第16話 再生
「あ、辛うじてですが。下が見えます」
俺はそう言って床下を覗き込む。中がどうなっているのかよくわからないが薄っすら光が漏れている。
俺たちは地下牢獄の上にある部屋に来ていた。何をするためにだって? 糸電話で牢獄にいる響子さんと話すためだ。
当然、上の階に人が通れるほどの穴はない。そう、人ならば。この世に隙間のないものはない。床の木目や下水溝など。つまりそこに糸を通せればいいのだが……。
「本当に大丈夫ですか? こんなことして……」
すると、神坂さんは自信満々に言った。
「当然ですわ。わたくしをどなたと存じ上げますの?」
何だか日本語が変だが気にしないでおこう。
神坂さんはポケットから種を取り出した。
「では、いきますわ……『成長』」
そう優しく言って神坂さんはは種を撫でる。すると種からみるみるツタが出てくる。そしてそのツタは床の隙間に入り込む。しばらくして種が取れ、そこから白い電話の受話器のような花が咲いた。
「響子ちゃん! 聞こえる?」
神坂さんが花に向かい、話しかける。すると……。
「聞こえるよ。……まったく無茶するわね」
そこからは久しぶりに聞く、響子さんの声だった。
「響子さん! 無事ですか!?」
俺は夢中になって花に話す。
「奏多くんまで……。見つかったらただじゃいかないよ?」
「そんなことより! 響子さん! 昨日は一体何があったのですか!?」
いつも通り軽口の響子さんに対して俺は、強く問いかけた。
「その前にここまでの話を聞かせて? その後に説明するわ」
「そ、そうですね」
俺たちは今まであったことを話した。
「なるほど。だいたいみんなの状況はつかめたわ」
「それで、響子さんは昨日何をしていたのですか?」
「昨日? お酒飲んだと説明したじゃない」
「その後は? 何か思い出しましたか?」
「うーんとね……」
沈黙。響子さんが牢獄で一人、腕を抱えている様子が浮かんだ。
すると、向こうでポンと打ち付ける音が聞こえた。
「そうだ! 道元に夜に話そうと手紙で誘われて、行こうとしたときに気持ち悪くなってトイレ行って……。そこからどうしたんだっけ?」
「しっかりしてください! そこからが大事なんですよ!」
僕は思わず大声を出す。横で神坂さんがしっーと口の前で指を立てた。
「そのあとは……そうだ! 私、そのままベッドに行って寝たわ! たぶん?」
「え、じゃあ、道元さんの部屋に……」
「行ってない……かも?」
「何で疑問形?」
「行ってない」
「はーあ」
あやふやだが、響子さんが殺人に関わってないと本人から言われただけでも心が安らいだ。そして相変わらず響子さんだなと納得した。普通なら下手な言い訳だが、響子さんなら……本当にやりそうだ。
「では、冤罪であることを皆さんにいいましょうーー」
「それは無理ね」
突然、俺の声は響子さんに遮られる。
「無理って、どうして? 響子さんはやってないのでしょ?」
「そうだけど、私はアリバイがない。それに唯一のアリバイがーー」
「横山さんの写真……」
「そう。あれが嘘であることを証明しない限り、私への疑いは晴れないでしょうね」
響子さんは行っていないという道元さんの部屋。しかし、横山さんにより目撃され、しかも魔術で証拠としてあがっている……。ならばこちらも。
「その話で響子さんに用事があって。……『焼失記録』使えませんか?」
『焼失記録』。響子さんが使える魔術。写真を燃やせば、その撮影時間帯から1時間を半径1㎞の範囲で見ることができる。ただし、被写体が歩いているなどの条件があるが。これを使えば、響子さんの足取りを掴める。この時響子さんは何をしていたのか。それさえわかれば証拠になる。……道元さんを殺していない限り。
「残念だけど無理だよ」
「そっちに写真がないからですか? それならーー」
「ううん。写真があっても無理なの。この屋敷にいる限り」
「!? それは一体?」
すると、隣にいた神坂さんが代わりに話をする。
「そうでしたわ。ここでは時間がありませんの。時計はただ現実の時間を刻んでいるだけですもの……」
「そっか! 響子さん魔術が使えない、と」
たしか響子さんは時間によって強さが変わる。ここに時間がないとなると、使えないのは納得できる。なるほど、ウースター卿との会話はそういうことだったのか。
しかし、そうなると……。
「つまり、『焼失記録』は使えないと……」
見えた一筋の光はあっという間に消えてなくなってしまった。ため息を吐き出す俺に対し、神坂さんは思いついたように手を叩いた。
「そうですわ。だったら奏多くんが使えればいいのですわ」
「使えるように……え、『焼失記録』をですか!? でも、どうやって……」
「私の魔術は創造に特化していると説明しましたわよね? そして様々な植物を扱えると」
「はい、そうですね」
実際、響子さんとお話が出来ているのはそのお陰だ。
「その中で『真似の種』という、欲しい人の魔術を取得できる魔術がありまして」
「えっ!? そんなことできるんですか!?」
それを使えば魔術使い放題じゃないか。
「残念ながら、取得して一時間で効果がなくなりますわ。それに、複雑な魔術は使えませんですし、相手からの同意も必要なめんどくさい魔術ですわ……」
そんなことを言う神坂さんに一つ疑問が浮かんだ。
「そういえば、魔術てどこで使っているんですか? やっぱり脳ですか?」
神坂さんは腕を組んで考え込んだ。
「そうですわね……。一応学会の方では脳という結論が出ていますわね」
そう言うと、神坂さんはポケットから種を取り出し、花に入れた。
「どうやって使うんだっけ、これ?」
響子さんの疑問の声が響く。
「手を握りしめて、呪文を念じてくださいまし」
「わかった」
しばらく経って、花から種が返却された。それを俺は拾う。
「奏多くんも、同じく手を握って、念じてみて。自分がそれを使えるイメージを」
「は、はい」
俺は言われた通り、種を握る。種のザラザラした触感が指に伝わる。俺は自分が『焼失記録』を使っている様をイメージする。しばらくは何も起こらなかったが突然、脳内を駆け抜けた。俺は思わず頭を抑える。
「大丈夫ですか?」
神坂さんが心配してくれる。
「だ、大丈夫です」
俺は頭に置いた手を退けた。手のひらを見ると先ほどまであった種はなくなっていた。
「成功ですわね。……時間もありませんし、さっさと終わらせましょうか?」
そう言う神坂さんの言葉に頷き、俺は横山さんの写真を取り出す。
本当にできるのだろうか? 俺は疑問に感じつつ、写真に手をかざす。そしてあの時脳を駆け抜けた感覚を思い出すと……。
「う、うわああああ!」
突然写真が燃え始めた。
「奏多くん! 余り大声は……」
「あ、ああ。すいません」
俺は冷静を取り戻し、握っている写真を見る。すると前に見たように炎の中に映像が見える。
黒い髪の女性が道元さんの部屋に入って行く一部始終だ。視点を移動したいと念じると映像は思ったように動いてくれた。
道元さんの部屋に前にくる。中を見ようとするが何故か入れなかった。
「あれ? おかしいな?」
困惑する俺に神坂さんは「そういえば……」と声を漏らす。
「道元さんの部屋には対魔術結界が張られいましたわ。多分それが原因かと……」
なるほど。では、誰が道元さんを殺したのか、そして本当に部屋に入った女性が響子さんなのかの確認はできないようだ。
どうしよう。詰んだかもしれない。他の情報を掴むため廊下を見渡すと、ありえない光景が見えた。横山さんが見ているのはT字になった廊下。その交差するところに道元さんの部屋がある。そして、横山さんの死角の廊下の先にある人が立っていた。それは……。
「奏多くん! 伏せて!」
「!?」
神坂さんの必死な叫びに驚き、慌てて身を屈める。すると、真上を何かが通過した。ズドーンと真横で砕け散る音がする。恐る恐る見ると、隣の壁に大きな穴が空いていた。
「な、なんですか!? もしかして、防御装置とか!」
「いえ、ありえませんわ。確かに防御結界は張られていませんが、上には張られていませんでしたわ。と、なりますと……」
俺は神坂さんと目を合わせた。
「道元さんを殺した真犯人!」
飛んできた方向を見る。すると、扉が少し開いていた。外をそっと見るが人影はなかった。
「逃げられましたね」
「ええ」
「奏多くん!」
すると、花から響子さんの声がした。
「どうかしたんですか? 響子さん」
すると、足音がした。
「まずいわ! 奏多くん! 花を抜いて」
「え!? あ、はい! ごめんなさい響子さん!」
俺は慌てて花を抜こうとした瞬間、こんな声が聞こえた。
「鍵 は 時計 の 中 にーー」
「ど、どうした!? 一体何事かね!?」
バタンと大きな音をたて扉が勢いよく開く。チャンドラーさんだ。彼は息をゼイゼイ言わせている。
「わかりませんの。わたくしたちが廊下を歩いていたら音が聞こえて」
「そ、そうなんですよ!」
神坂さんの嘘に乗る俺。
「そうか……。ここは響子を閉じ込めている牢屋の上だからな……。念のため結界の確認を……」
チャンドラーさんは手をかざした。すると、その手のひらが光だす。
「あれ? 変だな」
ぎくりと俺の心臓が止まりそうになった。
「何がですの?」
「上の結界がない。解除されたのか?」
「元々上にも結界を張っていたの?」
「ああ。もしかしたらお前らが会話したり、脱走したりしないように、な」
チャンドラーさんは俺たちを鋭く睨む。
「もしかしたら、響子が破っちゃたのかも? あの子、この手の弱い結界だとすぐ壊せるから」
「そうなのか。確かに、上の結界は弱めにしたが……。なるほど、つまりこの壁の穴は彼女が。流石は『灰色の魔女』だ。二重にしなければ……」
その後、呪文を唱え、結界を張っているチャンドラーさんを置いて、俺たちは部屋を出た。
「危なかったですわえ」
「ええ。もう心臓バクバクで……」
「わたくしもですわ……」
「そういえば、どうして結界が壊れていたのでしょう?」
すると、神坂さんは両手を逆L型にした。
「さあ? 単に忘れただけじゃないのですわ?」
「でも、さっき……」
「あの男は常に自分が正しいと言う男でして、絶対に忘れたことは認めませんの。不毛な議論をするぐらいなら嘘をついた方がいいでしょう?」
「はあ、まあ」
「ところで、『焼失記録』にはなんと?」
そういえば、忘れていた。俺は見たことを神坂さんに耳打ちした。
それを聞き、神坂さんはふらっと姿勢を崩しかけた。
「黒崎、栄太……?」
黒崎道元の息子。栄太さんだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます