0.オープニング
「そのままじゃ! 絶対に放り出すなよ!」
フルシルの神官、フラッドの声が晴天の下に響き渡る。齢60近い人間とは思えないほどに生命力を感じさせる声だった。
もっとも、その眼は真剣そのもの。
当たり前だ。
今、彼を含めた冒険者一行は、祭りの会場に現れたクロコダイルとやり合っているところ。
しかも、周りのリカント達はのんきな物で、冒険者たちの戦いを催し物とでも勘違いしたのか、声援を送ってきている。
「当たり前だ。全く……咬まれたのが俺でなかったら大惨事だったね」
クロコダイルと組み合いながら、リルドラケンの戦士、ナングは苦笑を浮かべている。盛大に噛みつかれてはいるが、彼にとってはかすり傷といった所だ。見た目にたがわず、その頑健さは他のものの比ではない。
そして、見た目にそぐわぬナングの技は、こんな人前で使うようなものではなかった。
「すまない、教授。あなたにも手伝ってほしい所なんだが」
「失礼しました。それにしても、こんな所でクロコダイルを観察する機会に恵まれるなんて、思いもしませんでしたわ」
ナングの言葉に、エルフの操霊術師、クリスは我に返る。知的な外見に反して、強すぎる好奇心が玉に瑕の女性だ。戦況の余裕を感じて、ついつい珍しい動物に見入ってしまった。
もっとも、それは観客のリカント達も同じことだろう。冒険者たちの実力あってのことだが、どこか流れる緩い雰囲気もあって、「逃げ出したクロコダイルを捕らえようとする冒険者たち」が、祭りの見世物のように映ってしまっているのだ。
そう、これは「湖畔の街ファリア」で開かれた、リカント達のカントリーフェスタ。国中のリカントが集まる、年に一度のお祭りなのだ。
「うん、早く片付けないと。これも『あいつら』の仕業かもしれないんだ」
獣を思わせる姿勢で、クロコダイルに狙いを定めるのは、リカントの女拳闘士、ジェニー。
まだ年若い、人によっては少女というだろう年齢である。しかし、周りにいるのんきな様子のリカントと違って、彼女の瞳に移っているのは昏い炎だった。
「そうしましょう、そろそろ手加減は無用ですわね」
クリスが槍を構え直す。魔法と武器を使いこなす魔法戦士の彼女にとっては、ここからが本番だ。
そして、ジェニーは大地を蹴ると、一気にクロコダイルへの距離を詰めた。
その姿に、観客リカントたちの歓声が上がる。
リカントのカントリーフェスタは、喧騒と混沌に包まれながら、朝早くから盛り上がりを見せているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます