第14話
本部は部屋の奥を指さした。
そこには顔と頭の数か所から血を流している信一の姿があった。
血は流してはいるが、どうやら重症とか命にかかわるような様子には見えなかった。
だがその顔ははれ上がって、父親の目から見てもまるで別人のようにはなってはいるが。
庄司は本部のわきを通って息子のもとに行った。
「ばかやろう。封印の箱を持ち出しただろう。あれほど触るなと言っておいたのに」
「なんだかきれいな箱だし、中にいいものが入っているんじゃないかと思って……」
庄司は思いっきり息子をこぶしで殴った。
信一の体は吹っ飛んだ。
「子供の頃から何度も言っただろう。おじいちゃんがとんでもない悪霊を封印したと。なのになんでいいものが入っているなんて馬鹿げたことを考えるんだ!」
信一は殴られたほほをさすりながら言った。
「そんなのは中を見られたくないための嘘だと思って」
信一はもう一発殴られた。
抑えていないほうのほほを。
信一の体は後ろの棚にぶち当たった。
「いてえ」
「いてえじゃない。おまえが封印を解いたために、これまでに六人も死んでいるんだ。間接的に六人を殺していることになるんだ、おまえは。どう責任を取るつもりだ。おまえ一人の命じゃ、ぜんぜん足らんぞ!」
信一は両ほほを押さえて涙目になったが、なにも言わなかった。
いつの間にかすぐ後ろに立っていた本部が言った。
「私もさんざん殴ったから人のことは言えんが、もうそのくらいにしときなさい。こいつを何百発殴ろうと死んだ者は生き返らないし、びらんもそのままだ」
「そうですね。で、これからどうします?」
「びらんを再び封印する」
「そうなりますよね。でもそうなると一つ問題が」
「わかっている、そなたの父はまれにみる強力な霊力の持ち主だった。だからびらんを一人で封印することができた。そなたもそこらへんの神主と比べれば高い霊力を持っているが、残念ながら父親には遠く及ばない」
「そうですよね。私一人では到底無理な話です」
「もちろんそなた一人でやれとは言わん。私も協力するつもりだ」
「ありがとうございます。でも言いにくいことですが、それでもびらんに勝てるかどうか」
「あいつもまれにみる大悪霊だからな。だから二人ではやらん。五人でやる」
「五人、ですか。あとの三人は?」
「一人目の前におるだろう」
「目の前。信一のことですか?」
「そうだ」
「こいつにそんな霊力があるとはとても思えませんが」
「霊力だけではない。悪霊と戦う力は。人には霊力がない人でも、意志、想い、決意、執念といったものがある。それが強ければ、普通の人間でも悪霊に対して効果がある。こいつも完全に反省しているようだし。びらんを封印しなければという想いは、人一倍強いはず。だったらそれなりの力にはなるだろうさ」
「そうですか。それであとの二人は?」
「もう目をつけている。びらんを封印したいという想いなら、誰よりも強いはずだ。その二人が本気になれば、霊力がなくてもおぬし一人分以上の力が期待できるかもしれん」
「それで、その二人は協力してくれるんでしょうか?」
「そこがちょっと問題だな。いきなりびらんがどうのこうのと言っても、はたして話が通じるかどうか。そこが微妙と言えば微妙だな」
「そうですか。それでどうします?」
「この私がなんとか説得してみせるさ。こう見えても人を説得するのは、昔から得意なほうでな」
「それはよく知っています」
「おぬしは全てが終わるまでは東京に残れ。そして信一、おまえもここで待機しているんだ」
「そんなあ、会社はどうしよう」
「六人も死んでいるのに、おぬしの会社のことなどどうでもいいだろう。だいたいおぬし、会社を辞めたがっていたんじゃないのか。けつをまくった父親に、会社の愚痴をこぼしたことがあるだろう」
「それはそうなんですが」
「ずっと無断欠勤していれば、そのうちにクビになるさ」
「そうですよね」
「話はついた。私は一旦帰るが、正司さんはこの部屋は狭いから適当なところに宿を見つけなさい」
「はい、そうします。おい信一、連絡があるまで待っているんだぞ」
「……はい」
二人して信一の部屋を出た。
草野正司を見送った後、本部も行動を開始した。
――さて、どちらを先に説得するか。
本部は考え、決めた。
――男の方にしよう。若い女よりも落ち着きがあるし、警戒心も弱いだろう。それにあの男、なんだか話が通じやすそうな顔をしていたし。
本部は桜井健一のもとにむかった。
部屋には着いたが、桜井は留守だった。
――まだ仕事をしている時間だな。待つことにするか。
本部はとりあえず桜井の部屋から離れた。
部屋の前で数時間も待つのはさすがにまずいと感じたからだ。
自分がマンションで有名になっていることも知っている。
そのうえで人の部屋の前でずっと待っていたら、警察が来る可能性だって十分にある。
それはよくない。
本部は近くの喫茶店で時間をつぶすことにした。
コーヒー一杯でいくらでも粘れる自信が本部にはあった。
桜井が仕事から帰ってきてしばらく経つと、呼び鈴が鳴った。
――誰だろう?
覗き穴から見ると、なんとあの女だった。
直接桜井を訪ねてきたのだ。
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