌが手で一人の人物を示す。
「マリカ様、出番のようです」
「よーし! 気合入れていくよ!」
視線を一身に受けるのはマリカだ。緊張をしながらも両手をかざし、目の前に転がる黄金のオブジェに対してリペアスキルを行使した。
このオブジェは高級マーケットの前に立てられていた物で、植物のユリの花を模している。前に訪れた時には立派にシンボルとしての役目を果たしていたが、今は見る影もなく壊れていた。
「リペアスキル!!」
青白い燐光がマリカの手から溢れだし、オブジェを包み込んでいく。すると、折れた幹の部分や割れた花が形を取り戻していった。くすんだ金色もピカピカな光沢を放ち、数十秒後にはユリのオブジェが咲き誇るように立ち上がる。
今後は希望の象徴として人々の心に刻まれるのだ。
「さすがはマリカさんのリペアスキルですね。アナタのスキルがあれば、街の復興も一瞬で終わるでしょう」
「ふふ、頑張るよ。このスキルが役に立つなら」
「きっとマリカさんの活躍は後世にも語り継がれると思います。ザンドロク復活の立役者として書籍にも残されるかもしれません」
「歴史に名前を刻めるってのも悪くないね。もし本当に書物に残るなら、カッコイイ名前のタイトルを付けてほしいな」
旧世界の史料のように、マリカの記録が示された本や伝記が書かれたら誰かが読んでくれるかもしれない。それは自分が生きた証を残すことであり、マリカという人間が存在したことを知ってもらえるのは嬉しいことだ。
「なら”マリカ伝、カナエ・ホシオカも添えて”なんてどう?」
「カナエさん・・・・・・わたくしとカナエさんは別の記録を残して伝説になりましょう」
「だな!」
自己主張の激しいカナエの案は即座に却下され、代わりにカティアが何かを思いついたらしい。
「では”リビルドヒストリア”なんていかがです? 修復と再構築の歴史が記された史書という意味を込めてあります」
「あ、いいねソレ。ついでに”ジャンク屋少女とアンドロイドメイド”ってサブタイトルも付けよう」
「わたしも含めていただけるのですか!?」
「そりゃ当然。だって、私の物語はカティアと歩んだ物語だもの」
実際にカティアと出会ってマリカの新しい人生が始まったと言っても過言ではないのだ。この一連の騒動もカティアと共に乗り越えたのだし、もはやマリカという人物はカティア無しでは語れない。
「これからの人生もカティアと一緒に、ね。だから今後とも宜しく!」
「こちらこそです! マリカ様、ずっとずっと一緒ですよ!」
二人は笑い合いながら将来を誓い、マリカはカティアの髪に直したシュシュを付けてあげる。
それは、まるで結婚の儀で花嫁に指輪をはめるような光景であった。
これはリペアスキルという特殊な能力を持った人間の少女と、メイドとして設計されたアンドロイドのヒストリア。
後世に語り継がれる二人の絆の物語。
-完-
リビルドヒストリア ~壊れたメイド型アンドロイドを拾ったので私の修復能力《リペアスキル》で直してあげたら懐かれました。今後は専属メイドとして奉仕してくれるようです~ ヤマタ @YAYM8685
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