第59話 訣別と別離

 魔道艦ザンドロワの先行公開に招かれた客人達は、設備の一通りをアレクシアに案内された後、艦中央部の居住区画に存在するレクリエーションルームへと通される。もともと交流の場として設けられていることから部屋面積は広く、内部はまるでパーティ会場のように装飾されて料理まで用意されていた。

 

「こういう社交界みたいなパーティってのは私には合わないな・・・・・・」


 マリカのような庶民にとっては多少居心地が悪く、煌びやかな円形のテーブルに並んだ料理をつまみ食いし、退屈なこの時間が過ぎるのを待っていた。

 そんなマリカに王宮の使者が近づき、丁寧な態度で話しかけてくる。


「マリカ・コノエ様、女王陛下がお待ちになっております。別室にて直接お会いしたいと」


「私と、ですか?」


「はい。マリカ・コノエ様はザンドロワ復活の立役者でございますから、女王陛下もアナタに興味を持たれておいでなのです」


「わ、わかりました。行きますよ。カティアも一緒でもいいですか?」


「カティア様は専属メイドの方とアレクシア様から聞き及んでおりますので、問題は無いと存じます」


 深く腰を曲げて一礼する使者の後に続いてレクリエーションルームを出る。一応はエーデリア達にも声を掛けておこうと思ったが、エーデリアは母親であるアンヌに呼び出されて既に退出しているようだった。


「カナエ様もエーデリア様と共に部屋を出て行かれたようです」


「そっか。カナエはエーデリアの心配をしているし、アンヌさんとの話し合いともなれば傍に居たいと思ったんだろうね。そういえばアレクシアさんも見かけないケド・・・・・・」


「アレクシア様はエンジンルームの様子を見に行かれたそうですが・・・暫く戻ってないようです」


「もし問題があるなら私のリペアスキルで手助けしてあげたいんだけどな」


 そんな会話をしているうちに女王が休憩しているという旧食堂室の前に辿り着く。本来であればココが食事処であるのだが、女王の部屋として使うに丁度良い広さだと改装されて個室として利用されているらしい。


「私、こんな格好だけど大丈夫かな・・・・・・」


 ドレスコードなどという言葉と無縁だったマリカは、普段着であるタンクトップの上に質素な上着を羽織っていた。当然ながら周りの客人と比較して浮いた存在になっていたが、まさか王族主催の場に招かれるなどと微塵も予想していなかったのだから仕方ないことだ。


「では、どうぞ・・・・・・」


 使者が扉を開き、緊張した面持ちのマリカが入室する。女王と会うなど当然ながら初めてであり、正直に言って生きた心地がしない。


「お、お初にお目にかかります女王陛下。私は・・・・・・」


「うむ、貴様の事は聞いておる。マリカ・コノエ、実に良い仕事をしたと褒めてやろう」


「ありがとうございます。お役に立てたのであれば光栄です」


 まさに王族用といった大きな玉座に座る女王に対し、うやうやしくマリカとカティアは片膝をつき首を垂れて敬意を示す。

 こういう礼儀作法に詳しくはないが、マリカは昔に観劇した演劇を参考にしていた。それはタイタニア物語という王族に仕える勇者を主人公に据えた演劇で、その中で勇者が王女に挨拶を行うシーンにて片膝をついていたのを咄嗟に思い出したのだ。


「でな、貴様には我がザンドロワの専任技師として参加をしてもらう」


「しかし、私には家業の店がありまして・・・・・・」


「王家の命令は絶対的なものと理解してほしいな。貴様のリペアスキルさえあれば、仮にザンドロワが損傷してもすぐに修復することができる。つまり、貴様の存在がザンドロワ運用には欠かせないのだ」


 専任となれば常に魔道艦に搭乗していなければならない。軍属であれば任務として承諾もするだろうが、マリカは一般人だ。その上、姉と同じで規律に縛られた生活を苦手とするマリカに務まるものではない。


「ですが魔道艦の出番など、そうあるものとは思えませんが・・・?」


「あるのだよ。ザンドロワは大陸を横断し、諸国に我が王国の権威を示して領土を拡大する旗艦となるのだから。そして、やがては海の向こうにある国々をも手中に収める」


「なっ・・・! 魔道艦を他国を制圧するのに使うと仰る・・・!」


「言葉が悪いな。我が王国の傘下に加わせてやるというのだから、善意の行動と言ってもらいたい。初代ザンドロク女王の野望である王国の興成を成し、そして世界一の強大な国家として旧世界を超える。ザンドロク王国が世界を導く」


「自分勝手な・・・!」


 力を手に入れた人間は本性を表すもので、まさに女王は自らの野心を隠そうともしていない。彼女はザンドロワという最終兵器で他者を威圧し、大陸上の全ての国家を配下に加えて勢力拡大を画策しているようだ。


「物の言い方は考えろと言った。弱者が強者に服従するのは当たり前のことであり、我が王国は名実ともに最強の力を手にしたのだから支配者たる資格がある」


「その最強の力で国民を魔物の脅威から守るべきではないのですか?」


「魔物への対処は魔導士や騎士にもできることだ。ザンドロワにしかできない役割というものがあって、貴様はもっと広い視野で物事を見るべきだな」


 マリカは魔道艦を王国防衛のために配置し、魔物の襲撃があった際に出撃して撃滅する尖兵になると考えていた。そうすれば魔導士の死者を減らすことができ、だから修復を行ったのである。

 だが女王は魔道艦という力で自分達の支配力を広げることしか考えていないらしい。つまりは防衛戦力として国民を守ることは眼中にないのだ。


「そういう事には賛同できません!」


「期待外れも甚だしい・・・アレクシアには人を見る目が無いと分かる。まあよい。ザンドロワ復活という功績に免じて貴様の狼藉は特別に見逃してやろう。だが、もう貴様に用は無い。志を同じにできない者を頼るつもりはないからな。貴様はこの艦を降りろ」


 女王の指示で配下の魔導士達がマリカとカティアを取り囲み、退室するように促す。 

 そして三番街地下から追放されるように締め出されてしまった。


「ヤレヤレだよ、まったく・・・・・・エーデリア達に断りも無く帰るのは申し訳ないけど、私が関わると女王から睨まれる可能性があるし、これでいいのかな」


「マリカ様・・・・・・」


「帰ろう、フリーデブルクに。そして、静かに暮らしていこう」


「はい。わたしは常にあなたと共にあります」


 二人は煌びやかな盛り上がりをみせる王都を背にして去り、車を隠したほら穴を目指して荒野へと消えていくのであった。






 マリカが女王と言い合いをしている中、エーデリアもまたアンヌとの面会の時を迎えていた。


「ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」


 アンヌの待つ部屋の前にて警備員がカナエの入室を断る。この場合の関係者とはカイネハイン家の者を指し、カナエのような怪しいトレジャーハンターはお呼びでないということだ。


「なんでさ。あたしはエーデリアのパートナーなんだが?」


「知らんな。この部屋にはディザストロ社の総帥であるアンヌ様が待機しておられるわけで、貴様のような部外者が入れるわけないだろ」


 警備員のいうことは正しいとカナエにも分かるが、エーデリアの心の支えというポジションにいる身としては納得できなかった。


「カナエさん、ここは言う通りに・・・・・・」


「けどさぁ・・・・・・」


「大丈夫。カナエさんが近くにいるという事実がわたくしを強くしてくれます」


 渋々頷くカナエはエーデリアの背中を見送る。

 しかし、エーデリアの傍に居るという使命を諦めたわけではなく、扉が閉まった後で不敵な笑みを浮かべていた。




「遅かったな、エーデリア。社会人たるもの、人を待たせるのは良くない」


「それは仰る通りだと思います。ですが、今はカイネハインの親子として話し合う場では・・・?」


 部屋にはアンヌとエーデリア以外には誰もおらず、これは親子としての面会であるのは確かではあるも、常に社会人としての身分を保つアンヌには場や時間は関係ないらしい。

 いよいよ二人の直接対話が始まろうとした瞬間、エーデリアの背後の扉がギッと開いた。けれど誰も入ってくる様子はなく閉まり、アンヌは何事かと疑問に思ったが、時間が勿体ないと意識を切り替えてエーデリアに向かい合う。


「ディザストロ社の社員という立場での会話でもある。お前は無断欠勤を長らく続けていて、普通なら解雇されて当たり前な状況だがな」


「シェリーお姉様を通じて説明した通り、わたくしは新しい人生を始めたいと思っています。ですから会社に戻るつもりはありません」


「そうもいかない。私のメンツというものがある。子育てを失敗したと周囲に笑われるのは誰だと思っている」


「わたくしを心配するでもなく、自分の立場でモノを考えているのですね・・・・・・」


「当たり前だ。ディザストロ社を代表する私の娘が不良だともなれば、示しがつかない。弱肉強食の世界では弱点を晒すことは致命傷にもなりえるんだ」


 アンヌとしては自らの事情からエーデリアを連れ戻したいのだ。でなければ部下から笑い物になってしまい、今の社長という地位を失いかねないという恐れを抱いているためである。

 だが娘としては、子供の心配をしない親の言う事などに聞き耳を持ちたくない。親のエゴに付き合わされるなど冗談ではなかった。


「アナタは社員を大切にしないし、娘も大切にしない・・・・・・一体なんで社長と親をやっているんですか!?」


「つまらない疑問だな。社員も娘も私を超えられないのだから、言う事を聞いていれば失敗はしない」


「何故そうも高慢なのですか! この分からず屋! だからアナタから離れて家を出たいというのです!」


 珍しく大声を出すエーデリアの目には涙が光る。

 明確に否定されたアンヌは動揺し、次の言葉を口にすることができずにいた。というのも、今まで学業でも会社においても失敗をしたことが無く、常にトップに立ち続けてきた彼女は自分の考えこそが正しいと信じて疑わなかった。周囲からも褒め称えられるだけで反対をされたことがなく、だから実の娘に高慢だと言われて初めて自分が天狗になって増長していたのかと気がついたのだ。


「もう何を言っても無駄だと思うぜ、エーデリア」


 そんな中、部屋の片隅から声がした。アンヌでもエーデリアでもない、第三者がそこにいる。


「何者だ・・・? いつの間に・・・!?」


「あたしにはステルススキルという能力があってさ。勝手ながら気配を殺して部屋に入り、話は聞かせてもらった」


 先程、扉が不自然に開いたのはステルススキルを発動したカナエが侵入したためであった。そして警備員の目を欺き、二人の会話を静かに聞いていたのである。


「自己紹介が遅れましたね、お義母様。あたしはカナエ・ホシオカ、エーデリアのパートナーであり、職業はトレジャーハンターをしています」


 極めて丁寧に取り繕うカナエだが、語気に怒りの感情があるとアンヌは感じる。カナエにしてみればエーデリアへのアンヌの態度は許せるものではなく、我慢できなかったので姿を現したのだ。


「宝漁りの盗賊か・・・?」


「そうとも言えます。お宝を探してゲットするのが仕事ですから。というわけで、エーデリアはあたしが貰っていきます」


「全く微塵も話が理解できないが?」

 

「分かんないスか? トレジャーハンターとは美しいお宝に心惹かれて手に入れたいという欲望を持つ存在・・・そして、その美しい宝はここにある」


 カナエはエーデリアの腰に手を回し、華奢な体を引き寄せた。されるがままのエーデリア本人は嬉しそうに顔を赤らめ、カナエの鋭い眼光を見つめている。


「こんな最高なお宝を放っておくわけねーだろ! アンタのトコロに居ても不幸になる未来しか見えないのだから、トレジャーハンターの名に懸けてエーデリア・アールム・カイネハインはあたしが貰い受ける!」


 そのままカナエはエーデリアを連れて部屋を飛び出す。アンヌが警備員に追撃するよう指示を出しているのが聞こえるが、逃げおおせる気満々で廊下を駆けてゆく。


「ありがとうございます、カナエさん!」


「いや、話し合いをブッ壊してしまったな・・・昔から後先考えないのがあたしの悪い癖で・・・・・・」


 エーデリアとの出会いの時もそうだったが、基本的にカナエは感情で動いて後先を考えない。ハッキリ言って悪い部分であるが、たまには事態を変えるキッカケを作ることもある。


「でさ、こんな時に言うのもアレなんだけど、迷惑じゃなければあたしと共にこれからの人生を生きてくれないか?」


「迷惑なわけありません! それこそがわたくしの望み・・・カナエさんと、いつまでも・・・・・・」


 握られた手をギュッと強く握りしめる。

 放すことのないように、離れることがないように。


「さぁて・・・ここからはスキルの出番かな!」


 ザンドロク軍の魔導士が視界に入ったカナエはステルススキルを使ってエーデリア共々気配を消して進み、魔道艦からの脱出を試みる。






「おーい、マリカ!」


 ほら穴へと戻ったマリカは車のエンジンを始動させてフリーデブルクへと帰ろうとしたところ、カナエの声が聞こえてブレーキをかける。


「どうしてカナエ達がここに・・・?」


「詳しい説明は省くけど、あたしがエーデリアを強引に連れ出したんでお尋ね者になって逃げてきたんだ」


「マジか・・・実は私も女王に喧嘩売って追放処分になったんだよね・・・・・・」


「ハハッ、何やってんだか」


 笑い出すカナエに釣られてマリカもフフッと口角を上げる。

 けれども正直に言って笑いごとではなく、特にカナエは追われる身なのだ。


「でさ、マリカに相談というか・・・一生のお願いがあるんだ」


「ン、どんな?」


「この車ってのを譲ってくれないか? もう王国内にはいられないし、あたしとエーデリアは他の国に行って暮らそうと考えていて・・・・・・そのためにも移動手段が欲しくて、車なら最適だと思うんだ。勿論タダでとは言わないし、あたしの持っているお宝を全て譲るから、頼む!」


 こんなに真剣なカナエは初めて見たとマリカは目を丸くしている。普段飄々としているカナエが誰かに頭を下げてお願いをするなど想像もできない光景で、本当に一生のお願いとして頼み込んでいるようだ。


「譲るよ。代金もいらない」


「え・・・でも、車はマリカの大切な道具じゃ・・・?」


「だから一つだけ条件がある。それは、エーデリアを絶対に幸せにすること」


 マリカもまた真剣な眼差しで条件を提示する。

 カナエの置かれた状況は詳しくは分からないが、態度で察することはできる。


「絶対にエーデリアを幸せにするよ。必ず」


「よし! じゃあ、まずはフリーデブルクへ帰ろう。で、カナエの旅支度を手伝うからさ」


「ありがとうな、マリカ。本当に・・・本当に最高の友達を持ったよ」


「それはコッチのセリフ。カナエとエーデリアと過ごした日々は、私の宝物だよ」


 若干声の上ずるマリカ。二人が別の国に行ってしまったら、もう会うことはできないだろう。今日が、長い別れの日となる。

 それでも二人が幸せになるならマリカには嬉しいことだ。だから車も喜んで譲ると決めたのである。


 新たな旅立ちを迎える親友に車の運転の仕方を教えようとした、その時、


「なんだ!? 王都が・・・!!」


 大きな爆発音が荒野に響き渡る。

 その音が王都からくると分かり、マリカが視線を向けると眩い光も迸っていた。


「魔道艦ザンドロワが王都を攻撃している・・・!?」


 


   -続く-






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