溶けて消えて愛される前に

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第1話 曖昧

忘れもしないあの朝

フローリングの上に座っている女の子。

腰まである黒髪、彫りの深いハーフ顔。

おまけにスタイルも良く、クラスで二番目に背が高い。

よく羨まれ、妬まれる容姿をもって生まれたその少女の、細長い指が長い髪をすくって耳にかける動作を私はじっと見ていた。

時計をちらりと見た少女がいそいそと動き、彼女を囲むように乱雑に置かれた平たく冷たい教科書を、順番に、丁寧にランドセルに詰めていく。

母親がなにかを少女に問いかけるが、しかしそれは私には聞こえない。私は彼女の母親には目もくれず、じっとその少女を見つめていた。

夢を見ているようなのに、カチカチと秒針が時を刻む音だけが妙にリアルで、握った拳が汗ばみ、震えていた。お願いだからーー


くる。くる。くる。ーーこないで。


私の懇願も虚しく、あの電話は鳴った。FAX機能のついた、大きくて真っ白などこにでもあるようは電話機。もうこの時代に使うことはあまりない代物。

それは目覚まし時計かのようにけたたましい音を響かせた。このどこまでも壁と天井のない、真っ白な空間に。すべての輪郭が曖昧で、危うくて、儚くて。私はいつの間にか泣いていた。その電話の着信音を知っている。その先の言葉も知っている。私だけが。ここにいる、私、だけが。


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