#11

#11


しばらくお話しした後にこう訊かれた


「そういえば、名前はなんて言うの?」


「名前..ですか?」

「言いたくないです...」


「どうして?」


「話したら、誰かに言ったりするでしょ」


制服姿な以上既に学校はバレているだろう、名前までバレてしまえば間違いなく学校、親に連絡が行く、そんなの嫌だ。


「しないよ」


沈黙を切り裂くように放たれた言葉は妙に潔く響いた


「誰かに言ったり、学校とか親御さんに連絡したりとかはしないから、二人だけの秘密だよ」


「本当....?」


「本当だよ、絶対に誰にも言わない」


「あま..み...雨宮結花....です」


「結花ちゃんか、可愛い名前だね!」


「ありがとうございます..」


俯いたままお礼を言った


「この後どうしたい?」


「え?!」


「ずっとここに居るわけにもいかないじゃない」


「そうですよね、私帰ります」


思い切ってそう答えた


「でも心配だな...」


不安そうな表情を見て結花は言った


「こう見えても私笑うの得意なんですよ!!」


満面の笑顔を見せた。安心させたかった。


「そっか!安心した!じゃあもう行く?」


「はい!あっ、ココアありがとうございました」


「じゃあお家の近くまで送ってくね」


思えばここがどこなのかもよく分かっていなかった、結花はその言葉に甘えさせてもらうことにした。



「ありがとうございました」


深くお辞儀をして、笑顔を見せてから歩きだした。


「ただいまー」


「おかえり、遅かったわね」


「友達と残ってお勉強してた」


てきとーに誤魔化して自分の部屋に入る


ドアを閉じた後そのままドアにもたれ掛かった


「うまくやれたかな?」


(また逃げた...)


その後悔と自分への何とも言えない気持ちだけが残っていた


スマホを見るとバンドメンバーからたくさんのLINEがきている、正直それに返事をする気力は無かった。


「ごはんよー」


「はーい」


いつも通りに返事をしてリビングに向かう。


今日の夕飯はお父さんが仕事で遅くなるとのことでお母さんと二人きりだった、もうバンドメンバーと食べてきたため全くお腹は空いていなかったが嘘がバレないように空腹を装った。


「勉強の方はどうなの?」


やっぱりだ。一緒に居れば必ず訊かれることだ。毎日問われるこの質問に今まで幾度となく振り回されてきた


「べつに...」


いつも通りの答え、当たり障りのない答え。


「そっか、あんまり...頑張り過ぎないでね、それで身体を壊したりしたらもともこもないから」


「え...?!」


思わず声が出た、今までそんなこと言われたことなかったのに


「急にどうしたの?」


「色々と抱え込んじゃってるんじゃないかと思って」

「さっき帰ってきた時すごく服が汚れていたし、いつもならすぐお風呂に入るのに今日は真っ先に自分の部屋に行ったから、考え過ぎかもしれないけど、心配で...」


今なら言える気がした、今まで言えなかったこと全部


「どうして?」


数秒前の気持ちとは裏腹に低いトーンで発せられたそれはあまりにも冷たくてその場の空気が凍りついていくのがわかった


「今までずっと苦しめてきたくせに」


酷い言葉だった。そんなこと結花も分かっている、でも今は我慢できなかった


「ごはんもういいや、そんな気分じゃない」


そう言って箸を置いて自分の部屋に戻った。


部屋に戻ったところで特にすることも無い、結花は暫くまともに座っていなかった勉強机に座って小棚に置いてある新品のノートを開いた


(言えないけど、書くことならできるかもしれない)


そんな思いでひたすらに書き殴った、普段のまとまったノートとは違い、汚い字で乱雑に書いていた。


"今更何を言ってるの?今までずっと苦しめてきたくせに"

"あの時死んじゃえば良かった"

"音楽なんて好きになるんじゃなかった"..........


色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざってなんとも言えない気持ちになった


「もう..」


口から溢れた言葉と同時に手を止めた。そのまま流れるようにベットに倒れ込んで眠りについた。



「結花、ちょっと入って良い?」


お母さんの声で目を覚ました、スマホを見るとまだ23時過ぎだった


「ちょっとだけお話ししない?」


部屋に入ってきたお母さんを無視して顔を隠すように布団を被った


「やっぱりダメかな?」

「じゃあせめて隣に居させて」


「うん..」


小さな声で答えた。


結花はどうしていいのか分からず、ただ時間が経つのを待った


「顔を見せて」


結花は少しだけ布団をずらして目だけ出してお母さんの方を見つめた


「やっぱり結花は可愛いね」


そう言いながらお母さんは結花の頭を撫でようと手を伸ばした


結花は勢いよくずらした布団を元に戻して、再び深く布団を被った


「結花....ごめんなさい、こんなに結花が辛い思いをしているのに私は気づいてあげられなかった。結花はきっと"今更何を言ってるの?"って思ってるよね。きっと"死にたい"って思ったよね....」


そこまで言い終えた時にはお母さんは涙を流していた


「最愛の娘にそんなことを思わせてしまう母親なんて母親失格よね。結花、本当にごめんね..........」


お母さんがこんなに泣いているところは初めて見た、いや正確には見てはいない、音でそう感じるだけだ。


結花はずっと頭まで布団を被ってお母さん側に背を向けて放心状態だった。すぐ隣でお母さんが泣いていても、何もしようと思わない自分の心は酷く荒んでいるんだろうと思った。




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