第58話 繋がる想い

 マリカがザンドロワのリペアに取りかかって数日が経ち、艦のシステムを起動できるレベルまでに状態が回復していた。魔道エンジンによって生み出された電力が全体に流れて設備も次々と息を吹き返していく。

 一週間という期限はあまりにも短すぎたが、なんとか女王の期待に応えて建国記念日にはお披露目することが可能だろう。


「ここの修復さえ終わらせれば仕事は完了よ」


「工場のようですね。何を作る場所なんです? アンドロイドとかですか?」


「いえ、製造できるのは魔道機兵と呼ばれる兵器よ。アンドロイド以前に運用されていた量産型機械で、アンドロイドよりは性能が低いけれど優秀ではある」


「旧世界では様々な兵器が使われていたんですね・・・・・・」


「そうしなければ魔物の脅威に対抗する事はできなかったということよ。幸いにも魔道機兵用の素材も保管されていたので、少数ではあるけど生産できるわ」


 マリカとアレクシアの眼前にあるのは小規模な兵器工場で、無機質なロボットアームやコンベヤーが並んでいる。旧世界では普遍的な工業施設であったが、化学の衰退した今では物珍しい存在だ。 


「建国祭まで後三日。問題なく間に合いそうね」


「最初は達成できる気がしませんでしたよ。まあ、まだ終わってないので頑張らないですが」


「アナタなら出来るわ。優秀な魔導士だものね」


 そういう励ましの言葉をマリカに掛けるのはわたしの役目だと、カティアが無言の抗議をアレクシアに送るが無視される。

 

「本当にアナタに出会えた事は幸運だったわ。リペアスキルが無かったら、こうも事態は順調には進まなかった。私の脚も直らなかっただろうしね」


「この力が誰かの役に立っているなら私も嬉しいんですよ。姉のハイレンヒールのように直接的に人を救ったり、シェリーさんのように魔物を討つスキルでもありませんから、正直自信を持てなかったんです・・・・・・でもカティアを救う事ができ、こうして女王陛下やアレクシアさんの手助けをできている今の状況を幸せに思うんです」


「そう・・・立派なものね。ティーナ様が生きていらっしゃったら、アナタを人類のあるべき姿と称賛されたことでしょう」


「オーバーですよ。私は一介の庶民にしか過ぎません」


 ただの庶民がリペアスキルを持っているものではないが、マリカという人物は平凡で特筆するべき点は無い。少なくともマリカ自身はそう自負しているし、アオナやシェリーのような人間の方がよっぽど優れていると考えている。


「人類が皆アナタのようであればね・・・・・・」


 マリカの傍らで見守るアレクシアの小さな呟きは誰にも聞こえることはなく、少しづつ動き出していく工場設備の駆動音に掻き消された。

 





「お疲れ様でした、マリカ様」


 カティアはお茶が注がれたコップをマリカに手渡して労う。

 朝から続いた修復作業は滞りなく進み、夕刻には艦載工場を完全稼働させることに成功した。これによって全ての機能を取り戻した艦内は建造当初の輝きを放ち、ザンドロワという新たな名称を与えられて復活を果たしたのだ。

 その後、マリカは王宮からの使者やディザストロ社幹部にもてなされて、深夜になってやっと解放されたのである。


「ふ~・・・外の空気は美味しいね。仕事を始めてからはずっと地下にいたから、この澄んだ感覚が恋しかったよ」


 日ノ本エレクトロニクスの地下施設から地上に出たマリカは、肺が一杯になるまで新鮮な空気を吸い込む。別に地下が不快な場所というわけではなかったが、空を見上げて開放感も味わえば地上の良さを改めて認識する。


「わたしはアンドロイドなので呼吸をしませんが、マリカ様の感覚は何となく理解できます。風や満天の星空という自然を体感するのは健康に良さそうですね」


「人間は動物だからね。こういう環境に心を洗われて活力だって得られるんだよ。でも私にとってはカティアという存在が一番の元気の源になっているけどね」


「えへへ! ありがとうございます!」


 アホ毛をピコピコと動かし喜びを表現するカティアは愛らしく、思わずマリカは肩を抱き寄せた。メイド服の繊維越しに伝わってくる体温が心地よい。


「依頼された仕事も一段落したから、建国祭で心置きなくデートできるね」


「デート・・・!」


「前に王都に来た時みたいにさ、いろいろと見て回ろうよ。出店とかも沢山あるだろうから、また何か買ってあげるね」


 マリカはカティアの髪をすくい上げ、美しい黒髪をポニーテールへと束ねている純白のシュシュに優しく手を添える。これは前回王都に訪れた際にマリカがプレゼントした物で、以来カティアはずっと着用していた。


「しかしシュシュをも頂いているのに、これ以上マリカ様の金銭に負担をかけてしまうのは・・・・・・」


「私達の仲でしょ? そんな遠慮はいらないよ」


「嬉しいです・・・・・・幸せ者ですね、わたしは」


「ふふ、アレクシアさんみたいに大袈裟なんだから」


 その名を聞いたカティアは少し寂し気な表情をする。

 最近になって現れたアレクシアはプロトタイプのアンドロイドであるが、カティアよりも高性能且つ思考能力が高いことから劣等感のようなものを感じているらしい。

 しかし、それとは別の感情がカティアの心を不安にさせていた。


「今は・・・あの方の名前は聞きたくないです」


 ギュッとマリカの腕を掴み、身を寄せる。

 

「あ、ごめんなさい・・・これは、わたしのワガママでして・・・・・・」


 衝動的な自らの行為を反省しつつ、こうも遠慮を知らないメイドになってしまったことを恥じるカティア。これもマリカへの特別な感情が起こさせたためで、人間的だが従者たるメイドとしては不適格と言える。


「ワガママなカティアも可愛いよ」


「マ、マリカ様・・・・・・わたしは、きっとアレクシアさんに嫉妬しているのです。あの方はわたしよりも優秀ですし、マリカ様とも気が合いそうな感じでしたので・・・・・・」


「ずっとモヤモヤしていたんだね。でもね、心配することはないよ。前にも言ったけれど私はカティアのことが大好きだし、カティアが私の一番だって事実は未来永劫変わらない。例え何があっても」


 性能がどうとかはマリカには関係無い。人と人の絆は個人の能力で決まるものではないし、少なくともマリカは他者を才覚で判断はしない人間である。

 なのでアレクシアが優秀なアンドロイドなのだろうとはマリカも思っているけれど、それでカティアへの気持ちが揺らぐなど一切有り得ないのだ。


「大好きです、わたしも・・・・・・この身が朽ち果てるまで、マリカ様だけが主様です」


「死が二人を別つまで、か・・・・・・」


 あの世とも呼ばれる死後の世界があるかは知らないが、もし存在するなら死後もメイドとして仕えて欲しいとマリカは思う。けれどアンドロイドには、いわゆる魂のような存在は無く、現世限りの付き合いとなるのだろう。

 

 だから今という時間を大切にする。

 それが、マリカの最大のカティアへの恩返しであるのだ。

 





 建国祭を翌日に控えた王都は、まさにお祭り騒ぎの様相を呈していた。一ヵ月前には既に建国祭に向けた準備が進められて盛り上がっていたのだが、それ以上に王都全体が活気に満ち溢れている。


「さて、ここにお集まり頂いた皆様方には、国民に先んじてザンドロワをご紹介しましょう」


 三番街地下最下層には多数の人が詰めていて、それらの人々は一様に豪華なドレスやらで着飾っていた。

 そんな人々の前に立つ王宮職員が合図をすると、造船ドックの隔壁が開いて魔道艦ザンドロワが姿を現す。


「ここに居る方々はザンドロク議会メンバーや、ディザストロ社の幹部などですね。後は特別招待された一番街の富豪などなど・・・・・・」


 ザンドロワ先行公開の式典に呼ばれていたのはマリカ達もであり、後方で式典を眺めていたマリカにエーデリアが耳打ちをする。


「どうりでお金持ちばかりのようだと・・・なんか私には合わない雰囲気だよ」


「わたくしもです。正直に言うと、ディザストロ社の社員とは会いたくなくて・・・・・・」


 離反した組織の人間と会うというのは、できれば避けたい事態だろう。とはいえ母であるアンヌとの話し合いもまだ実現していないので、フリーデブルクに帰るわけにもいかなかった。


「皆さんザンドロワへ乗艦を始めたようですね。わたくし達も行きましょうか」


 先行公開式典では内部案内ツアーもプログラムに含まれていた。仕事で充分に観察したマリカは代わりに姉のアオナに枠を譲りたかったが、どうやらアオナはまだ王都に到着していないようだった。

 

「どうせ時間があるなら私はカティアとデートしたかったけどな・・・・・・」


「わたしはマリカ様とご一緒できるなら、いつでもどこでもデート気分です!」


「ああもう本当に可愛いな!」


 カティアの手を握り、魔道艦ザンドロワへと乗り込む。

 自分の仕事の成果を誇って皆の反応を見るのもアリかと、気持ちを切り替えるマリカであった。



   -続く-













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