第13話
――さて、あのバカ、いったいどうしてくれよう。
本部はすざましい勢いで立つと、その勢いのまま家を出た。
草野信一は半分死んでいた。
青森の田舎がいやになり、親が希望する神社の跡継ぎの話をけって、東京の郊外へやって来た。
二十三区内ではないが、地元と比べたら話にならないくらいの都会だ。
そこで人生を満喫するはずだったのに、何のコネもあてもなく就職活動をしたら、たまたま受かった会社に入ったのはいいが、そこがとんだブラック企業だったのだ。
月曜から土曜日まで朝から遅くまで仕事。
それもわけのわからない伝票処理と雑用で。
自分のマンションに帰れないとこも珍しくない。
トイレしかない会社で泊まるのだ。
おまけに唯一の休みである日曜日も半分くらい出社している。
労働時間は相当なものだが、残業手当など一円ももらったことがない。
おまけに基本給も安いのだ。
――こんなはずじゃなかったのに。
神社の神主である父親と比べたら、すべてが真逆の生活である。
――今からでも頭を下げて帰るか。
そんなことを考えていると、突然呼び鈴が鳴った。
――誰だろう?
友達のいない草野信一に、日曜日に訪ねて来る人などいない。
押し売り? 宗教の勧誘?
なにかはわからないがとにかく玄関に行き、のぞき穴を見た。
そこには一人の中年女性が、今すぐにでも誰かを殺しそうな顔で立っていた。
――うわっ!
草野は一歩下がった。
――誰だ、あの女は。いやしかし、ちょっと待てよ。
草野はあの女をどこかで見たような気がした。
――誰だったっけ。たしかどこかで見たような……。
そう考えていると、ドアが激しく連打された。そして女が叫んだ。
「信一! そこにいるんだろ。いますぐここを開けろ!」
草野は声も聞き覚えがあった。
むこうは明らかに自分のことを知っているし、自分も思い出せないが見覚えがある。
しかもこの剣幕。
玄関のドアを開けないわけにはいかないだろう。
草野はドアを開けた。
すると女がものすごい勢いで入ってきて、草野を突き飛ばして言った。
「箱は。封印の箱をどこへやった!」
――封印の箱?
そう言われて草野に思い当たる節は一つしかなかった。
「あれ」
草野は本棚の上を指した。
そこには古いが細かい細工が表面にされた大きめの弁当箱くらいの木の箱があった。
それを見ると女は素早く箱を手に取り、血走った目でそれを見た。
「いない。やっぱりいない!」
――いない? なにを言ってるんだ?
「ここにびらんがいただろう。おまえ、封印と解いたな!」
女が叫ぶ。
びらん。
草野はその名前に聞き覚えがあった。
昔、父親に言われたこと。
この箱の中にびらんという悪霊が封印されている。
封印を解くと大変なことになるから、封印の箱には手を触れないようにと。
「おまえの祖父が封印したものだ。それをおまえ、孫が解いてしまうとは。なんたることだ!」
それも聞いていた。
父親から父親の父親、つまりおじいちゃんが封印したということを。
「なんてことをしでかすんだ。このバカが」
草野信一は、固い木箱で殴られた。
「痛い!」
「痛いじゃない」
本部はもう一度殴った。
草野はその場に倒れこんだ。
草野正司が息子の部屋に着いた頃には日付が変わっていた。
月曜日だ。休みは日曜しかないと息子が言っていたので、普段なら信一は会社に行っているはずだ。
そう思いながら呼び鈴を押すと、中から出てきたのは本部いくえだった。
「ああ、本部さん。お久しぶりです」
「青森からご苦労だったね」
「それで信一は?」
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