第8話

おびえる者、不安がる者、逆に不安をあおる者、なぜか面白がっている者、ここにきて完全に無関心な者。

十人十色だ。

桜井は怖いとまではいかないが、不安を感じていた。

自分一人だったなら、そこまで不安には思わなかっただろう。

しかし今は同じマンションに妹がいるのだ。

心配しないほうがおかしい。

ましてや人一倍仲の良い兄と妹なのだ。

桜井の心配は取り越し苦労とは言えなかった。

――何事もなければよいのだが。

桜井はそのことにとらわれることが多くなった。


桜井が待っているとあんりが来た。

約束通り事前に連絡を入れてから訪ねてきたのだ。

「ヤッホー。可愛い妹が訪ねてきてやったぞ」

入り口で大きな声で騒ぐ。

近所の人にも聞かれていることだろう。

まあ、彼女ではなくて妹なのだから、誰に聞かれたとしても恥ずかしくはないのだが。

「うるさいから早く入れ」

「へいへい」

あんりは兄を押しのけるようにして中に入った。

そして部屋のあちこちのものを触ったり、移動させたり、ひっくり返したりし始めた。

「おいおいなにをしてる」

「探してんの」

「なにを?」

「エッチな本」

こらこら。

桜井は思った。

もともとそんなものは持っていないし、たとえ持っていたとしたら、妹が来る前に処分しただろう。

仕方がないのでそのままにしていると、妹は下手な泥棒のごとくこれでもかと家探しを続けた。

ここは一人用の部屋だ。

探す場所はそんなにない。

あんりのペースは徐々に遅くなり、やがて止まった。

「もう、私の兄はエッチな本を隠す天才か」

「だからもともとそんなものはないと言っているだろう」

「それじゃあ第一目的はとりあえず済んだから、次は第二目的」

「エッチな本を探すことが、兄の部屋を訪ねる第一目的かい」

「正解」

「で、第二目的は?」

「遊ぶ」

「なにして?」

「じゃーーん」

あんりがバックから取り出したのは、人気の対戦型ゲームソフトだ。

「おお、新作だな。旧作ならやったことがあるが」

「これで兄ちゃんを負かして、一生私の下僕にする」

「ゲームに負けたくらいで、一生妹の下僕になんかなるわけないだろう。それにそのゲームならあんりなんかに負けないぞ」

「言ったわね。その言葉、ちゃんと覚えときなさいよ」

「ああ、覚えておくさ」

「それじゃあ」

二人でテレビゲームをやり始めた。

そしてそれは夕方から次の日の朝まで続いた。

日曜日は二人とも会社が休みなのだ。


桜井のもとに今日もあんりが訪ねてきた。

最初に遊びに来てから、週末は一度も欠かすことがない。

――毎週だぜ。

桜井は半ば呆れていた。

しかしけっして嫌ではなかった。

妹と遊ぶのはすごく楽しいのだ。

ただ心配なのは、妹が世間で言うところの呪われたマンションに住んでいることだ。

それだけが桜井にとってずっと気がかりだった。


大場さやが大学から帰ると、またあの女がマンションの入り口に立っていた。

マンション内でもかなりの噂になっている。

不審者として通報した方がよいのでは、という話もでているのだ。

大場も不気味に感じてはいたが、あの女に対して特になにかしようとは考えていなかった。

そしてその女の横を原付で通る。

するとその女が途端に大場を見たのだ。

前回は原付を降りて押しているときに女が見ていた。

しかし今日は横を通り過ぎただけで、大場を見たのだ。

誰が通過しようが、誰が凝視しようが、話しかけても反応しないことで有名なのに。

この前も今日も、大場ただ一人だけに反応しているのだ。

――なんなのかしら、あの人。

大場は気味が悪くなり、いつもなら原付を降りて押して通る細道を、そのまま原付で走り抜けて駐輪場まで行った。

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