Boy meets girl.

井上和音@統合失調症・発達障害ブロガー

Boy meets girl.

 なぜ僕はここにいるのかわからない。

 夕暮れ時の視覚ではもう真っ暗といっても過言ではないほどに視覚ではなく感覚が先行し始める頃合い。僕は冷たい空気に浸りながら自分の立場を考える。

 僕は何をするべきなのかそれは分かっている。

 僕はそのなすべきことのために、誰か人間を探して、このふわふわとした情景の中をさまよっている。

 誰かいないのか…?

 僕がきょろきょろとそれは烏滸がましいほどに誰かいないのかと貪欲に人を探し続ける中、遂にそれは姿を現した。

 三人組の女のグループ。

 一人は、顔が大きく頬骨がつっぱている。髪は夕日に照り映える金髪が肩甲骨辺りまで伸び、その髪を三つ編みで二つに結っていた。いかにもこのゲームを有意義に楽しめそうな屈強な体をしている。

 僕はその人の事は知らない。

 もう一人は、小さい体だった。それが初めて見たときの第一印象だった。髪は、初めに述べた女と同じく、色が付いていた。初めの女と違う所は、初めの女ほど髪が金に近くはなかったという事である。夕日に照り映えりながらも、その色はオレンジ、というよりもキャロット色に近く、そのキャロット色の印象通り、顔には大きな丸眼鏡をしていた。口元は小さく顔の中でその最大の特徴を発揮しているのが、口元からわずかに出たその出っ歯だった。ちなみに髪は伸ばせば肩ほどしかないだろう、短い髪を、こちらも初めの女と同じようにツインに結い上げていた。

 僕はその人の事も知らない。

 最後の一人、彼女が三人横隊の中で中央に位置していた女なのだが、彼女は他の二人と明らかに存在を異にしていた。髪は漆黒だが、夕日が照り映えり黒の中にも一種の透明感が存在する髪艶だった。髪は首元でばっさりと切れている。前髪はざくざくに、目元まで伸びており、こめかみは長かった。そして目許。眉は髪に隠れて見えないが、その髪の先端のすぐ側からは、その何とも忘れがたい瞳が覗いていた。二重なのか一重なのかなどどうでもいい、取るに値しない問題だと気付かせてくれるその魅力的な眼差しを僕は見つける。初めてここで観察しながら自己を見つけた。やはりこうでなくてはならぬ。本当に魅力的な物は自己を、‘僕’を見つけだしてくれる物でなくてはいけない。つまり、僕はその女に惹きつけられた。その女以外の全てが物質と化した。その女だけが人間に思えた。もしかしたならば、僕の人間に対する要求はそれは他の人間がする神への欲求のそれに近いのかもしれない。だから僕はここまで一人で旅をしてきたのかもしれない。とりあえずは。

 僕はその人の事を知っていた。

 その人に会う前から、僕は人間として思い描いていた。その人のことを知っていた。

 そして、今遠くに見える、その人のことが好きななった。欲しくなった。その不完全で不安定なこのような自分の精神性を埋め合わせるには、その人が、その女が、その女神が必要だと悟った。そして、それが出来ればそれだけで十分だと僕は考えた。これから先のこと、様々な憶測を張り巡らせながらこのゲームを戦って生き抜いて行かねばならないのだが、その女が僕の下に、その女を僕の側に置いておけるのならば、何が起ころうと僕は不動に、不撓の精神を保っていられるに違いないと悟った。彼女の他にはもう何もいらない。それがたとえ物を欲しがる前の人間の行き過ぎた欲求だったと、仮定だったとしても、もう僕は彼女をそのパーティーから奪い去ることに何の躊躇も感じなかった。むしろ正義感すらあった。何としてでも彼女をあのパーティーから救い出さねばならぬ。彼女もそれを望んでおり、その願いが強かったからこそ、神は彼女を僕に巡り会わせたのだろう。それは他ならぬ、出会う相手である僕が思っているのだから彼女が僕を求めていることは必然に違いないと確信するに至った。

 果たして、僕はすぐに行動に出た。

 僕が彼女たちを先ほどのように視認した後すぐ、彼女たちがまっすぐに向かってくるであろう道から脇へそれた。そして彼女たちが元、僕がいたところに差し掛かったとき、僕は後ろからそのパーティーの中央へと突進していった。すぐに彼女の両脇にいる、二人の女が反応して、僕の肩をそれぞれ一度ずつ叩いた。このゲームでは肩を四回叩かれたら死に至るゲームなのだ。僕はそんな、命を軽んじて扱っている、人間を減らす為のみにしか施行され得ない、理不尽な世界の中を漂っているのだ。僕は中央の彼女を抱え、全速力でその場から駆けていった。僕の腕の中で彼女は僕の顔を驚いたように、目を皿のようにして僕を見つめている。僕は知っている。彼女は救われたがっていたのだと。だから、こうやって、生きるか死ぬかのサバイバル・ゲームの中で、他の人間と肌を密着させながらも、その人間の肩を叩こうとはしない。彼女は待っていたのだ。僕が出てくるのを。

 林の中で、僕は彼女を下ろした。ゆっくりと下ろした後、女性のようにしとやかな座り方をしながら彼女は僕の方に顔を向けた。その少々塗れた瞳ときたら溜まらなかった。彼女はにっこりと微笑んだ。そして「ありがとう」と呟いた。精神的に限界に近いこの世界でそのような言葉が聞けるとは夢にも思わなかった。ああ、なるほど。これが幸せなのかと悟った。この世界には神も仏も存在しないが、そこには確かに幸せはあるのだ。人間がいるから、そこに希望はなくともどの世界にも幸せは存在するのだ。そしてそれが今なのだ。

 僕は林の中で彼女に待っているように、と伝えた。林から降りていって、僕は彼女をばらばらに捜している一方の、屈強な方の女を。林から降りてすぐにあるその階段の中腹辺りにまず見つけた。そこから二十段くらい降りたところで、先ほどのキャロットがきょろきょろとあの人を捜している姿も見つけた。見つけた途端に僕は走り出す。まず金髪の方。彼女が彼女から見て左の、ツツジの木が生えている方へ目線を落としたその瞬間に、僕は彼女の右肩を四回、瞬時に叩いた。彼女は「あっ!」と気付いたようだが、彼女が行動を起こそうとしたその時にはもう叩いた右肩の方から。彼女の右半身はすでに消えていた。すなわち彼女の存在は消えかかっていた。僕が視認したのはそこまでで、次に階段を三足飛ばし程に駆けていってキャロットの方へと向かった。キャロットの方は僕が彼女を急襲したことに音で気付いていたらしく、僕はキャロットと対峙する格好になった。僕はキャロットの目前まで一気に跳んでいくと、キャロットの前で左へと向かうフェイクをかけた。彼女は両手でそれに対応しようとしたため彼女の左肩が丸裸になった。そのため僕は迷わずキャロットの左肩を四回叩いた。思いっきり跳んでいたので、僕はそのまま前方の方へと柔道の受け身のようにぐるりと前転した。僕は止まってから、先まで跳躍していた階段の方を見上げると、そこにはもう誰もいなかった。

 僕は使命を果たした。彼女は僕と共に生きることになる。必然の巡り合わせとはいえ運命を手にした今の僕は、もの凄く満足だった。ウキウキと林の中へ戻ると、心配そうに手をこすり合わせ視線をその手遊びへと落としていた彼女の姿があった。僕が「終わったよ」と告げると彼女は立ち上がった。僕は彼女と共に林を出た。この世界に彼女を連れて外へと出た。もう何も怖くはない。これが運命であり、僕はその運命に乗っかっているだけなのだ。そして、それが幸せなのだ。

 しかし、‘運命’という言葉に対しより鋭敏に冷静な観察眼を携えていたのはむしろ彼女の方だった。彼女にとってこの男は果たして何人目の巡り合わせだったかはむ覚えていられないほどだった。たった四回肩を叩かれただけで死に瀕してしまう世界において、彼女が生きながらえてきたのはそれは運命としか言いようのない奇跡であった。彼女は今回の男がまた自分を救ってくれたのだ、己を守ってくれるのだ、ではこの男に自分の全ての命を託してみようと考えた。これがまた運命の示し合わせであるのならば、それに従おうと考えた。もちろん、この男が死んでしまうかもしれない、自分が死んでしまうかもしれない。ならばそれもまた運命である。それもまた受け入れようと考えた。

 男は今に、女は未来に向かって、生きてゆく。

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